2部目
「うっひぁ~、叩かれてるね~」
テレビを前にお菓子をポリポリ。
絨毯に寝転がりながら、智佳はそんな感想を口にした。
「話題に上がるたび、マスコミの対応も激しくなっていくわね」
「ホント。プライバシーなんてあったもんじゃない」
同じ体勢で、孝子と礼羅も感想を口にする。
勿論、お菓子片手に。
「野次馬誘導で、この人達も誘導しなきゃなんだよね」
「信乃、マスコミの対応は私がどうにかするから」
不安を声にのせる信乃。クラスのしっかり者にして、Dクラス内順位2位の孝子が担当するとしても、やはり拭えない部分らしい。この映像を見てしまったのなら尚更のこと。
果たして野次馬より秩序があるのか、そこも心配要素である。
「あ、お菓子切れた。新しいの持ってくるね~」
智佳は立ち上がると、慣れた様子でキッチンに向かい、戸棚からお菓子を漁り始めた。
「もぅ。ほどほどにしとかないと、本番前にお腹いっぱいで動けなくなるわよ」
「さっきから手が止まってないのに、がよく言うよ」
「えっ、そ、そんなこと……」と語尾を濁しつつ顔を赤くする孝子に、礼羅が勝ち誇ったように意地悪く笑う。
「瑠璃、キャッチ!!」
「えっ、あっ」
智佳から投げられた豪速球……ならぬ豪速ポテチ。
うつ伏せから仰向けへ体勢を変えた瑠璃は、パンッという軽い音と共に、見事ポテチ──正式名称ポテトチーズ──の袋を受け止めた。
「ナーイスキャッチ!」
「瑠璃さん、ラッコみたい」
仰向けで、上半身を少しだけ起こし、手を胸の前に持ってきて、かつ物を持っている。
確かに、見ようによってはラッコっぽい。
「瑠璃そのままストップ。写真撮るから」
「あっ、あたしもあたしも!!」
「早くしてくだっ……腹筋辛いです」
実際にやってみると分かるが、この体勢は腹筋あたりがプルプル震え、保持するのがとても辛い。
二人がサッとスマホを起動している間も、刻々と限界が近づいていた。
「よし、もういいよ」
礼羅から許可が下りるや否や、バタッと床に倒れる瑠璃。腹筋も、いい感じに刺激されていて、痛い。
「お疲れ様」
「ありがとうございます。ポテチ開けますね」
孝子が瑠璃を労い、信乃が上品に笑い、礼羅がまたうつ伏せに寝転がり、智佳がポテチ目当てに瑠璃の隣に寝転がる。
そしてテレビでは、渋谷新国際美術館の館長が会見で記者から質問攻めに遭っていた。
ここは火宮家。大きなお皿にお菓子を盛り、床に敷かれた絨毯に寝転がりながら、女子5人はテレビを眺めていた。
ことは、数時間前に遡る。
***
「あたしん家、来ない?」
帰り際に、智佳から唐突にそんなことを聞かれた女子4人。
「は? なんで?」
礼羅がそう反応するのも、ごくごく自然なことだった。
「いやっ、その……あたしの家ってさ、駅から近いじゃん? そこからみんなで一緒に行った方が楽かなぁ~って」
「距離そんなに変わらないと思うけど……」
全員の──それも全校生徒の──家は、学校から手段問わず5分圏内と定められており、大抵の生徒の家は徒歩5分圏内の場所に密集している。遠くからわざわざ引っ越してまで入学する人もいるため、マンションに住んでいる人も多い。
孝子の言う通り、その近隣施設に行くにあたっての近い・遠いなど、誤差の範囲でしかない。
「そ、それにさっ、今頃テレビで美術館のなんかやってるかもしれないから、みんなで一緒に見て感想言い合おうよ!!」
「それ現場に着いてからでもよくない?」
現場に着いてもすぐ持ち場に配備されるのではなく、まず規定時間に絶対に点呼を行う。
信乃の言う通り、現場に着いても雑談するくらいの時間ならある。なんなら、駅で待ち合わせて行きの電車で語り合うこともできる。
