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冷宝  作者: 霧宮 夢華
報告書2~稜鏡~
16/78

5部目

 一方その頃。


(ヒマ~)


 気を抜くつもりはない。それでも気が抜けてしまうのを許してほしい。

 気分はそう、長時間放置された炭酸飲料水。


(って、何言ってんだろう……)


 正面入口警備といっても、自動センサーをオフにしたドアに背を預けて立っているだけ。たまに、自分の背中を扉に静かにバウンドさせているが。

 つまり、本当にやることがない。


(他号館も同じ感じなんだろうなぁ~)


 離れた場所で同じ任務についている智佳・仁・忠のことをふと思いを馳せてみる。しかしすぐ雑念が入る。脚が辛い。


 無線越しに朱音が指示を飛ばしているものの、自分に関係のないものばかり。ただその指示の出し方があまりにも子供っぽいため、聞いていて心配になるが、他人事だけに面白い。


「すみません。今何時ですか?」


「ん? あーちょうど半過ぎかな」


 近くの警官に「ありがとうございます」とお礼を言い、再び無言が続く。


(あと30分もあるのか……)


 何もしていないときの30分ほど長いものはない。なのに常に気を張ってなくてはならない。立派な苦行である。


 外からのざわめきは途切れずに耳に入ってくるのに、正面入口から見た景色は、敷地内中央にある噴水とときどき巡回で歩いてくる警官のみ。静寂そのものだった。


 一つの囲まれた敷地内に3館全て建っており、一度受付を通れば全館自由に出入りできるシステム。その受付から美術館の間にある中央広場のようなスペースに、丸い2段重ねの噴水がある。待ち合わせ場所や休憩場所としての利用が多く、ゲリラでパフォーマンスも行っている。

 今の時間帯は、黄色がかったライトで噴水全体を囲むようにシンプルにライトアップされている。流れる水が暖かみを帯び、仕様としては普通なのになぜか幻想的に見える。


(なんか……洗われるなぁ)


 瑠璃にとって、それだけが唯一の癒しだった。


***


 「マイク、返してきたわ」


 孝子が輪の中に戻り、全員が口々に「おつかれ~」と言い合う。実際、各々の顔には疲労感と解放感が表れていた。


 警察の指示で、野次馬誘導組は敷地内に一旦戻っていた。というのも、予告時間後からの暴徒化に備えて、少しでも体力を温存しておいてくれという気遣いだった。

 悪夢のような任務を終え、5人は束の間の休憩を堪能していた。


「あ゛~地獄だった」

「僕喉渇いちゃった」


 ここずっと不満の溜まりっぱなしの礼羅が仕事終わり一発目の悪態をつき、悌二がちょっとしたワガママを口にする。


「最初で最後にしてほしいな」


「あら、ヨッシーが弱音なんて。珍しいわね」

「うんざりしてるんだ。弱音じゃない」


 孝子がいたずらっぽくクスッと笑いながら義明をからかう。

 プライドが少しだけ高い義明をいじるのは確かに楽しいし面白いが、一人くらい場を明るくする人がいないと今後の士気に関わる。いつものやりとりをしているだけかもしれないが、それが無意識に出てくる孝子は、やはり周りが見えている。


