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冷宝  作者: 霧宮 夢華
報告書2~稜鏡~
12/78

1部目

 「盗賊団『稜鏡』から、マスコミ宛に予告状が届いた」


 警察庁長官が東志波に来てからちょうど一週間後。

 再び、校内中の生徒が体育館に集められた。


「内容はこうだ。『今夜午後九時。渋谷新国際美術館』」


 時間と場所しか指定されていない、簡素すぎる予告文だった。

 こじゃれてもいなければ、どんなことをするかも書かれていない。


「いつもこんな感じの予告状らしい。警察側が混乱するのも無理はない。対策をたてても、毎回虚を突かれるらしい」


 対処の仕様のない内容に対して対策をたてれば、確かに的外れのものがあってもおかしくはない。

 しかし、それが「毎回」となると話は別。常に予想の裏を掻くことをしてくるカカンの手際が伺い知れる。敵ながら天晴れとしか言いようがない。


「今回、増員も兼ねてこの件を東志波ウチに回してきたみたいだが、役割が大きく異なる。展示品の警護は警察側が徹底してやってくれるとのことだ。諸君は盗賊団の捕縛に専念せよと指示を受けている。必要ならば戦闘も厭わない」


 壇上にいる梅崎の饒舌な話しっぷりに、全員集中して耳を傾けていた。


 つまりこうだ。東志波の生徒は、他のことに対して一切気を回さずに、戦闘だけに専念できる。逃がし漏れを最小限に抑えられる、理想中の理想下での応戦だ。

 展示品のほとんどは精巧なレプリカなので、万が一損傷・破損なんてことがあったとしてもそんなに痛手ではない。本当に重要な場所には、上位クラスの中でも精鋭を配置するだろうし。


「加えていい知らせだ。つい先日、遠征からAクラスが帰ってきた。つまり、こちらの戦力が増えた」


 体育館の上手側。全員がAクラスのいるところに目を向ける。


 不動の上位実力者がいるというのは、精神的に気休め以上の効果がある。裏を返せば、Aクラスに対する信頼の証とも言える。

 学校中のそんな雰囲気を、瑠璃は肌で感じとった。実際、クラスメイトも安堵の表情や嬉しそうな表情をしていたり、期待の眼差しを向けたりと、とてつもなく分かりやすいリアクションをとっていた。周囲も少しざわついていた。


 それでも、「静粛に」と梅崎が一言注意するだけでピタッと私語が止む。よくしつけられている。


「これより、本日は授業を中断して各クラス準備にあたるように。詳細は既に各担任に渡してある。万全のコンディションで臨んでくれ。以上だ」


***


 渋谷新国際美術館。


 渋谷駅近くに数年前に建設された、日本でも屈指の広さを誇る美術館。

 大都会の狭い土地を切り開いて建てられた、斬新で近未来を彷彿とさせる建物は、しかし渋谷の街に溶け込んで違和感のないデザインになっている。

 アクセスがいいのは言うまでもないため、連日連夜多くの人で賑わっている。今や小学校の社会科見学や、地方の中学校や高校の修学旅行の目玉として選ばれるほど、名だたる観光名所にも劣らない場所にまでのしあがった。


 「和」の一号館。文字通り、日本メインの展示品の宝庫。掛け軸や屏風、刀、からくりに至るまで、展示数は日本でもトップクラス。

 「洋」の二号館。日本以外の国の展示品が並ぶ。海外のものであれば何でもよい。常設展と特別展があり、敷地面積が一番大きい。

 「科学」の三号館。美術と科学の融合をテーマに、美術界を支える最新機械を中心に展示されている。実際に操作することもでき、名だたるアーティストによってそれを実際使って創られた作品もある。


 小さい子どもにまで人気が出る理由としては、三号館の存在で間違いないだろう。

 一号館も二号館も、美術館特有の堅苦しさを可能な限り削ぎ落としてはいるが、体験要素を多く取り入れた三号館には及ばない。子供達を三号館で遊ばせて大人はゆっくりと別館で、という親子連れも多い。


