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冷宝  作者: 霧宮 夢華
報告書2~稜鏡~
14/78

3部目

 頭をつんざくような音がする。

 何の音か分からないけど、容赦なく頭に入り込んでくる。

 発信源も分からない。聞いたことのあるようなないような、似たようなものなら聞いたことのあるような、そんな音が際限なく繰り返されている。


 正体を探ろうと目を開ける。暗い。いつの間に暗くなったのか。

 自分の回りがもぞもぞと動く。黒い。人形をしていて、黒かった。


 誰かが音を止めた。

 同時に明かりが点いた。


「っあぁ~、もう6時半」


 礼羅が伸びをしつつ、自分のスマホに目をやる。

 どうやら、礼羅のスマホの目覚ましが鳴っていたみたいだ。


「寝ちゃったね~」

「みんなでお昼寝も悪くないわね」


 信乃・孝子も上体を起こし、その場に座った。

 いつの間にか、テレビも消えている。


「皆さんも寝てたんですか?」


「だぁって、瑠璃が気持ちよさそ~に寝てるんだも~ん」

「そーそー。呼んでも返事しないくせに、見てるこっちまで眠くなっちゃって」


 察するに、最初に睡魔に襲われたのは瑠璃だったらしい。

 それが分かった途端、瑠璃は奥底から込み上げるものを強く感じた。


「すみません!! 人ん家で勝手に寝ちゃって……」


「いいよいいよ。くつろいでもらえて何よりですっ」


 罪悪感と羞恥に苛まれる瑠璃に、智佳は「大丈夫気にしてないから」となだめる。


「もしよだれとか垂らしていたら……」

「大丈夫だって!! あとで洗濯するから!!」


「お取り込み中悪いけど、そろそろ電車の時間よ」


「ほら瑠璃。ウジウジしないで行くよ!」

「……本当にすみません」


 こうして、体力を十二分に温存した女子5人は、現場へと向かった。


***


 渋谷駅は、人でごった返していた。


 それもそのはず。今夜一番の話題となる場所に、人が集まらない訳がない。

 加えて、通勤ラッシュ直撃の時間帯だった。駅中を進むのも一苦労。


 人の合間を縫うように進んでほどなく。美術館関係者でも一握りしか知らないという、美術館と駅を直接つなぐ、緊急時脱出用の地下通路の入り口に着いた。

 手帳を見せ、中に入れてもらう。すると、先程までの人混みが嘘のように消え、響くのは足音のみ。


「ようやく一息つけますね」


 前にも、後ろにも、自分達を遮る人波は存在しない。最高に歩きやすい空間だ。


「てゆーか、瑠璃ってSuika派だったんだね。ナカマナカマ」


「引っ越しするときに作りました。皆さんはどうですか?」


「うちPASUMO派」

「私もよ」

「同じく」


 2対3でPASUMO派が多かった。とことんどうでもいい世間話である。


「あっ」


 突然、智佳が意味もなく大声を出した。反響もあって、耳に直接響くほどのボリュームだった。


「おぉ~、響くね~」

「小学生じゃないんだから!! みっともない」


 子供じみたことをした智佳を、礼羅が思いっきり叱りつける。その礼羅の声も反響して、なかなかのボリューム。


「さ~ん歩進んで2歩下がる」

「いきなり下がるなっ」


「二人ともそこまで。もうすぐ出口よ」


 こういうときに仲裁に入るのはやはり孝子。

 ただ出口がすぐそこにあるのも事実で、ドアを開けるとすぐ、美術館敷地内の受付付近に出られた。

 受付付近に押し寄せる敷地外の人達から丁度死角になっており、難なくDクラスの待ち合わせ場所に行けた。


「ん、おぉ、やっと来たか」

「随分遅かったじゃねーか」


 優秀なことに男子陣は全員既に到着していたようで、真っ先に見つけた忠と仁が声をかける。


「まぁね。だ~れかさんがお昼寝しちゃって」


「すみません……」


「冗談だっての!!」


 瑠璃がマジレスするものだから、いじった智佳が逆に申し訳ない気分になった。


「ゲッ、あの人数誘導するの……」


 後ろを振り向き、意識しないようにしていた野次馬とのご対面を果たした礼羅は、予想以上の多さに顔を引きつらせた。


「覚悟はしてたけどここまで多いなんて……」


 孝子ですらも弱気になるほどの人、人、人。もはや、ざわめきが不快音の域に達している。


「やるしかないだろう。つべこべ言うな」


「とヨッシーは言ってるけど、さっきまでヨッシーもつべこべ言ってたからね」


「悌二貴様……」


 「うわぁしーちゃん助けて」と信乃の後ろに悌二は隠れ、信乃は地の底を這うような低い声を出した義明に「まあまあ」と言って溜飲を下げさせようとしていた。


「みんないるね? さっきもらってきた指示書読み上げるから聞いて」


 声の主が冥奈だと分かると、全員すぐさま冥奈の近くに集まった。

 よくしつけられているというのもあるが、こうでもしないと、普段聞こえる指示も聞こえない。


「まず警備組。1号館に鈴川さん。2号館常設展に智佳、特別展に仁。3号館に忠。この配置になってるから、すぐ持ち場に着くように」


