7話 規格外
ハルがゴルスの町を出てメイガスに向けて走ることしばらくしてメイガスがあと少しで見える位置まで着いた頃には日が傾こうとしていた。
寝起き後すぐに村長宅に向かいそのまま村を出たハルはちゃんとした食事をしていなかったためにいいかげん空腹が鬱陶しくなってきたようで一休みついでに何か食べようと近くの岩に腰掛けて所持していた携帯食料を食べ始める。
「結局村長さんのあの状態ではお昼を貰うのも気が引けましたし、しょうがなかったとは言え起き抜けから空腹でのランニングは少し堪えますね、さて一休みしたら動きたくなくなってきましたけど・・・行きますか」
と重くなりそうな腰を上げて立ち上がると街道に沿って生い茂っていた森から数人の冒険者と思しき人間たちが飛び出してきた、ずいぶん慌てているようで肩で息をしながら走っている。
その様子を見ていたハルに冒険者たちが気づき駆け寄ってきた。
「悪いな兄ちゃん、怨まないでくれよ!」
駆け寄ってきた冒険者の1人がハルに赤い液体をかけてきた、突然の事だったのでさすがのハルもとっさに躱したがマントに少しかかってしまったようだ。
「何をするんですか!」等と言えないハルは走り去っていった冒険者をみながら「なんだったんでしょう?」と呟いていると後方、冒険者たちが出てきた森から派手に木々を跳ね飛ばして巨大なモンスターが現れる。
ここでハルは彼らにこのモンスターを押し付けられたと気づく、モンスターの外見的特徴は象ほどの大きさで白い硬そうな皮膚、強靭で太い四肢、そして鼻先に一本の角・・・メイガス領における強モンスターの一種ホワイトラージライノックスだ、略してHLR・・・特に略する必要はないのだが・・・。
「HLRですか・・・どうやらさっき掛けられたのはモンスターの誘引剤かなんかでしょう、ということは逃げきれないかな?まぁどうにでもなりますか、ハル!」
そういうとハルはHLRの上に自分召喚をするとHLRの首にグローブに備え付けられた複数の鋼糸を巻きつけて振り落とされないようにして一本だけ鋼糸を耳の穴から頭の中に侵入させてかき混ぜる。
悲鳴を上げて周囲の物にぶつかりながら走るHLRだったがすぐに力尽きて倒れる、倒れたHLRに潰されないように首に巻き付けた鋼糸を解いて一度跳躍した後倒れたHLRの上に再度着地する。
「仕留めるだけならこんなものですね・・・契約の事を考えないでいいとほんとに楽ですね」
因みにハルは以前はHLRと死闘を繰り広げていたがそれは召喚契約を結ぼうと半殺し程度に抑えないといけなかった、という制約があっての事だ・・・まともに相手をしたらここまで相手にならない。
「さて、道草を食ってしまいましたけどこの子のおかげで・・・そういえばこの体は今召喚したモノでした・・・解除」
ボフン!!と言う音と共にHLRの上から先ほどHLRと対峙した場所に戻る。
「ふぅ」と一つ溜息をつくとメイガスの町に向かって走り出す。
そんな様子をハルにHLRを押し付けた冒険者たちが少し離れたところの大き目の岩の陰から唖然とした表情で覗いていた。
自分たちが助かる為とはいえHLRを押し付けた冒険者が殺されるどころか逆にあっさり片付けるさまを見せつけられたからだ・・・彼らはメイガスを拠点にしている冒険者でこの後メイガスに戻る予定ではある、そうすると当然ハルと顔を合わせる可能性に思い至るのでお互いが顔を見合わせて今後について話し合いだした。
そんなことは特に気にしていなかったハルはメイガスに着く、着いた頃には日も沈みだしていたのだが年中無休、24時間営業の冒険者ギルドはちゃんと空いていた。
「こんばんわ、本日はどうされましたか?あら、昨日の・・・え~とハルさんでしたね?もしかして依頼を失敗しましたか?」
「・・・(フルフル)」
(昨日1,2回利用しただけで顔を覚えるなんてすごいね!だからこの受付の人の前は常に行列が出来るんだね!)
ハルは首を振ると懐から完遂のサインをもらった依頼書と村長から受け取った18000コインを取り出して受付に渡した。
「えっ?もう解決なさったんですか!依頼書は完遂のサインがありますね、しかし今回の依頼は畑を荒らすラージボアの討伐でしたから複数いた筈・・・討伐数6!昨日着いたにしてもどうやったんですか!?」
受付が声を荒げて問いかける・・・実際こういった依頼は畑に現れるモンスターを罠にはめて動けなくしてから討伐するのが一般的なので時間がかかるのが常識なのだ、またラージボアは雑食で肉も喰うため今回偶々血の匂いを嗅ぎつけて集まってきたところを一網打尽に出来ただけだったのだが・・・ついでに言うとゴルス村の村長からの依頼は毎回トラブルが起きるのでソロで受けたハルはどうせ失敗するだろうな、等とこの受付は思っていたので驚きもひとしおだ。
「あっこちら討伐報酬ですね?えーとギルドの規定で報酬の1割を斡旋料としていただきますね?」
「・・・(こくり)」
「では、ラージボア6匹の討伐報酬で18000コインですので1800コインいただきます」
ギルドは仲介料として報酬の1割を受け取ることになっている、普通なら依頼主が事前にギルドに報酬を預けるのだが今回のような討伐数で報酬が変動するような依頼だと依頼主が依頼の達成をきちんと確認して完遂サインと成果を記入して依頼をこなした冒険者がギルドに成果と貰った報酬を報告して仲介料を払うという正直冒険者を信頼しきっているシステムとなっている。
尤も不正出来ない様に依頼書に仕掛けがしてあるし依頼者のサインは事前に控えてあり筆跡鑑定やそれにちなんだ仕掛けもあるらしい、当然の事ながら詳しくは秘匿されている。
ハルは報酬の入った袋から1800コインを取り出して受付に渡す。
「・・・はい、結構です、確かにいただきました。それでは本日のご用件は以上でしょうかでしょうか?」
「・・・(こくん)」
「はい、では本日のご利用ありがとうございました」
ハルが会釈をした後席を立ちギルドから出るとハルの応対をしていた受付に他の職員が近づき質問をする。
「ぺリちゃん、素っ頓狂な声を上げて今の冒険者がどうかしたの?」
「先輩、実は彼昨日冒険者登録を済ませたばかりだったんですけど、いきなりゴルス村の礼の依頼を一人で受けちゃったんです」
「あの問題依頼主の依頼ね?てことは失敗かキャンセル?」
「いえそれが完遂のサインを持って来て・・・しかも昨日の昼前に受けて持ってきた依頼書に明記されてた討伐数も6匹と」
「え?昨日受けたんでしょ?一人なら罠の仕掛ける時間も考えて・・・え?不正の線は?」
「それとなくチェックをしましたけど依頼書に反応はありませんでした、サインも本物ですし、そもそも報酬金の袋を目の前に出されたので依頼書の改竄なんて意味がありませんでしたし・・・」
といった話をしていたら次に並んでいた冒険者が咳払いをして存在をアピールしてきたので2人はそそくさと仕事に戻った。
すっかり日が落ちてしまったのに宿を借りて無いハルはとりあえず昨日の宿に空いてる部屋が無いかを訪ねに行く、モンスター相手に戦うよりも空いてる部屋があるかを尋ねるほうがハルにとっては厳しい戦いだった・・・。