4話 冒険者
翌朝、ハルは宿を後にしてとある建物に行く、その建物は外から見た感じでは石造りの立派な造りで恐らく3階建てと思われる高さはある。
そして2階部分の壁には横に大きく広がった板に「依頼斡旋所、来たれ冒険者」と所狭しと書いてあった、そう此処こそが夢と期待に詰まった少年少女が自分の実力をしる場所で冒険者となった人間が日銭を稼ぐ場所、人々はここの事を「冒険者組合」と呼ぶ・・・実際は「冒険者ギルド」が経営している「依頼斡旋所」なので呼ぶなら依頼斡旋所、もしくは斡旋所になるはずなのだが、これ以降は混乱するので「冒険者ギルド」で統一しよう。
ハルは木でできた扉を開き内部に入る・・・そして絶句する、あまりの人の多さに・・・。
とりあえず入ったのだが何をしたらいいのか分からないハルは何やら列が出来てる場所を見つけて列に並んでみた、そしてしばらくしたら事件が起きる・・・なんとハルの前に割り込んできた輩がいたのだ!
無言で割り込んできた厳つい男にハルは内心憤慨するが男に睨まれて何も言えなくなりまたいつもの「じー」っと見るだけに終わる・・・はずだったがどうやら割り込んだ男は相当短気らしく。
「あんだよ?言いたいことがあるなら口で言いやがれ、じっと見てんじゃねえ!」
「・・・(じー)」
いかつい男が苛立ち交じりにハルの胸ぐらをつかみ声を張り上げてハルに啖呵をきるがハルは何も言わず・・・何も言えずただ固まったように男に金色の瞳を見せ続ける。
「ちっ度胸無しが!」
と言って男が掴んでいたハルの胸ぐらから手を放す、話す際に突き飛ばす様に押したためにハルはバランスを崩して後ろに立っていた人物にあたってしまった。
「いてーな」
ハルは内心「しまった!」と大声を上げる、そして内心で慌てて謝っているが相手に対して声が出ない、周りにいる者たちからは嫌な視線とどこからか分からないが舌打ちまで聞こえて来る始末・・・まぁ半分は被害妄想ではあるが。
(不味い不味い不味い!どうしようどうしようどうしよう!やっぱりまずは謝らなきゃいけないよね、でも声が出ないし・・・でもまだ顔も見てないんだから声くらい頑張れば出せるかも、そうだよ一言ゴメンとかスマンって言えればいいんだから簡単じゃんよし行くぞ!)
覚悟を決めて相手の顔を見ないで即座に頭を下げる・・・残念ながら声は出なかった。
「おいおい、いきなり頭下げるのはいいけどどういうつもりなんだ?それで謝ってんのか?謝礼なら何か足りないんじゃないか?」
相手も無茶な要求をしてくる・・・いやそれが本来なら普通なのか、ハルが頭を下げた顔には非常に大量の汗が出ている。
「チッ・・・なんか言えよ愚図、しょうがねえそれじゃあお前の持ってるその腰の剣で許してやるよ」
・・・この流れで周りで見ている者たちには割り込んだ者とぶつけられた者がグルだったんだと理解した者や、「またやってるよ」といった声まで上げている者もいるようだ。
しかし、現在いっぱいいっぱいになっているハルにはそれが分かるはずもなく即座に腰から鞘ごと兄からの贈り物の剣を取りぶつかってしまった男に突き出す、そう・・・いっぱいいっぱいだったハルは思いっきり突き出してしまったのだ。
「ぐふぉ!」
この世界の肉体の強さには魔力の量が非常に大きく関わっており魔力の量に比例して体はそれに耐えられるように頑丈になっていく・・・そして常人のそれがコップの水ならハルは一般的な湖並みに魔力がある、そのハルが思いっきり突き出した剣の鞘が彼の腹部にヒットし彼はくの字になった後膝から崩れ落ちた・・・ハルがきちんと相手との距離を確認していたらこんな事にはならなかっただろう。
顔を下にして突き出した手に何か当たった気がしたハルが顔を上げると膝を曲げて蹲り額を地面にこすりつけてる先ほどぶつかってしまった彼がいたのでまたハルは混乱する。