 古くから根付いている美術館には敵わないため、一号館・二号館は共にレプリカの展示が大半を占める。

 しかし三号館はそのほとんどが本物。「世界に数台しかない機械」や「一台数億円」のもの等々、世界的にも価値が高いものばかりである。


「で、ウチのクラスなんだけど……」


 チームワークの側面からか、クラスをばらけてのチーム編成は行われず、あくまでクラス単位の課題として振り分けられていた。


 教室では、冥奈が美術館の概要を説明し終えていた。

 だが本題を切り出そうとなったとき、何を気にしているのか、指示が書かれた紙を見て困惑していた。


「何か問題でもありました?」


 一番前の真ん中に座る孝子が、心配そうに冥奈を気遣う。


「いや、問題は全くないの」


 即座に否定するも、困惑の表情は消えない。

 ただ、これ以上焦らしても生徒の不安を煽るだけと判断し、諦めて指示内容を生徒に伝えた。


「ウチのクラスの担当は、4人が正面入口の警備、その他の人は野次馬誘導となってます」


…………。


「は?」


 例えるなら、今まで正常に水を流していた柵の隙間に、突然得体の知れない大きな異物が流れてきたかのようだった。

 冥奈の困惑が伝染したかのように、つっかえを覚えた一部の生徒から困惑の声があがる。


 入口警備は分かる。


 一号館と三号館の入口に一人ずつ、二号館の常設展と特別展の入口に一人ずつの計4人という計算だ。

 変装での侵入を除き、どんな盗賊団でも、さすがに警察組織で貸切状態の館内を正面突破する無謀は冒すまい。ということを見越して、侵入口として一番可能性の低い場所を、最下位クラスに持ち場として与えたのだろう。

