級>ランク
「報告致します。今週確認されたナイトメアはA級が二体、B級が五体、C級が二十体、D以下が百を超えています。C級以上のナイトメアの撃退報告はありません。以上です」
メイド服の女性、久我舞は美姫に報告を終えて下がろうと背を向けて歩き出した。
「それ、埼玉だけでその数なのかしら?」
久我は振り返って答えた。
「そうです」
「いいわ、下がって」
久我は礼をして部屋から去った。
「A級が二体。早急に対策を講じないと手遅れになるわね……」
能登美姫は一人、頭を抱えることになった。
時刻は二十三時、暗闇の中茉莉の新人教育二回目が始まった。
千尋と巽はナイトメア討伐があるので茉莉、内納、紗奈の三人での指導になった。
「うーん、上手く魔力が集まりません」
「私もです……」
内納と紗奈は魔力をステッキに集める練習をしていた。
「最初は中々上手くいかないもの。まあ魔力を感じられるようになっただけ進歩していると思うよ」
「朱通さん、聞きたいことがあるんですけど、いいですか」
「いいよ、紗奈」
「茉莉さんが魔力を集めているのを見たいです、その、何かヒントになるかなって」
「いいですね!私も朱通先生の魔法見たいです」
新人二人に見たいと言われれば、魔法少女を辞めたい茉莉でも気分が良くなるというものだ。
茉莉は黒の外套の中から日本刀を取り出し、鞘から抜いた。
「じゃあこの日本刀に魔力を込めるから、よく見てな」
日本刀を右手で持ち、腕を前に垂直にして構えた。
バチッ。一瞬で刀身が光だし、蒼い電気をまとった。
「すごい」
「かっこいいです!これでナイトメアをすっぱりと切り捨ててきたんですね!」
「あ、まあ……うん、そうかな」
内納の言葉に歯切れの悪い返しをした茉莉は、自分が魔法少女としてナイトメアを倒していたころを思い出していた。
まだ火を失っていなかったころ、その圧倒的な炎で全てをなぎ払っていた茉莉は、その炎はSを超えているとまでいわれ、魔法少女協会でも一目置かれる存在だった。
茉莉にとって最後のナイトメア戦は一年前。
茉莉率いる討伐隊はS級ナイトメアに囲まれていた。
討伐隊のメンバーには茉莉の他にもSランク魔法少女は何人かいたが、S級ナイトメアの前には無力だった。
S級ナイトメアの戦闘能力はSランク魔法少女を凌ぐもので、一対一ではまず敵わなかった。
茉莉以外のSランク魔法少女は皆一対一に破れ、命を落としてしまった。
茉莉は生き残った魔法少女を逃がすべく、一人でナイトメアに立ち向かった。
茉莉にはその先の記憶がない。後から聞いた話によると、辺りは黒い炎で覆われていて、茉莉は一人倒れていたという。
「そういえば変身っていつ出来るんですか?」
新人二人からそんな疑問が出た。
「うーん、魔力がコントロール出来たら自然と変身出来るよ。あの衣装って自分の魔力で形成されるからね。防具の役割もあるんだよね。だから変身ができるようになってからナイトメアと戦うの」
「そうなんですか。じゃあ朱通先生の魔法少女の変身見せて欲しいです!」
「いや、内納さんは巽の見てるでしょ、紗奈は千尋のをさ」
「いや、私は朱通先生の変身が見たいんですよ!衣装って一人一人違うんですよね!?巽先輩が言ってました」
「駄目。私は恥ずかしいの。だから変身しても全身が隠れる外套を着てるんだから」
「朱通先生なら似合いますって!それに私よりも年下なんですから、自信持ってください!」
「内納さんは強いね、心が……」
二回目の教育はこれで終了、まさにそんな時だった。
三人は大きな魔力を感じ取った。
「なんか、身体が……」
「私も、全身が鉛みたいに重く感じる」
紗奈と内納の異変に茉莉は覚悟した。
「ナイトメアが来る。それも結構強いのが」
「つ、強いって言っても、朱通さんがいれば大丈夫ですよね?」
紗奈が祈るように聞いてきた。
しかし、茉莉の答えは紗奈の望むものではなかった。
「美姫に助けてもらう。それまで二人は魔力を出さないようにして隠れていてくれ。私は美姫が来るまで時間稼ぎをする」
茉莉の言葉に、二人の表情がこわばった。
紗奈は身体を震わせてその場にへたり込んでしまう。
「紗奈、魔力を出さなければ私が囮になるから大丈夫だ」
「やだ……こわいよ、こわいよぉ……」
茉莉の言葉は紗奈には届いてなかった。
そして更に状況は悪化する。
紗奈は情緒不安定になり、魔力が暴走し始めた。
「まずいなこれは、これじゃあ紗奈を私から遠ざけられない」
「朱通先生、私も戦います」
内納の力強い進言も茉莉は首を横に振った。
「とりあえず内納さんは隠れて、紗奈は私が守るから大丈夫だ」
「わ、わかりました。朱通先生を信じます」
内納は近くの木の陰に身を潜めた。
茉莉は美姫に応援を要請した。
美姫はすぐに向かうと言っていた。
美姫との通話を終えた直後、茉莉の目の前に強大な魔力の渦が現れた。
魔力の渦が一点に収束していく。するとそこには人の影が現れた。
「人型ナイトメア!」
人型のナイトメアはまずい。
ナイトメアで人型なのはA級以上だけだ。
力を失った茉莉のランクはB。敵う相手ではなかった。
それでも、この場を引くわけにはいかない。
茉莉が引いてしまえば二人が死ぬ。それだけは避けなくてはならないことだった。
「もう仲間が死ぬのは見たくないの。だから、私が引くわけにはいかない!」
日本刀に力を入れ、魔法少女に変身をする。
外套で覆われているので外見ではわからないが、茉莉の纏う魔力が先ほどとは比べられないものになっている。
「シツウマツリダナ?」
人型のナイトメアは知性があり、人の言葉を喋る。
「遺言はそれでいいんだな、ナイトメア」
茉莉は日本刀を両手で持ち、右に重心を置いて構える。
「ユイゴンニナルノハ、キサマダ」
ナイトメアと茉莉はほぼ同時に走り出し、激突する。
茉莉はナイトメアに力負けをして吹っ飛ばされてしまう。
「ぐぅっ!……しまった!」
茉莉は立ち上がり、恐怖で固まっている紗奈の方へ走った。
「アンシンシロ、ワタシガネラウノハ、シツウマツリダケダ」
ナイトメアは宣言通り、茉莉を吹っ飛ばした所から一歩も動いてはいなかった。
「私が狙いだと?それはどういうことだ?」
「コレカラシヌヤツハ、シルヒツヨウハ、ナイ!」
ナイトメアは茉莉との距離を一瞬で詰めて、腹を蹴り上げた。
反応出来なかった茉莉は蹴りをモロにくらい、宙を舞った。
「あ……ぁ……ぅ……ぁ……」
仰向けに倒れた茉莉は呼吸が出来ず、腹を抑えて立ち上がれなかった。