(え?なんで謝る側の私に対してこの人土下座してるの?私に謝られるようなことしちゃったのかな?そんなの私が気づいてないんだし言ってくれてから土下座してくれないと何を許せばいいかわかんないじゃん・・・私がした行動で気づいたって事でしょうし、何やったか考えてみれば・・・あ!この剣って多分兄さんが持ってた筈だし私がメイガス家に縁のあるものだと気づいたからいきなり土下座しちゃったんだ!んーでもそうならどうしたらいいかな?この場合はお互いの失敗だし、よし)
「もう・・・関係ない・・・顔・・・ご・・・ません」
ハルなりに頑張って喋った結果途切れ途切れの言葉になった因みにハルが言いたかったのは「もうあの家とは関係ないので顔を上げてください、誤解させてすみません」である、しかし言葉が小さくって聞きづらい為にまわりは思いっきり誤解する。
「おい・・・今あいつ、もう謝っても関係ない、顔は覚えたからな誤魔化せんぞっていったのか?(ひそひそ)」
「俺もそう聞こえた、既に一撃かましておいてまだ何かする気なのか?(ひそひそ)」
「あいつらまた新人からたかろうとして今度は豪いのに絡んじまったみたいだな・・・くわばらくわばら(ひそひそ)」
勿論このひそひそ声は内心では未だに慌てて心穏やかでないハルの耳には届かないが残念なことに割り込んだほうの男には聞こえていた・・・ついでに言えば相方が一瞬でノックアウトされたさまも見ていたのだが。
「てててめえ!よくも俺の連れをこんな目に合せやがったな!」
割り込んだ男が蹲ってしまった相方を起こそうと顔を上げさせると白目になって泡を吹いている怖い顔が周囲に晒される、それを見たハルは。
(ひっ!何あの顔こわっ・・・って嘘だろ!メイガス家と縁のある者ってこんなに怖がられているの?泡吹いて気絶までするってこっちが怖いわ・・・ここで周りにも誤解を解いておかないとこの先大変かもしれない、それにここで誤解を解けばきっとメイガス家の為にもなるだろう!よし)
よせばいいのにハルはまた気合を入れて言葉を絞り出す・・・よせばいいのに。
「メイガス・・・この程度・・・怒りは・・・もっと・・や・・・貴族でも・・・ない・・・気・・・な・・・よ」
絞り出したがハルの声は案の定途切れ途切れで小さく聞きづらい・・・その結果。
「おい今あいつ、メイガスならこの程度で怒りを抑えずもっと焼きを入れるぞ貴族でもない貴様らなら死んでたよ?って言ったよな?(ひそひそ)」
「どういう事だ?メイガス家に恨みでもあるのか?あんなに気さくな貴族は他にはないってのにな(ひそひそ)」
「今後あいつに関わるともしかしたらメイガス家と対立することになるかもしれないしあいつと関わらないようにしないとな(ひそひそ)」
周りの者たちが聞き間違えてあらぬ方向にハルの存在を確定させてしまう、ハルは過去にメイガス家と対立した何らかの組織の一員でメイガス家に完膚なきまでに組織が潰されたので未だに怨んでいる組織の残党なんだと・・・因みにハルが言いたかったのは「メイガス家はこの程度の事で怒りはしませんよ?もっと大らかで優しい気風の今時の貴族でも類をみないほどに気さくな貴族なんですよ」だ。
「・・・(じー)」
「ひっ!すまねぇ・・・もうあんたとは関わらねえから許してくれ!・・・ひいいいいい」
割り込んだ男は気絶した相方の腕を肩にまわして走って逃げていく・・・より混乱が深まるハルであったが。
「次の方どうぞー」
冒険者ギルドの受付の方に呼ばれたようなので「もういいかな?」とハルは気持ちを切り替えて新たな戦場に赴く・・・冒険者登録という戦場に。
「おはようございます、本日はどのような御用件でしょうか?」
「・・・(じー)」
笑顔で対応してくれた受付嬢に視線で応える・・・事が出来ないか試すハルしかしどうやらうまくいかなかったようで。
「あの?どのような御用件でしょうか?」
「・・・(じー)」