「じゃなくってもさっ、ほら、作戦会議しない? 今ならお父さんもお母さんもしないし」
「ち~か~?」
どうにかこうにかして全員を家に招こうとする挙動不審な智佳に、痺れを切らした礼羅が黒い笑みをたたえる。
「白状しなさい。遅刻防止? 迷子防止? それとも寝ぼぅ」
「お料理手伝ってください」
しらを切る素振りも見せず、即座に観念して素直に白状。呆気ない降伏だった。
「お料理、ですか?」
「うん……今日夜ご飯作らなきゃいけないんだけどさ、揚げ物やったことないから怖くて……」
「メニューは?」
「カツカレー」
カツカレー。それは日本発祥の、カレーの上にカツをのせた、ボリューム満点の一品。人気も高く、カツのバリエーションも豊富だ。
だが、カツもカレーも作らなければならないという手間のかかる一品でもある。それを一人で全てとなれば尚更。
メニューを聞いた礼羅は「そういうことね」と納得。
「なら最初からそう言えっての」
「アハハ~ゴメンゴメン」
おどけたように笑う智佳に、礼羅は毒気を抜かれたようにため息をついた。
「で、どうする? うちは行くけど、みんなは?」
***
こうして今に至る。
智佳・礼羅・孝子はカツ、信乃・瑠璃はカレーというように分担し、既に全てを作り終えていた。
あとは、カレーを温め直してカツをチンするだけ。誰でも出来る。
「中こんな風になってるのね。普通に遊びに行きたかったわ」
マスコミ限定公開なのか、テレビには2号館常設展の館内が映っている。海外の作品が品よく列べられており、鑑賞空間は、人に圧迫間を与えずゆったりとできる程度には広い。
本来ならば、時を忘れ、浮世を忘れ、ここにある絵画や彫刻に魅せられ浸る。時代を感じ、作者を感じ、見えない宇宙に引きずり込まれながらも、心安らかにその真髄を探し求めようとする。
任務でなければ、時間のある休日にでもそんなことが出来た。任務でなければ。
「びっくりするぐらいよく再現できてるね。これとか本当にレプリカ?」
テレビの端に映っている絵画を見て、信乃が小首を傾げる。
「まぁ、一部本物だって言うしね。現代技術スゴいし」
「ふぇほふぁー、ふふふほひふぁは」
「智佳。飲み込んでから話す」
礼羅に注意され、智佳は頬張っていたお菓子を一気に飲み込んだ。ゴクンと生々しい音がした。
「よろしい。で?」
「いやさ、今回相手する稜鏡ってさ、必ず何か盗むじゃん。だから、盗むとしたら何が盗まれるんだろうなぁ~って。だってレプリカ美術館だよ?」
「智佳、レプリカ美術館は言い過ぎよ」
智佳の物言いに孝子がすかさず咎める。相当行きたかったらしい。
「少なくとも3号館は大半が本物ですし、特別展に本物が一つもないのも考えものです」
「とすると、敵さんの狙いはやっぱり3号館か特別展?」
「偽物盗んでも意味ないしね」
礼羅の一言を最後に会話が止む。切り出す話題もないので、音という音はテレビとお菓子に起因するもののみとなった。
テレビでは、副館長が1号館の展示品の解説をしていた。先程の特別展では、会見を終えた館長が直々に案内していた。
(視聴率高いんだろうなぁ)
テレビ局のほとんどが特集を組んでいることはまず間違いない。視聴者争いが激しくなることが予想されるが、当の視聴者からすれば「どこ回しても一緒」なので、たまたまリモコンの手が止まったところをつけているに過ぎない。推している局がない限り、大多数の視聴者がそうだろう。
さらに、夜は夜でどこもかしこも生中継を行うだろう。
(テレビに映るかもしれない、か……)
映ったところで瑠璃には何のダメージもないし、そもそも映る可能性の方が低いが。
そんなことを考えながら、瑠璃は少しずつ意識を手放していった。




