二十五歳、職業は小説家兼魔法少女
埼玉のとあるマンションの一室、昼間から女性が酒を飲んでいた。
彼女の名は朱通茉莉二十五歳、職業は小説家兼魔法少女、独身、黒髪の長髪と病的に白い肌の色が特徴的な女性だ。
部屋は瓶や缶、コンビニの弁当のゴミが散乱していた。
茉莉は床に封筒が落ちていることに気づき、それを拾い上げた。
既に封は切ってあるのを見ると、過去に茉莉が読んだことになるが、内容を思い出せないので中身を確認した。
内容はこうだ。
関東派閥埼玉所属Sランク魔法少女 朱通茉莉に命じる
能力の消失から一向に回復の兆しのない事を踏まえ
Bランク魔法少女に降格が決定しました
ついては、埼玉の代表を解任する事が決定しました
後任はSランク魔法少女 能登美姫に決定しました
思い出した、魔法少女のランク降格と代表解任が正式に通知されたものだ。
一年前、魔法少女としてナイトメアと戦っていた時に大きな怪我をした。その時に能力の大半が消失してしまったのだ。当時はこれで魔法少女を引退出来ると喜んだものだが、完全に能力が消失してないということで引退は認められず、現在の降格に至る。
魔法少女というだけでお金が貰えるので、小説家として稼げない茉莉にとっては不幸中の幸いなのかもしれないが。
ピンポーン。
チャイムが鳴った。
宅配を頼んだ覚えがない。とすれば来客か。
自宅に来るとすれば思い当たるのは二人。
自称茉莉の親友で現埼玉代表の能登美姫か、茉莉を異常に慕うCランク魔法少女の時野谷千尋だ。どちらも今会いたくない人物だ。
仕方ないから居留守を使おう。そう決意した茉莉は再び酒を飲み始めた。
ピンポーン。
ピンポーン。
ピンポーン。
約一分に一回のペースで三十回ほどチャイムが鳴った。
根負けした茉莉は、外でチャイムを健気に鳴らし続けている来訪者を出迎えるためにドアを開けた。
「ごめん寝てた」
あの二人なら嘘をついてもいいか。そんな軽い気持ちで出たら、知らない少女が立っていた。
年は十歳程だろうか。銀髪の綺麗な少女が虚ろな瞳で見つめていた。
「えっと、誰?」
「國本真桜」
國本という苗字には心当たりがあった。
しかしこんな少女は会ったこともない。
「用件は?」
「今日から一緒に暮らす」
銀髪の少女、國本真桜は淡々と突飛なことを言い放った。
「ごめん、もう一回言ってくれる?」
一緒に暮らす?それはどういう意味なのか。この少女の真意がわからない。
「今日から一緒に暮らす」
國本真桜は先ほどと同様に同じことを述べた。
「えっと、誰かと間違えてませんか?」
駄目だ、脳が理解することを拒んでいる。
「朱通茉莉でしょ」
どうやら人違いではないらしい。
世間の目もあるので、とりあえず家に入れることにした。
散乱したゴミを足で隅に寄せて、國本真桜が座るスペースを確保する。
「誰かに命令されたのかな?もしかして國本真姫とか?」
國本という苗字、もしかしたら……。
「そう、お母さんが朱通茉莉と一緒に暮らせって」
そうか、やはり國本真姫の関係者か……って、お母さん!?
「まって、國本真姫がお母さん!?」
國本真姫は茉莉の魔法少女の師匠で、十年前突如姿を消した伝説の魔法少女だ。
「そう」
「今どこにいるの?てか生きてたの?てか結婚してたの?」
姿を消してから十年、情報は一切入ってこなかった。一体どこに隠れていたのか。
生きていたとしたら三十代くらいか。そういえばこの真桜という少女、お母さんである真姫によく似ている。
「知らない、もう何年も会ってないから」
「会ってないって、その間貴女はどうやって暮らしていたの?」
「水無瀬の家でお世話になってた」
「水無瀬って、関東トップの魔法少女、水無瀬真咲の家?」
「そう」
水無瀬真咲。中学生で魔法少女として頭角を現し、現在は女子高生にして最強の魔法少女として関東のトップに君臨するヤバい奴だ。
関東のトップというのは、会社で言えば代表取締役みたいなものだ。茉莉が元埼玉のトップだったが、その関東の一都六県をまとめる、まさに雲の上の存在だ。
そんな水無瀬家から埼玉のトップを降ろされた茉莉に何の用なのか。
「それで、なんで私の家に来たんだ?」
そう聞いた時にはもう國本真桜は睡眠に入っていた。
疲れていたのだろうか、とりあえず確認は後にして夕飯を買いに行こう。二人に増えたわけだしね。
と思ったがまともな服がなかった。
魔法少女の代表会で着た派手なドレスを残して他は全て洗濯していない。
二十五歳朱通茉莉、派手なドレスか、恥ずかしい魔法少女の変身衣装か悩む。
洗濯するということが思いつかないあたりが独身の所以か。
これではしばらく独身が続きそうだ。