同じ質問をされてしまうハル、仕方なく作戦を変えてみることにしたようだ、懐から紙切れを出してそれを受付に渡す。
「お預かりします・・・はい、本日は冒険者登録の申し込みでお間違いないですね?」
「・・・(こくり)」
実は昨日ハルはこういう場合があるだろうと予想して予め紙切れに要件などを欠いておいたのだ、これも普段の努力の成果だろう・・・努力の方向のことは気にしないことにしておこう。
「ではこちらの規約などに目を通してもらい同意出来るのでしたらこちらにサインをお願いします、しばらくかかると思いますので読み終わりサインまで出来ましたらまたこちらに持って来てください」
「・・・(こくり)」
何とかハルは最初の試練を越えることが出来たようだ、というわけで気を取り直し規約書を読む・・・ズラッと並んだ文字の中から大きく大事なことを抜粋すると。
1つ依頼を斡旋する側にはいかなる場合も危害をくわえてはならない、2つギルドを介しない依頼を受けた場合はギルドは関与しない、3つ依頼の失敗は速やかに報告する事、また失敗に対するペナルティーは無いが報告が遅すぎると発生する場合がある、4つ依頼主の情報を依頼者もしくはギルドに許可なく外部に漏らさない、5つ冒険者間でのやり取りに関しては自己責任などなど、他にもあるが当面気になる箇所も無いようなのでハルは読み終わると同意書にサインする、そしてまた長蛇の列に並んで順番を待つ。
ようやく自分の順番が来る、今回は割り込まれなかったようでハルの周りはギルド内の喧騒以外静かなもんだ。
「はい、頂戴いたします。ではこちらに必要事項の記入をお願いします」
「・・・(こくり)」
名前や使える魔術などを記入して受付に渡すハル、勿論名前もハルファスではなくハルだ。
「はい、結構です。ではハル様本日今から冒険者として当ギルドのご利用をよろしくお願いします」
「・・・(こくり)」
受付が頭を下げるのに合わせてハルも頷く、すると受付も改めて向き直り。
「ではさっそく依頼を受けますか?」
「・・・(こくり)」
「でしたらあちらの冒険者たちが集まっている掲示板に張り出されている依頼書を確認して受けたいと思った依頼書をどの受付でもいいので持って来てください」
「・・・(こくり)」
受付嬢の説明を聞き頷いたら早速依頼書を取りに新たな戦場に出向くハル・・・内心ものすごく慌てている。
(あの人ごみの中に入っていくだと!?ギルドは私を殺すつもりなのか?)
もしまた絡まれたらと思うと二の足を踏んでしまうハルしかしこれは今後慣れていかねばならないことなのだ・・・そしてハルは意を決してぎりぎり文字が読める距離まで近づいてみて・・・くじけるを繰り返す。
そんなことをしている間にも時間は流れる、めぼしい依頼は減り人も減っていったのでようやくハルでも近づけるようになった・・・当然のことながら割のいい依頼は軒並み取られている・・・とりあえず何でもいいので討伐依頼を探すハル。
そして見つけた依頼を持って列に並ぶ、3度目も同じ受付の列に並んだ・・・受付と顔を合わせて座るだけでもハルにはプレッシャーなので覚悟を決めるためにも長い列はありがたいのだ!・・・結果後ろに並んでいる者たちの「早くしろ」という殺気を浴びることになるが顔が見えてない相手の殺気なんてハルにはなんてこともないのだ。
「こちらの依頼ですね、討伐の依頼になりますがおひとりで受けられるのですか?」
「・・・(こくり)」
「了承しました、ではこちらにサインをお願いします」
ハルは受付に言われたところにサインをすると依頼書の控えを貰い依頼者の許に向かう、因みに依頼内容は”畑を荒らすラージボアの討伐”で本来一匹のラージボア討伐の相場は5000コインなのだがこの依頼では1匹3000コインはっきり言って残ってて当然の依頼である。
ついでにこの世界の通貨の単位はさっき出たコイン、普通の宿一晩で500コインである。