紗奈の魔法少女入門
ナイトメア。それは、人類に仇なす存在だ。
魔力に反応して、それを喰らう。
魔法少女は勿論、一般人の中でも魔力を持っている者はいる。
しかし、その魔力は無自覚に放出しているに過ぎず、ナイトメアの格好の獲物となる。
魔法少女は基本的に二つの仕事をこなしている。
一つは先ほどの一般人をナイトメアから守ること。
もう一つはその魔力を持つ一般人を魔法少女に勧誘することだ。
それともう一つ、ナイトメアにはこんな説がある。
ナイトメアは人間が創り出したというものだ。
魔法少女達はナイトメアについて研究を行っているが、その説を裏付ける証拠は未だに見つかっていない。
帰り道だろうか、女子高生の集団が遊具のない小さな公園で屯していた。
「アハハ、ウケるー」
「でっしょー!マジやばいって」
「でも本当かなぁ、あの時野谷さんがコスプレなんて」
「私本当に見たんだって!なんかフリフリのドレス着ちゃってさ、おもちゃのステッキみたいなの持って歩いてるの」
「それってアレでしょ、コスプレイヤーってやつでしょ。なんかキモい男どもに写真撮らせて悦ぶ変態の」
「え、マジで?引くわー」
「やめようよ、陰口とかよくないよ?」
「んだよお前、私が見たって言ってんのに信じないの?」
「いや、別にそういう意味じゃないけど」
リーダー格の女子高生が時野谷の肩を持つ大人しそうな女子高生の胸ぐらを掴んだ。
「なにお前?もしかして時野谷のこと好きなの?そういえばお前、時野谷と仲良いもんなぁ」
「変態の時野谷と女を好きな変態でお似合いじゃん」
「アハハ!それマジやばいな!」
「キモーい」
「やめてよ!時野谷さんは変態じゃない!」
「お、なんか泣いてますー?」
「マジじゃん、時野谷のことマジで好きなんじゃねーの」
「うわぁ、同性愛とかないわぁ」
女子高生が屯していた公園に、突風が吹き荒れた。
「おい、なんで紗奈が泣いてんの?」
女子高生の集団に問いかける女性。
服装はコスプレと思しきピンクと白のフリフリドレス。右手には安っぽい星のついたステッキを持っていた。
「え……?時野谷……さん?」
泣いていた女子高生、阿賀谷紗奈は信じられないといった表情でコスプレ女性を見つめる。
「おいおい本当に時野谷コスプレしてんじゃん!」
「しかもこんな公園にコスプレしてくるとか、真性の変態だな!」
「ちょっとスカート短くね?それで男釣ってんの?」
「引くわー、てか似合ってねーわ」
「お前ら帰れよ。死ぬぞ」
コスプレの時野谷こと時野谷千尋は魔法少女である。よってこのフリフリドレスはコスプレではなく正装である。
「ちょっと時野谷、真面目な顔して何言ってんの?」
「阿賀谷を守ってるつもりか?そいつ女が好きな変態だぞ」
「本人に言うとかヤベー鬼畜だわー」
「うっ……うぅ……ぅぅ」
女子高生たちの嘲笑に耐えられなくなった紗奈は再び泣き出してしまう。
時野谷は紗奈を見ると少し苦い顔をして呟いた。
「原因は紗奈だったか…」
「原……因……?」
紗奈はいわれのない言い掛かりを今まで味方してきた千尋に言われたショックでその場に崩れ落ちてしまう。
「うわ……時野谷がトドメ刺しやがった」
「鬼畜ちゃんは時野谷だったか」
「仲間割れと……」
女子高生の一人が言葉の途中で止まる。
不審に思った隣の仲間が固まっている女子高生の目線を辿ると、そこには異形のなにかがあった。
「あ……ぁ、なんだよ、これ」
「や、やべえよ!逃げよ!」
「うわぁぁぁ!」
先程まで紗奈を虐めていた女子高生たちは散り散りに公園から逃げ、残ったのは魔法少女姿の千尋と、泣き崩れた紗奈。そして異形のもの。
「E級ナイトメア一体だけか、なら私一人で大丈夫かな」
