プロローグ「現実世界からの脱出」
「えーであるからしてー…」
教卓の前には生物の先生が立っている、俺はどちらかといえば物理が好きなのでこの授業は聞かない。
明日からはゴールデンウィークだ、高校に入ってから初めての長期間の休みが始まる。飛び上がって喜ぶ者もいれば、俺みたいに喜んでない奴もいる。
まあ俺以外に喜んでいない奴と言えば大抵友達ができないとか、彼女に会えないとかそういった現実世界に生きている奴らばかりだ。
だが俺は違った、友達は少しはいるし彼女なんかは別に欲しくはない、俺はただ…。
「貫木くん、別に授業を聞けとはいわないから教科書くらい開けたらどうなの」
「はぁ…」
はあ、何でもいいから何か事件でも起こらねえかな。
―――本気でそう思ってる?
ああ、思ってる。
―――じゃああなたにプレゼントをあげるわ、とっておきのをね。
いつもそう言ってるけどお前は何も俺にくれないよな。さっさと俺をこの現実世界から解放してくれよ。
これは妄想の中のキャラクター、名前は俺にも分からない。別に意図して作ったキャラクターではなく、自転車を漕いでいる時に勝手に出てきたキャラである。
言葉遣いはいつも曖昧で男なのか女なのか区別がいまいちつかなかったが、いつも非現実的な事を考える時だけこいつが急に現れだす。いつもこうやって俺に力を与えるなど言いにくるけど、結局のところこの言葉を一字一句考えているのは俺であって、この頭の中のキャラクターと本当に話している訳ではない。話している振りをしているだけなのだ。
チャイムが鳴り全授業が終わる。
正真正銘今から本当のゴールデンウィークというやつが始まる、別に俺は嬉しくないが。
「おーい!貫木!」
授業が終わると共に馬鹿でかい声で話しかけてきたのは友人の広瀬である。こいつは現実世界以外を全てオンラインゲームに注ぎ込んだ正真正銘のネトゲ廃人だ。俺はそんなこいつを少しだが尊敬していた、やっているゲームはクソだが。
「聞いてくれよ!お前にとってもいい情報だから…」
「ジオトラートオンライン?」
「そうだ!お前にとってもいい情報なんだけどな、課金者しか手に入らない防具が手に入るんだよ!だからお前も…」
さっきのは全て訂正する、よくも友人相手によく知りもしらないオンラインゲームについてこんな長々と語れるもんだ。しかもそれが全ルームチート地帯のクソゲーだから溜まったもんじゃない。こいつもどうせチートを使うやつの犬になって経験値をおすそ分けしてもらってるんだろう。
「ったく、どんだけ俺を誘ってもやらねえよ、やめたんだよ俺は」
「そう言わずにさ、一回だけ、一回だけ、でいいから」
「じゃあな、俺はもう帰らせてもらう」
妄想に浸りたいのだ、それはゲームの世界じゃない。小説の世界でもない。
妄想に浸っている間の俺は本当に異世界に飛び立っているのだ。
なんだかんだで一人妄想に浸りながら歩いていると雲が徐々に曇り始め、雨が降り始める。当然俺は傘なんてものは持っておらず、決してあたふたすることなくいつものペースで雨に濡れながら帰っていた。このまま風邪でも引いて、学校を休めるならそれはそれでありがたい。再び妄想の世界に入り始める。確か主人公が闇落ちするところだったな…。
しかしながらその妄想はかき消されるかのように、後ろから誰かに背中を叩かれたような気がした。
それ程強くなかったと思うので別に俺に文句があって訪ねに来た訳じゃないだろう。
だが後ろを振り向いた瞬間とてつもない電流が体の隅々まで走る、物理的に。
「ギャヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァ」