8部目
「なぁ、君」
「はい?」
「副館長見なかったか?」
「へ?」
***
役者が揃った。
「あの人副館長だったよ。ほら、今日テレビで見たじゃん」
「あ〜、どうりで」
瑠璃は冥奈を、智佳は警察官数人と美術館館長を引き連れて穴の中へ戻った。
「なんだこれは!?」
階段を下り終えた直後の館長の第一声がこれだ。
顔色も行動も驚愕の一色。とても演技しているようには見えない。
冥奈も警察も目を見開いていた。しかしそこは全員プロで、表現を一瞬でしまい込んだ。
「これは一体何なんだ!?」
館長が、男子学生二人に取り押さえられた灰色のスーツの男──副館長に詰め寄る。しかし副館長は唇を堅く結んだまま開こうとしない。いくら「縛」の波術を打ったとはいえ、喋る機能まで封じるほど忠は馬鹿ではない。
「中相当ヤバいもんが入ってるんじゃないっすか? 俺達の記憶消そうとしてきましからね」
担任に報告という体を装って、仁が煽りにかかる。
「早く中を開けなさい」
見事に警察官の一人がのってくれた。が、副館長は動こうという意思を見せない。
「開けなさい」
館長が言い聞かせるように先程の言葉を繰り返す。すると諦めたようにため息をつき、「歩かせてくれ」と頼んできた。
冥奈から目で合図を受け忠は波術を相殺するが、また変なことをしないように副館長の後ろを仁と固めていた。
副館長は慣れた手つきで指紋認証をパスし暗証番号を入力していく。パネルに「OK」の文字が表示されると、重々しい音を立てて目の前の金属板が下へと下がっていった。
「これは……」
言葉を失うのも無理はない。
確かにこの箱は金庫であり、中は倉庫のように物が所狭しと並べられているが、それがまるで一つの美術館と言っても差し支えがないほどだった。
整理整頓され品良く飾られた品々は展示されているという表現が一番相応しく、そのものの魅力を最大限に引き出すような魅せ方がされていた。
「これは……美術館で展示されていたレプリカです」
およそレプリカとは思えないほどの生き生きとした表情。本物と同価値をつけても誰にも文句は言われまいそれらは、等しく全て偽物だという。
「成程。今展示されているのは、君が用意してくれた予備のレプリカか。展示物にどこか欠陥があったのか? なぜ報せてくれない? 特に隠すようなものじゃ「……本物です」
副館長は項垂れている。弱々しい声だった。しかし、館長の解釈を遮るのに十分だった。
「美術館に展示されているのは……本物です」
一瞬、頭が追いつかなかった。
「どういう……「本物が展示されている美術館の作品を作らせた予備のレプリカとすり替えて、その本物とこの美術館のレプリカをすり替えました」
つまりこうだ。
副館長は他の美術館から本物を盗み出してこの美術館に展示した、ということだ。
「なんてことを……」
「悔しかったんです。レプリカ美術館とか、偽物を見に出す金はないとか言われるのが……館長だって、悔しいと思ったことはないんですか!?」
衝撃的すぎる事実に言葉も出ない館長に、声を荒げて食ってかかる副館長。少しでも涙声の気もする。
客観的に見ると滑稽で憐れだが、この美術館を本気でよくしたいがための行動と考えると、副館長の思いも分からなくはない。だからといって庇えることではないがら、きっと数多の罵詈雑言を耳にしてきたのだろう。
「……なぜ、僕がここの館長を引き受けたか分かるか?」
館長が静かに副館長に問いかける。副館長は、いきなり冷水を浴びせられたような顔で館長の顔を追っていた。
「確かに最初は嫌だったよ? どうせ館長になるなら、本物が沢山展示されている一流美術館の館長がよかったし」
「なら」
「でも、後でこうも考えたんだよね。オープンしたらしばらくは人が沢山来る。でも偽物だと分かってガックリする人もいる。だけど、じゃあ本物はどんなものなんだろうと思って、本物が展示されている美術館に行く人だってきっといるはず。一人でも多くの人が本物の美術作品に触れる機会が増やせるはず。そう思ったら、そういう伝え方も悪くないなってね」