「え……時野谷さん危ないよ、わ、私たちも逃げようよ……」
震えが止まらない紗奈は千尋のスカートを掴みながらナイトメアを見た。
「紗奈、私はね、魔法少女なんだ」
「……」
「信じてないでしょ?なら見てな、これがコスプレじゃなくて本物だってわかるから」
千尋は紗奈をナイトメアから庇うように立つと、ステッキを両手で持ち、ナイトメアにステッキの先を向けた。
「E級ナイトメア如きが、Cランク魔法少女に勝てると思うな!」
叫びとともにステッキから放たれた炎はナイトメアの前で爆発的な広がりを見せ、一瞬にしてナイトメアを消してしまった。
「紗奈、見てた?私の魔法をさ」
千尋が笑顔で振り返ると、紗奈がそのまま抱きついてきた。
「よく分かんなかったけど、ありがとう。ありがとう時野谷さん……」
身体に伝わる震えが、紗奈の今回の件に対しての恐怖だったのか、虐めを止めた嬉しさからくるものなのかはわからなかった。
埼玉のとある雑居ビルの一室に、制服に戻った時野谷千尋と阿賀谷紗奈はいた。
「能登さん、魔法少女の卵連れてきた。阿賀谷紗奈って名前」
「さっきナイトメアの反応あったけど、千尋ちゃんが助けたの?」
「はい」
「この怯えている女の子が魔法少女の卵?」
美姫は千尋にぴったりとくっついて離れない紗奈を指さして聞いた。
「ナイトメアに襲われる前、微量の魔力が放出されてたから間違いない」
「そうなのね。しかし、今は一切魔力が感じられない。魔法少女としては役に立たなそうね」
埼玉の魔法少女事情で頭がいっぱいの美姫は紗奈に失礼な事を言っていることに気付いていないようだ。
「能登さん、わざわざ本人の前で言う必要ないんじゃないですか?」
「……チッ」
美姫と千尋の間に険悪なムードが漂い始めた。
そんな雰囲気をかき消したのは部屋のドアが開く音だった。
「うわ、時野谷じゃん。最悪……と、美姫さん!?あっ、えっと、どうも……」
千尋に嫌な態度をとり、美姫を見て頬を赤らめる制服姿の女の子。彼女の名前は巽八千代。千尋の後輩だが、魔法少女ランクは千尋の上のBランクだ。
「そうそう、八千代ちゃんが連れてきた女の子、結構素質あるみたいだから今度茉莉ちゃんに弟子入りさせるから。ついでにこの紗奈ちゃん?も一緒に教育するから八千代ちゃんと千尋ちゃんは一緒にいてサポートしてあげてね」
「美姫さんの頼みならがんばります!」
「茉莉さんのサポートならよろんで!」
美姫のために張り切る八千代と、茉莉のために張り切る千尋。
八千代は美姫に、千尋は茉莉にベタ惚れしていたのだった。
「じゃあ私は用事あるから、教育する時間な二人で話し合ってね」
美姫はそう言い残して部屋をあとにした。
先ほどナイトメアと戦った公園に千尋と紗奈はいた。
「さっき原因って言ったのは、紗奈が魔力を放出してたからなんだ」
「私が……魔力を?」
「そう。さっき襲ってきた奴はナイトメアっていって、魔力に群がる習性があるんだ」
「ナイトメア……」
「あとさっき紗奈を虐めてた奴らだけどな、あれはナイトメアの影響で性格が変質したんだ。だからさっきの言葉は気にしなくていいんだ。ナイトメアの影響はそのナイトメアを倒したら消えるからな」
「そう……だったんだ。でも、私の性格は……」
「ナイトメアの影響を受けるのは魔力がない人間だけなんだ。だから紗奈は影響を受けなかった。勿論私もね」
「じゃあ本当に、私に魔力が……あるの?」
「本当だよ。これから魔法少女として修行して、魔力を操れようにがんばろう」
「出来るかな……私、運動とか苦手だし」
「大丈夫だって、それに紗奈を指導してくれる茉莉さんは凄い人だから。さっきの能登なんかより凄かったんだから!」
「そ、そうなんだ」
こうしてまた一人、魔法少女が誕生した。