7部目
事態が、収拾に向かっている。
警察がまだ回収していない地面に伏した人達以外、盗賊団稜鏡は穴の中にその姿を消した。
広場には静寂が戻りつつあった。見るも無惨な噴水跡地と残骸を残して。
全員を捕まえることは出来なかった。実際のところは不明だが、逃してしまった数の方が多い気がする。人数負けしていたとはいえ、これは悔やむべき反省点だ。
首尾は完璧でなかった。対策も無意味な部分が見受けられた。稜鏡に出し抜かれた点も多い。
だがしかし、東志波の活躍により過去最高の逮捕率を上げられたことも、紛れもない事実だった。
***
「いち、に、さん、よんと。入口警備組は全員いるね。お疲れ様。全員揃うまでもうちょっと待ってて」
冥奈から点呼をとられ、仁・智佳・忠・瑠璃の4人は晴れて任務終了となった。小型無線機を耳から外すと、開放感が体内を一気に駆け抜けた。
ただし、解散はクラス全員揃ってからなので、野次馬誘導組の5人を待たなくてはいけなかった。
広場は、美術館関連の職員総出で掃除を行っている。館長が呼び寄せたのだろう。清掃員を始め、警備員や学芸員までもが駆り出されていた。本来は4人も後片付けに参加する予定だったが、美術館側の厚意により、今回は免除された。
また上位クラスと警察側は、被害状況の確認や逮捕者の連行で忙しそうにしていた。何も仕事していないことが申し訳ないと思うくらいに。
ちなみに、稜鏡による窃盗被害の報告はまだ入ってきていない。
「あいつら来るまでヒマだな」
手持ち無沙汰も嫌なので何かしら仕事が欲しいところだが、どっかに交ざろうとして厄介払いされるのも嫌だ。かといって、新しい仕事もそう見つかるわけではない。
「何言ってんの仁。あの穴見に行くんじゃないの?」
「あっ、そうだったな」
「いやダメだろ」
今にも冒険しにいきそうな二人を止める忠。普段なら礼羅や孝子、義明の役目だ。
「忠、俺にはどーしても解きたい謎がある」
「というと?」
「あの穴だよ! あいつらがどうやってこの穴登ってきたか。お前も見ただろ?」
「あぁ……まぁちょっと気になってたけど」
「だろ!! んで、あそこにその穴がある。そして今あそこに誰もいない。となったら行くしかねーだろ!」
「いや行くなよ!!」
「警察の人、オッケーだって!」
「先生から許可もらいました」
「ナイス!!」
「お〜ま〜え〜ら〜」
「まぁまぁ、新しい任務だと思えば」
「先生まで……」
一見困り果てた感じを醸し出している忠だが、好奇心が疼くのか、目元口元が緩んでいた。
「じゃ、いってきま〜す!」
智佳が元気よく冥奈に手を振り、4人は穴へと向かった。
そこにあった噴水より二回り大きいサイズのがポッカリと開いている。穴の底はやはり黒く、側面と同じ色をしていた。
「で、誰が最初に入る?」
「そこは言い出しっぺの仁でしょ。早く入んなよ」
「最初に覗き行こうっつったのお前だろ智佳!!」
「や〜いビビり」
「なんだと?」
「ここで喧嘩するな!!」
「よっと」
「鈴川!?」
コトッ──
瑠璃が穴へ降り立つと、何やら固い物にぶつかったような音がした。
「金属板……ですかね?」
そして何より、穴の淵に立っている3人と地面の位置がそんなに変わらない。強いて述べるのなら、浅い階段の段差一つ分くらいだ。
瑠璃は、今自分が立っている地面を靴の爪先でコツコツとつつく。金属特有の、しかしあまり響かない鈍く軽い音がした。
その様子を見ていた3人も、瑠璃に続いて金属板の地面に降りる。
「メッチャ浅いね」
「通りで簡単に登れた訳だ」
智佳・仁が、各々が抱いた感想を口にする。仁に至っては、謎が解けてスッキリとした表情をしていた。
「でも、あいつらどうやってここまで来たんだ?」
忠の最もな疑問により、仁の顔がまた曇り始める。
表面的な穴の謎は解けたが、肝心なのは稜鏡の侵入経路と逃走経路である。どちらもこの穴が関係しているのは確かだ。
「ねぇ、こっちに階段あるんだけど」
「こっちにもあります。あっ、そこにも」
女子2人が、穴の左右に2つずつある計4つの下り階段を発見した。
「下りてみるか?」
「だな」
忠と仁も、自分の近くにある階段に足を運ぶ。女子2人も、階段の前に立つ。
「じゃ、行くね」
タイミングを図ったわけではないが、4人同時に階段へ足を踏み出した。
ここからは、一人での捜査となる。
当然だが地下は暗い。おまけに昼間でないからなお明かりがない。現地で警察から支給された懐中電灯を点け、足元に注意しながら瑠璃は下へ下へと進んだ。
階段は思ったより足場が広く、段差が低くて傾斜の緩い親切設計だった。移動をスムーズに行うのが目的だろう。
天井は、人一人分が余裕をもって入れるほどの高さ。階段に平行な坂状になっている。
階段を下り終えると、今度こそちゃんとした地面に着いた。だがしっかりと舗装されていて、土の地面を想像していただけに、いやに人工的で変な感じだった。
とりあえず懐中電灯で適当に辺りを照らしていく。四方八方、手掛かりを探るように。
まず見つけたのは、壁と扉だった。
部屋のような造りをしているのか、とても頑丈そうで近代的だった。懐中電灯の照らせる範囲などたかが知れているので、断定はできないが。
(あの扉から出入りしてたの……ん?)