 しかも割り当てが一つの入口につき1人だ。可能性として相当低く見積もられているらしい。ほぼ何もしなくていいと言われているも同然である。


 裏口や屋上、倉庫には、きっと上位クラスの人達が割り当てられているはず。

 だが、今はそんなことどうでもいい。もっと、耳を疑う指示が出ていたことが問題だった。


「野次馬?」


 悌二の発した一単語が、全員の疑問を的確に表していた。

 捕縛、もっと直接的に戦闘に専念しろと言われたばかりなのに、主旨とはかけ離れ、異色を通り越して他クラスの任務から浮きまくっている任務が下されていた。


「そう。この指示の意味だけ分からなくて……」


「副校長先生は何と?」


「『戦闘・捕縛と同等に重要だと聞いている』って」


 分かったこと。

 人伝のため梅崎もよく分かっていないということ。


 上からの指示を聞いて断片的な情報を掴もうとしていた義明の姿勢は正しかったが、得られたのは肝心の上も役立たずだったという結果のみ。

 指示内容の目的や全体像が掴めていないという最悪の状態で現場に送り込まれるのを、誰もが覚悟していたときだった。


「野次馬って、これか?」


 紙を手に、横向きに座っている忠が同意を求めようとすると、その紙を覗き込みに全員が忠に群がった。


「ただしんどれ~?」

「ほらここ。『民衆からの人気も高く、予告場所には一目見ようと集まる人が大勢いる』って」


 忠が手にしていたのは、全体課題の集会があったときに配られた紙だった。

 あくまで補足として最後の方に書かれているにすぎない、コラム的なノリの情報だった。


「あぁ、多分それのことね。プラスして、マスコミの誘導もお願いしたいって書いてある。警察側も可能な限り手伝ってくれるらしい」


 戦闘でもないのに、なんて面倒な役割だろう。

 中には熱狂的なファンがいてもおかしくなく、悪を排除する側なのに非難されるというおかしな現象を、警察側と学校を代表して真正面から対応しなければならない。

 最悪の場合、暴徒と化した人達を抑え込まなければならない。


 嫌味・やっかみの受け口。精神的にジワジワくる損な役回り。

 それは、上位クラスにやらせられない雑務をこなしてきたDクラスのメンバーでも相当嫌だったらしく、既に数人から「やりたくないオーラ」が出ている。


「数ヤバイんだろうなぁ~」

「それを5人だけでやれっての?」


 魂が抜けたかのようにまだ見ぬ状況を俯瞰的に想像する仁と、言葉の端で警察の助けなど全く期待していない半ギレ状態の礼羅。気持ちは分からなくもない。

 戦闘でないからとはいえ、押し付けるお仕事が悪辣極まる。向こうにそんな意図がなくても、任務内容の正体を理解した生徒からすれば質の悪い嫌がらせだ。


「はい、ちょっと聞いて」


 忠の近くから教卓に戻った冥奈が、一つ手を叩いて注目を促す。


「指示書の意図がやっと分かったところで改めて。今回はクラスを二手に分けて、4人は正面入口の警備部隊。残り5人は野次馬誘導部隊。メンバーはそっちの一存に任せるから、よく考えてチームを編成してね。何か質問ある?」


 無言。だが、顔つきと首を横に振る動作だけで、答えは把握できる。


「いい? どんな大義があっても窃盗は犯罪。例え持ち主が犯罪者だとしても、追及は露呈されてからであって別の仕事。全力で任務を全うしてください」


 冥奈は息を軽く吸い込んだ。


「それでは、Dクラス担任の名の下に、Dクラスメンバー総勢9名に課題実践を命じます」


 やっと下った正式な実践命令。

 全員の士気・やる気・モチベーションは、顔色を見ただけで一目瞭然。


「じゃ手帳持ってくるから、その間に決めといてね」


 そう言って、冥奈は教室を一旦出ていった。


 手帳、が何なのか瑠璃にはさっぱり分からなかったが、役割決めのために前に集まるクラスメイトを見て、そっちの義務感の方が勝った。

 全員、ホワイトボードの近くに腰を下ろす。ある者は机に、ある者は床に。


「……どう着手したらいい?」


 教卓に置いてあった指示書とにらめっこする義明の言葉に、全員が押し黙る。


 魂胆は皆同じ。野次馬誘導は絶対嫌だ。


「あの、いいですか?」


 小さく手を挙げたのは瑠璃。


「すごく自分勝手で申し訳ないんですけど、まだ入って日も浅いので、戦闘に巻き込まれる確率の低い方に入りたいんですけど……」


「確かにな」


 義明を始め、これは満場一致で納得のようだった。

 自分勝手なように聞こえるが、戦闘になったときに足を引っ張りたくないという、チームのためを考慮しての発言ともとれる。瑠璃の立場を思えば、納得せざるを得ないだろう。


「だったら、瑠璃さんは入口警備がいいんじゃないかなぁ?」


 次に発言したのは信乃。


「戦闘になる可能性はどっちも同じくらいだと思うけど、上位クラスと一緒の方がその後のフォローがしやすいよね」


「となると、野次馬対策を考えるのが先か」


 どちらの可能性がという話は置いておいて、現場でバラけることが予想されすぐにフォローに行けない自分達より、密集した場所で即座に対応できる上位クラスに任せた方が最善だという信乃の意見は正しい。