「警察の方からお茶の差し入れもらったよ」


「わーい! お茶!」

「サンキュー信乃!」


 悌二と礼羅が一目散に食いつき、ペットボトルの中身を一気に流し込む。礼羅に至っては「くぅ〜生き返る〜!!」とオヤジ臭いセリフまで吐いた。


「わざわざ用意してくれたみたい。ありがたいよね」


「本当ね。あっ信乃、一本もらうわね」

「俺もな」


 信乃が抱えていた荷物が1本に減り、各々のペースでキャップを開ける。


「ふぅ〜。美味しいわね」

「うん。そうだね」


「ねぇ、これどこに置いとけばいいと思う?」


 礼羅が自分のペットボトルを見せながら、信乃達の所まで歩み寄る。


「もし戦闘ってなったときに、持ったまま戦う訳にはいかないでしょ?」


「言われてみれば確かに……」


「それもそうね」


「悌二はどうしてるんだ? おい悌二」


「うぅ……。オシッコ」

「もうあのバカ放っとこ」


 礼羅が、加えるなら義明も早々に悌二を見放した。


 何も考えていなかったのか、500mLペットボトルの中身を全て飲み干し、挙句トイレが近くなったという体たらく。

 ちなみに、トイレは美術館内にしかない。しかし館内は封鎖されているため、外にいる人達は専用の地下通路を抜けて駅のトイレを使うしかなかった。


「あそこの隅とか、どうだ?」


「あっ、あれなら邪魔になんなそう」


「いいわね。置きましょう」


 見つけたのは、花壇と受付が接する狭いスペース。幅で言えば丁度一人分の腕が収まるくらいで、奥行があまりないため帰るときに難なく取り出せる感じのいいスペースだった。


 そこに、中身の入った4本のペットボトルと1本のすっからかんのペットボトルを一纏めにして置いた。


「ねぇヨッシー」


 悌二が義明に近づき、声を潜めて話しかける。


「……何だ?」


「あそこの茂みで漏らしちゃダメかなぁ? きっと見えないよね?」

「バレても俺は知らん」


 「うわぁヨッシーのイジワル!」という悌二の反応を、義明は無視という形で軽くあしらう。


「というか、どうせもう一度外に出る。その時に行けばいいだろう」


「漏れちゃう」

「勝手にしろ」


「おーい君達、そろそろ戻ってもらってもいいかー?」


 警察官に持ち場に戻るよう言われ、5人の返事を代表するかのように、「分かりました」と礼羅が真っ先に応えた。


「みんな、行くよ」


 礼羅の掛け声と共に、5人は再び地下通路へと姿を消した。


***


(?)


 正面入口に独り立ってからどれくらい経ったのだろう。まるで時間感覚が麻痺しているようだ。

 ひたすら永かった気がする。永久の時を過ごしたようだとは大袈裟すぎて言えないが、もどかしさで意識と身体が別々の時間軸に存在していたかのようだった。


 今の今まで微動だにしていなかった警察が、一斉に動きを見せた。自分の腕時計を確認する動作の人が一番多い。


「1分を切った。気を引き締めるように」


 報せてくれた警察官に「はい」と返事をし、扉から背中を離す。足裏を片足ずつ地面から少し浮かせ、一歩前へ出て姿勢を正す。


 ここまでくればもう秒読みの域。遠くから聞こえる野次馬の声も、最高潮の盛り上がりをみせていた。


(カウントダウンまで聞こえる)


 このまま野次馬らしく何もしないでくれ、と外の5人を慮りながら強く願う。

 敵の波術を受けての集団妨害など冗談でもやめてほしい。自主的なものはもっとお断りだが。


『瑠璃ちゃーん、聞こえる?』


「あっ、はい」


 無線越しに不意打ちで朱音に名前を呼ばれ、心臓が跳ね上がった。

 手を耳にやり、無線を会話モードに切り替える。


『もう1分切っちゃったけどさ、外なんか変わったことなかった?』


「えっと……」


 自分の前に広がる光景に目を向けるが、怪しいというほど大きな変化はない。動きあるものと言えば巡回警備員と噴水ぐらいだが、それは瑠璃が配置についたときから既にそうなっていたため、問題視するほどのものではない。

 あと取り上げるなら野次馬の盛り上がり様が増しているぐらいだが、敷地内の変化ではないし、そんな答えは求めてないだろう。


「いえ。ありませんでした」


『ホント? ならいいや。引き続きヨロシクね〜』


 「了解です」という瑠璃の返事と共に、朱音の「地下にいる人、監視体制を強化して」という別部隊への指示がとんだ。


(やっぱり地下から来るのかなぁ……?)


 地上が駄目なら上空からか地下からか。お約束の侵入方法だ。

 ただ上空は警察のみならずマスコミ関係のヘリコプターも飛び回っているため、その間を掻い潜っての突入は困難を極めるだろう。

 となれば、地下の可能性が一番高い。先手を打って地下にも人員を配置しているが、地下は上空以上に侵入口や侵入経路のあたりがつきにくい。どこからどう突入されても、それに対応しきれなくてもおかしくない。


(停電は……でもシステムはこの敷地内にあるし……)


 勿論、その場所にも東志波の生徒がいる。システムは、それこそ3号館の地下で一括管理されている。


(野次馬を暴徒化させて門を開かせる、とか?)


 チラッと門のある方に視線を向ければ、「10・9……」と秩序ある無駄に明るいカウントダウンが嫌でも耳に入ってくる。年明けか、とツッコみたくなる。


(……集中しよう)


 視線を戻し、目の前のことに意識を絞る。


 相変わらず、平和な夜を描いたような風景が眼前に広がる。

 嵐の前の静けさではない。いつもの夜の静けさだ。

 静止画なのではないかと思ってもいいくらいに、これから何も起きそうにない雰囲気だった。


 全く気を抜いてはいないが、何がどの角度からどうきたとしても、反応が少し遅れるくらいの生理現象には目を瞑ってほしい。


 3・2・1……。

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