懐中電灯の光を反射してキラッと光るものがあった。しかも地面からそこそこ高い位置にある。
近づいてみると、大まかに機械だということが判明する。さらに近づく。電子キーだ。それも指紋認証付きの。
「皆さーん、ちょっとこっちに来れますかー?」
瑠璃はできるだけ大きな声を出して、他の3人を呼んでみる。
(そもそも聞こえるのかなぁ?)
聞こえなかったら聞こえなかったでどうにかするしかないが、ひとまずこうしておくのが最善だろうと判断してのことだった。
するとすぐに地面を蹴る音が聞こえたかと思うと、瑠璃の両サイドから人が現れた。
「なんか繋がってたみたい」
驚く瑠璃の気持ちを汲み取り、智佳が答えてくれた。どうやら階段下の地面は繋がっているらしい。これで、全員集合だ。
「にしても、ここだけ土じゃないんだな」
「えっ、柏木君とこ土だったんですか?」
「ああ。一緒に来たけど、仁のとこもそうだった」
「あたしんとこも~」
どうやら瑠璃の場所以外は全員地面が土だったらしい。
(なんでここだけ舗装が?)
繋がっているのなら全て舗装すればいいのに。あまりにも不自然な造りをしている。
「んで、瑠璃どうしたの?」
「あっ、そうでしたね。あれ見てください」
瑠璃が懐中電灯で例の機械を照らす。
「電子キーだな」
「怪しすぎだろ」
忠が事実を確認し、仁が声を低くして警戒心を露にする。
「別倉庫でしょうか?」
「噴水の真下にか?」
「いやでもそうとしか」
「君達、何をしているんだい?」
「考えられなくないです?」と仁に反論しようとした矢先、視界がいきなり明るくなった。
馴染み深い蛍光灯の白い光に照らされたのは、灰色がかったくすんだ白のタイルで統一された、正真正銘の部屋だった。電子キーがついている場所にあったのは、ツヤのない黒い大きな金属の箱──すなわちどでかい金庫だ。
扉の前には、灰色のスーツをピシッと着こなした三十代前半くらいの男の人が立っており、こちらへ向かって歩いてくる。
「俺達は、稜鏡の侵入・逃走経路を調べるためにこの穴に入りました」
臆することなく答えたのは忠。冷静かつ的確な回答だった。
「そのジャージ、東志波の子達だね」
「はい」
「その後ろにあるのを見つけたのは?」
「偶然です」
「そうか。なら……このことは忘れてもらわないとね」
そう言うや否や、男は波術を打とうとしていた。種類は、相手の記憶や感覚などを「奪う」単波、「奪」。
しかしそれよりも先に動いていた2つの影があった。
波術が打たれる前に、男の腹に仁の拳が、男の顔面に智佳の飛び膝蹴りが同時にクリーンヒット。男は後ろによろけて床に両手をつくも、すぐ立ち上がり懲りずにまた「奪」を打とうとしてくる。
「糸引」
しかしそれすらも失敗に終わり、忠の波術をその身に受けた。
舞波流波術が一つ、糸引。「縛」と相手を自分の「命令」に従わせる単波、「令」の混合波。
これで男は、身動きも取れず波術も打てない状態になった。
「生成スピード遅すぎ」
「それでよく俺達を仕留められると思いましたね」
「覚えとけ鈴川。Dクラスでも、単波生成はゼロコンマだ」
男は悔しそうな顔で3人を睨み付けていた。年端もいかない学生にやられたことが、相当気に食わなかったらしい。
だが、波術に関しては東志波の右に出るものはいない。そこに入学できた時点で、プロとは言わずともそんじょそこらの一般人に負けるような実力は最初から持ち合わせていない。
単波生成の話もそうだ。どんなに遅くても1秒以下で打てなくてはいけないみたいだった。
「なぁ、あの顔ウザいから寝かせていい?」
「気持ち分かるけどこらえろって。智佳、上行って警察の誰か呼んできて。鈴川は先生を」
「了解!」
「分かりました」
「俺は?」
「俺とコイツの見張り」
忠が指示を出し、智佳と瑠璃は地上を目指し階段を駆け上がっていった。
ちなみに仁は、この上なく嫌そうな顔をしていた。
「う~ん」
「どうしました?」
「いやね、さっきの人、な~んかどっかで見たことある気がするんだよね~」
「あっ、それ私もです」
「やっぱり? う~ん、誰だっけ?」
そんな雑念に悩まされながら、2人は目的の人物を探しに穴から飛び出した。