 忠が続けた通り、どうしても触れたくない野次馬誘導に話が向いてしまうのも仕方がない。


「暴徒化することは私達がやらかさない限りないと思うけど、もしなったときの対処法よね」


「舞波で応戦か、凪留で防衛か、源極で鎮静か」


「れーちゃんなんか簡単に言ってるけど、5人対大勢だよ? それこそいないも同然だよ」


「でも相手は一般人だし、波術使ってから取り残した人だけ相手すれば片付くでしょ」


 波術の対象は一人だけにあらず。大人数に対しても有効的に使える。

 ただし、対象範囲と実力は比例傾向にある。


「機動力は舞波がトップなんですよね。でしたら舞波が応戦した方が……」

「ちょっと待て鈴川。忠はいいとして、俺達2人は戦闘となると周りが見えなくなるぞ」

「いや、俺も」


 Dクラス内で舞波流は、智佳・仁・忠の3人。

 「ちょっと、仁と一緒にしないでよ」と抗議している智佳がいるが、説得力ゼロ。


「それもそれで、なかなかですね」


「だろ? だったら視野の広い凪留にお任せするのが」

「ちょっと仁、自分がやりたくないからってうちらに押し付ける気?」

「そーだよ、ズルいよジン。しーちゃんも何か言ってやって」


 今度は凪留流である礼羅と悌二が、同流派の信乃を巻き込んで抗議に出た。


「いい? 瑠璃。さっき瑠璃も自分で言ってたけど、機動力だったら圧倒的にこの3人が高いの。そしてうちらよりスピードがある」

「それにね、野性のカンがあるから危険をビビっと感じてね、あっ、あと狙ったエモノは逃がさない!!」

「俺は動物じゃねーよ!!」


「やめんか貴様ら!!」


 口論勃発という名の瑠璃説得大会の予兆に堪えかねたのか、義明がホワイトボードをバンッと強く叩く。

 すると一瞬にして静寂が訪れ、先程までの熱量が嘘のように消えていった。


「全く。秩序ある話し合いが出来ないのか」


「まあまあ、落ち着いて」


 小言をこぼす義明を孝子が宥める。

 義明はため息を一つ吐いて気持ちを落ち着かせ、再度全員に向き直った。


「即席でくじを作った。流派がまとまっていた方が連携もとりやすいだろうから、そこ3人とそこ3人はセットだ。ちなみに、俺達源極は野次馬に、鈴川は信乃の意見を採用し警備に入ることになった。異論は」


 「出してくれるな」という雰囲気全開の義明に、「結局くじかよ」という不満を口に出来る勇者は現れなかった。

 くじは単純に、ホワイトボードに縦線が2本あるのみ。結果である一番下を、孝子が腕で隠していた。


「仁。悌二。どっちか選べ」


「じゃあ、左」

「いーよ、右で」


 舞波が左、凪留が右となった。

 義明が目で合図する。全員が食い入るようにホワイトボードを注視する。表には出さないが心の中で祈る。孝子の腕が外される。


 結果は──。


「ッシャア!! 警備だ!!」

「みんな、ゴメン」


 明らさまに大喜びする仁と、明らさまに気落ちする悌二。しかし、結果は覆らない。


「誰も報告来なかったけど、決まった?」


 丁度いいタイミングで教室に顔を覗かせた冥奈。

 報告に行った孝子に満足そうに頷き、全員分の手帳を教卓の上に置く。


「これは?」


「ああ、そっか、鈴川さんは初めてだったよね」


 冥奈が、新品の黒光りに眩しい金文字が施された手帳を瑠璃に手渡す。


「これは、『警察庁公認仮特別捜査官手帳』。簡単に言うと、なんちゃって警察手帳みたいなもの。B2以上のクラスは実働部隊だからいつも持っているけど、B3以下は基本クラス課題の時しか使わないから、いつもは担任が全員分を預かってるの。捜査とか課題とかの時は、これを携帯しておくのがこの学校の規則」


 説明を聞いて、本格的だなと思う瑠璃。

 仮手帳とはいえ作りは細部にまでこだわっており、ちゃちい感が全くない。背筋が伸びる一品だ。


「最後に聞いて。集合時間は予告時間の一時間前。場所は資料にも書いてあるけど、ちゃんと調べてくること。遅刻はしないように。あと、中に入るときは手帳見せないと入れないことになってるから。じゃ、今日は解散」


 解散宣言がなされ、別れの挨拶が飛び交いながら、各々のペースで教室から去っていく。


 本日初陣となる瑠璃も、勿論家に帰ろうとしていた。


「礼羅、信乃、孝子、瑠璃」


 同じく帰ろうとしていた女子全員を呼び止めたのは智佳。振り返って、4人共次の言葉を待っていた。


「あたしん家、来ない?」

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