 「はい」と4人共凛とした返事をした。

 瑠璃も、背筋が伸びるようないい緊張感を覚えた。何せ初陣。使命感と義務感が強く湧き上がってくる。


「次に誘導組。『変に煽ったり刺激したりしなけれは、あとはそっちの裁量に任せる』だそう」


………………。


「えっと……」

「それって要するに……」

「丸投げじゃん」


 信乃と悌二がぼかそうとしていたことを、礼羅がズバリと言ってのけた。


「うん……これに関しては私も何のアドバイスも出来なくて……。上手くやってとしか言えないかな」


 担任をも困らせる指示書の杜撰さ。戦闘でないとはいえ、ここまで具体的な指示がないのも困りもの。

 確かに、社会に出ればレールなんて誰も敷いてくれない。常に現場でアドリブを行わなくてはいけない。それが当たり前のことであり、現実である。

 しかし問題はそこではない。問題は、担任にも生徒にもお手上げ感がひしひしと伝わってくる指示書を書いた、梅崎の副校長としての手腕だ。


「ごめん。力になれなくて。それ以外で質問は?」


「誘導って、外でやるんですか?」


 投げかけたのは義明。


「うん、外らしい。中でやるとそれはそれで反発が起こるって警察の人が言ってた」


「館内で戦闘が開始された場合、加勢に行った方がいいですか?」


 次に忠。


「応援要請が入らない限り、持ち場は絶対に動くなって指示が出てる。それに従って」


「1号館正面入口警備の人、いる?」


 最後に、はち切れんばかりの明るい声。


「鈴川さんならここに……って」


 Dクラスではないその人物は、気づいたときには冥奈のすぐ隣に立ち、全員の視線を釘付けにした。


「ヤッホー! みんな今日はガンバローね!!」


「小雀さん。何しにきたの」

「いやいや、真面目な用事ですって」


 冥奈からの白い目を、絶やさぬ笑顔で事も無げに受け流す、銀のクラスカラーを持つAクラスの朱音。


「1号館統括として、正面入口警備員のお迎えにあがりました。てなわけで瑠璃ちゃんおいで。案内するよ」


 改まった言い方をしたかと思えばすぐにくだける。

 瑠璃も朱音に従わない理由がないので、「お先にすみません」と一言断ってDクラスの輪を抜けた。


 朱音と二人きりで、1号館への道を歩いた。


「課題は今日が初めてだよね? どうどう? 今の気分は?」


「不安、ですね。こんな空気初めてで」


「うんうん、分かる分かる。私も小1のときそうだった。楽しみなのに吐きそうだった」


 無論、今の瑠璃がこの状況を楽しんでいる訳がない。対して、朱音はとても楽しそうだった。


「こんなの慣れだよ慣れ。ほら、肩の力抜いて!」


 あの手この手で瑠璃の不安を和らげようとしてくる。そんな朱音の気遣いが、瑠璃は少し嬉しかった。


「そーそー、渡すものがあったんだ。はい、これ」


 朱音から手渡されたのは、落とせば簡単に見失ってしまいそうなほどの小さな機械だった。


「超小型無線機?」

「ピンポーン!」


 朱音が「こうやって、耳につけるんだよ」と実演してくれたので、瑠璃もそれに倣った。

 耳に硬いものが入っている。しかしあまり気にならない。


「これで私が指示を出すんだけど、瑠璃ちゃんに関係のない指示まで聞こえちゃうから、そこは無視って。あと、会話なら私とだけ出来るようになってるから。オッケー?」


「オッケーです」


「何かあったらこれで連絡ちょうだい。瑠璃ちゃんに関しては、何もないことを祈るけど」


 「あっ、着いた着いた。ここだよ」と朱音が目の前の建物を指差す。

 寺、を模しているのだろうか。絢爛豪華ではなく質素な印象を与える建物だった。木造建築と見せかけて、その実木目が精巧に再現された別の素材を使っている。「和」の1号館に相応しい、伝統と近代建築の融合をなしていた。


「瑠璃ちゃんの持ち場はここね。このデザインで自動ドアとかビビるよね」


 ドアのデザインも凝っていて、よくある寺の両開き門が描かれていた。

 それが目の前に立つだけで水平に開かれる。鳩尾あたりがモヤッとする感覚が味わえること必至である。


「じゃあ私中入っちゃうけど、警備頑張ってね。自動ドアのスイッチは切っとくから」


「はい。わざわざありがとうございます」


 片手を元気よく振り、朱音は館内へ入っていった。

 扉が閉まると、その特殊デザイン故に中の様子が全く伝わってこない。


 なんとなく空を見上げる。真ん丸から少しだけ欠けた白いお月様が、夜空を煌々と照らしていた。

 星を探そうとしてみるものの、瑠璃の知識ではかろうじて北極星が分かるくらいだ。都会の眩さは星の輝きまで奪ってしまう。

 あと夜空に浮かぶものといえば、各テレビ局の、情緒も何もないヘリコプターのみ。巡回していたりホバリングしていたり、様々なスタンバイだった。


 ──長い夜が、始まる。

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