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冷宝  作者: 霧宮 夢華
報告書2~稜鏡~
15/78

4部目

 ……もはや、これを誘導と言うのだろうか。


「報道陣各位の皆様、本日はお忙しい中、このような一大スクープに駆けつけたことと思います。稜鏡の手口の一部始終をくまなくカメラに収めたい。お気持ち、痛く分かります。ですが、いえだからこそ、報道陣の皆様が率先して……」


「うっわ~、スッゴい人気! 稜鏡ファンってこんなにいたんだぁ~。折角だし、僕もなっちゃおっかな。でもさ、やっぱりさ、ファンにはファンのルールってものがあると思うんだよねぇ~。それが守れない人って嫌われちゃうんじゃないのかなぁ~?」


「皆さん!! 空を見てください!! あれが何だか分かりますか!? ヘリコプターですヘリコプター!! しかもテレビカメラ搭載!! 上空からの生放送に違いありません! さぁ皆さん!! 続きは解像度抜群の家のテレビで見ましょう!! ファミレスに入ってワンセグで見ましょう!! 生だろうが画面だろうが、目撃者には変わりありません!!」


「押さないでくださ~い。揉め事は揉め事しか生みませんよ~。あっ、ボク大丈夫? あっ、この子のお父さんでいらっしゃいますか? すみませんが肩車してあげてください。よく見えると思いますし、そちらの方がまだ危なくないかと。はい。ご協力ありがとうございます。こんな人混みです。小さいお子さんやお年寄りの方に思いやりを……」


「映画館やプラネタリウムと同じです。前に来たところでよく見えるとは限りません。『後ろには後ろの特権がある』、そう思って譲り合っていただけるとありがたいです。これしきのことで逮捕されるほど、バカらしいものはありません」


 正規で入学してから9年間。野次馬誘導組の5人は、幾度となく警察の真似事をこなしてきた。それも、特殊部隊といったそっち系の人達の真似事を。


 当然のことだった。そこに何の疑問も持たなかった。


 なぜなら、そういう学校に入学したという認識を、幼いながら既に自己の一部としていたからだ。


 親に叩き込まれたか、入学時に悟ったか、あるいは学校教育の賜物か。そこまで区別はつかない。

 しかし初任務では、落ち着きのなさこそ年相応だったが、普通の小学校1年生ではあり得ない判断力で、全員が全員適切な行動をとれていたとの報告が上がっている。

 今までも、これからも、特殊に徹し、上位クラスへの情報提供を主な活動とし、全てが戦闘に活かされることを前提として任務を遂行するものだと信じ込んでいた。


 だからこそ、今回の任務はイレギュラーそのものだった。


***


 「みんな~、使う道具借りてきたよ~」


 喧騒の場にそぐわない品のある優雅な足取りで信乃が戻ってきた。


 野次馬誘導組の5人は美術館が所有する敷地のぎりぎり内側にいるが、門の外は最前列へ我先にと押し寄せる人だかりで溢れ返っている。福袋販売初日の開店前のデパート、あるいはタイムセールの商品争奪戦を彷彿とさせるようだ。少しでも隙間を見せようものなら流れ込んでくること間違いなし。


「にしても、犯罪者の分際で何この人気っぷり」


 仕事スイッチの入った礼羅が人混みを一瞥し、毒を吐く。


「まぁそう言わずに。はい、一人ずつ受け取って」


 信乃は、使用道具を一人一人に差し出した。


「……ねぇしーちゃん、これって……」


 受け取ったのは、スイッチ一つで声の大きさを変えられ、かつ広範囲に音を伝えられるものだった。

 黒く細長いボディが特徴的で、両手使いも片手使いもできる代物。重量はそんなになく、持ち運びにも労力を使わない。

 そう。カラオケ屋なんかでよく見かける普通のワイヤレスマイクだった。


「拡声器って聞いていたが?」


「それがね、数が足りなくなっちゃったみたいで。これで代用してだって」


 道具として特に不足があるわけではないし、むしろこの状況において、利便性の面から拡声器よりも勝手がいいと思われるが、イマイチ締まらない。というより、マイクを持ったジャージの若者など、いくら警察の側近と名高い東志波生でもナメられかねない。