全員、館長の熱弁に聞き入っていた。
美術館のみならず、美術全体への熱い思いがストレートに伝わってくる。だからだろうか、館長は誰よりも、その先にあるものを見据えていた。
「偽物を知ってからの本物との対面は、きっと格別な瞬間になるはずだ。……僕がそうだった」
館長は懐古するように顔を上に上げた。いつの時代を思い出しているのかは分からないが、その態度だけで、その時のことが鮮明に心に刻まれているのだなというのが伝わってきた。
副館長は、館長のそんな想いに呑まれたように、無言で館長の顔を見ていた。
「……逮捕しろ」
警官が副館長に手錠をかけ、一足先にこの場から立ち去った。目を少し潤ませ、倉庫から覗く作品達を愛おしげに、けれど名残惜しそうに目に焼き付けながら。
***
「『……渋谷新国際美術館にあった本物の作品は、一旦警察が押収し、後に返却されることとなった。副館長は逮捕され、館長も責任をとって辞職。今後は謝罪行脚を行う予定だと本人は語っていた』だってさ」
「『だってさ』、じゃないでしょ」
そう言って冥奈は朱音から週刊誌を取り上げ、丸めてパコッと頭を叩く。
「わー!! 先生暴力変態!!」
「反対ね。ていうかなんでここにいるの」
これは、渋谷新国際美術館での騒動が本当の意味収拾してから翌日のこと。なぜか、Dクラスの教室に一番のりで朱音がいたという。普通に馴染んでいたらしい。
Dメンバーには特に追い返す理由もなかったため、それをいいことに週刊誌朗読会を開いていたところ冥奈に見つかった、そんなところだ。事態を把握した冥奈は、先程から朱音に白い視線を送っていた。
「そんな顔しないでくださいって!! いやね〜そうそう、みんなに見せたいものがあったんだよねっ。ジャッジャジャ〜ン!!」
教卓に隠していたのか、朱音が元気よく挙げた右手には新聞紙が握られていた。
「これ見て! ここここ!!」
全員が教卓の新聞を覗きに教卓に密集する。そこにあったものとは……。
「えっ!?」
「何これ!?」
「うっわっ」
「マジ〜!?」
各々が各々の反応を見せるが、共通して驚きが含まれていた。
それもそのはず。載っていたのは野次馬誘導組5人の誘導姿の写真であり、見出しには「新生、未来のDJ達」と書かれていた。
「いつ……撮られたんだろう……」
「なんだか恥ずかしいわね……」
そこそこ大々的にスペースをとっており、昨日の活躍ぶりが報じられていた。
「いや〜スゴイよ〜とうとう新聞デビューだよ〜」
全員が新聞に気をとられているときも、朱音は「い〜な〜」などと能天気なことを言っていた。
東志波は警察や事件への貢献度が高いため、たびたび新聞に載ることがある。秘密主義を掲げてはいるが、事件の手柄に関する客観的な評価は成績判定に必要不可欠なため、例外的に許されているというのが理由だ。
ただ、今回のように写真が載せられたのは初めてだった。普段は内々に捜査を行っているため、活躍ぶりは後から警察に聞いた事実を文だけで著しているのみ。しかし、今回に関しては5人が人目に触れる場所で駆け回っていたため、このようなことが起こっても自然なことだと言えよう。きっと誰かのスマホの中にもいるし、拡散もされている。
「……小雀さん、それ、預かっていい?」
教卓でワイワイはしゃいでいる空気を打ち壊すかのように、冥奈が真剣な、そして少し青ざめた顔で朱音に手を差し出した。
いつもならそこでゴネる朱音もその空気を察し、「ゴメンね」とDメンバーに一言断ってから新聞を四つ折りにして冥奈に手渡した。
「ごめん、ちょっと授業遅れる。みんな、先に第一体育館に行ってて。じゃ」
力のない声色で足早に教室を出て行く冥奈。扉を開けっ放しにしておくほどの慌てぶり。
先程から一転、教室内はシーンとなり無音の空間と化していた。
「どうしたんだ?」
ボソッと仁から独り言が漏れる。
「多分写真が問題なんだよ。秘密主義なのに顔載っちゃったから」
そう仁に呼応して、朱音は自分なりの答えを告げた。