「こんな人混みをカラオケマイクで誘導なんて、前テレビでやってたDJなポリスみたいだね」


「それで警察側からの要望が確か『あまり刺激しないでくれ』だったから……」


「それはやれと。うちらにあのDJなポリスやれと」


 悌二・義明・礼羅の順で結論が導きだされた。


「気の強いあなたが一番心配だわ、礼羅」


「上等じゃん、やってやろうじゃん」


「ヘイ! エッチ変態、リッチなベッドでボ・ク・の」

「黙れエセラッパー!!」


 早速気が立っている礼羅の標的になったのは、悌二の拙いラップもどきだった。

 マイクを握ってノリノリで歌っていたものの、電源を入れていないのでセーフ。


「というかそれ、何の歌なの?」


 孝子が心底不思議そうな顔して悌二に聞く。


「んーよく分かんないけど、この前僕達と同い歳くらいの人がぶつぶつ言ってた」


「怪しいうえにいかがわしいな」


「何かの語呂合わせじゃない?」


「しーちゃんそれどんな語呂合わせ?」


 上品にクスッと笑いつつ、手を口元に持っていき「さあそれは」と信乃は答える。


「あとそう。さっき道具とりに行ったときに何人か報道陣の人を見たけど、数そんなにいなさそうだったよ」


「信乃、それ本当か?」


 信乃が持ち帰ってきた情報に、義明がすかさず食いつく。


「うん。もしかしたらインタビューに行ってる人もいるのかもしれないけど、報道陣スペースにはあまりいなかったような……」


「それ絶対に別アングルから撮ってる人いるって!」


「そうね。場所的にいいスポット用意したって聞いてるけど、そこだけに留まらないはずよ」


「つまり、みんな報道陣の人を誘導するかもってことだね……」


 警察の側近として名高い東志波。私服ならまだしも、有名すぎる制服ジャージであまりテレビに映りたくない。

 ……戦闘せず誘導にあたふたしている姿など。


「とにかく、報道陣スペースは俺がやる」


「えっ!?」

「ヨッシー一人で大丈夫なの?」


 悌二が心配そうに驚き、孝子が「私も行くわよ」と続ける。


「ああ。正直孝子にはついてもらいたいが、この人だ。そっちの誘導に人員を割いた方がいい。それに、少し口が悪くても許してもらえそうだしな」


 熱狂している民衆よりは理解があるだろう、と踏んでの発言。

 もしなかったとしても、相当ひどいことをやらかさなければ、秘密主義の学校側が情報流出を全力で押さえつけてくれる。


「じゃあうちが」

「お前には無理だ」


 よって義明が一蹴した通り、気が立っていて感情的になりやすい礼羅に任せることはできない。

 かといって一般人の誘導向きかと問われれば、それはまた別の問題だが。


「そろそろ時間ね」


 信乃が、腕の内側につけた時計を見ながら呟く。細身で金色のバンドの、高級そうなデザインの腕時計だ。


「お前達は移動があるだろ。もう行け」


「……分かった」

「拗ねないの。……ヨッシーも頑張って」


 理由を言わない言葉足らずな義明も悪いが、バッサリ否定された礼羅はまだ腑に落ちない様子だった。


 美術館の扉を開けるわけにはいかないので、警察の出入りも含め、外へ行くにはあの地下通路を通って渋谷駅から向かわなくてはいけない。

 はっきり言って、地上からでも地下からでも、渋谷駅から美術館に行くのにそう時間はかからないが……。


「ヨッシー絶対移動したくなかっただけだよね~」

「確かに。ずっる」


「はいはい。文句言わないの」


 そう思ってしまうのも、仕方のないことだった。


***


 刻々と迫る予告時間。それに伴い増す盛り上がり。

 マイクの声も人波に紛れて、届いているのかすら判断もつかない。


 それでも駆り出された5人は、慎重に言葉を選びながら、各々が思い思いのDJなポリスを演じていた。


「孝子」

「えっ、ヨッシー!?」


 地上にて移動しながらの誘導のため、誰かと会うこともしばしばだった。


「えっと、報道陣の方は? もういいの?」


「ああ。どうにか陣地を確保して、一旦落ち着いた。何か手伝うことあるか?」


「私は大丈夫だけど……」


 孝子が視線を、対象の人物がいるであろう方向に向けた。


「あぁ、礼羅か。さっきから聞いていれば。ヤケクソだな」


「そうなのよ……」


 一歩間違えれば怒鳴り声スレスレの感じだが、まだかろうじて理性は見える。ただ、エネルギー切れになるのは時間の問題だった。


「ヨッシーここお願い。私礼羅手伝ってくるわね」


「その方がいい。行ってこい」


 軽く手を挙げて、孝子はマイク片手に駆け出した。


「あ~、タカちゃん行っちゃった」


「悌二か」


「ヨッシーおつかれ~。本当、もう疲れたよ~」


 悌二は自分の疲労具合をありありと表現してみせた。


「これしきで弱音を吐くな」


「そんなこと言ったって……。ねぇヨッシー、僕ちゃんと誘導できてるかなぁ……?」


「できていないことはないな。馴れ馴れしいだけで」


「やっぱり? 親しみを持ってもらおうと頑張ってみたんだけどね」


 「エヘヘ」と顔をフニャリとさせた悌二に、「敬語を使え」と呆れながらもさりげなくアドバイスしてくれる義明。


「ほら、無駄口叩いてないで仕事しろ」


「はぁ……。でも、ちょっと休憩できた!! じゃあね! ヨッシーも頑張って!」


「当然だ。悌二もな」


 疲れが少しとれたのか、その顔はいつもの明るい悌二に戻っていた。


 また、別場所では。


「信乃!」

「礼羅さん!」


「お疲れ。そっちどう?」


「うーん、私こういうの向いてないのかな……」


「刺激しない言い方ならピカイチなのにね」


 「多分信乃はこう、パンチとかインパクトが薄いんだよ!」と付け加える礼羅に「自覚はあるんだけど、なかなか難しくて」と困り顔で返す信乃。


「あっ、いたいた」


「あら、孝子さん」


 そこに、孝子が息を切らして輪に入る。


「信乃もいたのね。そう、礼羅。あなたのアナウンス、ヤケクソよ」


「えっ、ウソ!?」


「ここに来るまでずっと聞いてたけど半ギレじゃない。まだ抑えてる方なのは分かるけど」


 「で、でも……」と若干気弱になる礼羅に、「私と逆ね」と信乃が嫌味なく上品に笑う。


「ヨッシーが合流したから、とりあえずは礼羅のサポートに入るわ」


「サンキュ。助かるよ」


 礼羅があからさまに安堵の表情を浮かべる。


「じゃあ私、あっちやってくるね。二人とも頑張って」


「うん。信乃もね」


 そうして三人は、また仕事に取り掛かった。

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