第8話 面白ければ、それでいい
作者の都合により、分割しました。 なので次回は明後日になると思います。
そこそこに納得のいく挿絵が出来上がりそうなので、お楽しみに。
初めてにして大迫力の戦闘を終え、興奮覚めやらない僕であったが、今はただひたすらに彼女の背中を追いかけていた。
その人物とはもちろん皆さん知っての通り、レベル30越えの漢達を圧倒的な力の差を見せつけてーーいわゆる “攻略” しなさった、かの謎のプレイヤーである。
僕が今なぜ全速力で走りながら、歩いているようにしか見えないのに超高速で進む彼女を追いかけているのかというと、数分前の僕の失態のせいだと言わざるを得ないーーーー
「……ふぅ」
戦闘を終えた謎のプレイヤーは手中の武器を器用に回し、左手のリボルバーを左腰のホルスターに、右手の直剣を逆手に持ち替えて右腰の鞘に、それぞれ収めた。
「二刀流……」
ほうけたように僕が呟くと、その人物はライトブラウンのケープを翻し、こちらに歩み寄ってきた。 フード下の見えざる瞳が僕を捉える。 そして、不自然に切れ切れな言葉が発せられた。
「……二刀流、じゃない。 それは、二本の刀剣を操る剣士のこと。 わたしは剣と銃。 だから……」
「だ……だから……?」
「………サラブレッド……?」
首を傾げる謎の剣士。
いやっ、自分でもわかってないなら言い出さないでくださいな! それに “サラブレッド” って “純血” とかって意味だろうからむしろ逆ではないだろうか。
「……別に、わたしがなにかは、関係ない」
僕の心を読んだわけではあるまいが、自称 “優れ馬” さんは、ぷいとそっぽを向いて立ち上がった。
「あなたのこと、遠くから見ていた。 初心者がここに一人でくるのは、絶対に不可能。 なのにあなたはここにいて、レベル30の男に、最下位スキルを当てた。 不思議で、面白い。 あなたは何者?」
この質問には、僕はうーんと唸るしかなかった。 そもそも僕自身、自分の置かれている状況を寸分たりとも把握していないのだ。
強いて、起こったことを3つの単語でまとめるとーーーー
ログイン 空間歪曲 ドスン
ーーーー以上。
その旨を述べると、フードの奥にチラッと見えたやや色の薄い唇は、至って真剣にそれを繰り返した。
「……よく分からないけど、あなたは面白い」
声のトーンがどこまでいっても平行線なので、面白い面白いと言われても本当にそう思われているのかは不明である。
というかそんなことよりも、この数回のやり取りの間で生まれたもっと重大な事実が僕の脳内を占拠して止まなかった。 それはすなはち、
ーーーー最初から見てたなら、もっと早く助けてくれてもよかったんじゃ……
という、浅はかなものだった。
「わたしばっかり質問するのは失礼。 何か、聞きたいことある?」
そんな僕のひねくれた文句を知ってか知らずか、不思議な騎士様はくいっと首を傾げる。
ここで「なんですぐに助けてくれなかったんだよぉ」なんていう恩知らずな質問をしない程度には僕は常識をわきまえている。 結局のところ、このヒトはなんらの営利目的もなしに僕を救ってくれたのだ。 ならば、文句を言うなどもってのほか。
「……いいえ、ありがとうございました」
少しの逡巡のあとに、僕は素直な感謝の気持ちを口にした。
「そ」
対して件の騎士様は、短い返しと共に少々躊躇うようにしてからおずおずと右手を差し出してきた。
そういえば、僕は未だに地べたに尻餅をついたままだった。 思い返してみると、ログインしてからこの方、立っていた時間と地面と仲良く接していた時間のどちらが長いか、聞かれたら即答できない。 それだけ無様だったんだなぁ、僕。
そんな感慨を抱きながら、控えめに差し出された手を握る。
「ありがとうございます」
「ん」
またしても短い返答。 そして、謎の騎士様は全く力みを感じさせない様子でひょいと僕を立ち上がらせてくれた。
その時、僕はギュッと握りしめた若干細めの手の平のぷにんとした感触に、ん?と首を傾げた。
線が細めなのに弾力があり、しっかりとした温もりもある。 まるで、かの紫宮先輩のような、女性の手の平ーーーー
そんな僕のコンマ5秒の思考を、続く彼女の行動が裏付けた。
僕から離した右手を頭上にもっていき、慣れた動作で、まるで自分の正体を包み隠すためのベールを剥ぐかのようにケープのフードを払う。
瞬間。 ふわりと舞った無数の流線が陽光を反射し、僕の眼を射た。
ケープの下に隠れていたらしいライトブラウンの艶やかな髪は、そのまま時間が遅延したかのようにゆったりと腰まで垂れていく。 そして僕は、あらわになった彼女の姿に驚愕した。
ミルクをたっぷり垂らした紅茶のような肌はきめ細かく、敵を貫かんばかりの視線を放っていた瞳は透き通るような翡翠色だ。 顔の形はまるで人形のように精緻に整っており、長い栗色のまつ毛と、色素は薄いがある種の潤いをもった唇が、その人物の性別がフィーメール……つまり女性であることを告げる。
なるほどその気で見てみれば、大きめのケープの胸のあたりに膨らみが見えなくもない。 でも、それにしてもーーーー
その圧倒的な戦闘能力ゆえに、彼女に対して勝手な先入観を構築していた僕は、思わず声を漏らしてしまった。
「女の人……だったんだ」
途端。 彼女がむっと眉をしかめたーーーー気がした。
「別に、性別はあまり関係ない………です、わ」
しかもそれを気にしてか、なにやら語尾に無理やり自分が女だと表明する言語を付け加えてきたではないか。 その上、若干恥ずかしそうに身体を動かす様子が僕の罪悪感を一層かきた立てる。
ああ、なんという事であろう。 中学時代の男まみれの青春が、ここで仇になるとは……。
「あ……いや、ごめんなさい。 でも、決して悪い意味で間違ったわけでは……」
僕は本日だけで何度目となるやもわからない弁明の言葉を引っ張り出そうと試みたが、言い終わるより早く、わずかにトーンを落とした彼女の声にきっぱりと遮られた。
「いい。 気にしてないから……ですわ」
ーーーーいやいやいや。 まだ気にしてるでしょ!
「もう、この辺に用はない。 だから、さっさと出発する……ですわ」
僕のアプローチ虚しく、ご機嫌をナナメにした彼女はプイとそっぽを向いて歩き出してしまった。
そうして現状に至るワケで。
「あ、あのーー……先輩じゃ、ないですよね……?」
これは、水を打ったような沈黙に耐えかねた僕が発した言葉だ。 同時に、この人物が紫宮先輩やもしれないという微々たる期待を形にしたものでもある。
聞こえなくとも仕方ないというくらいの超低ボリュームだったのだが、どうやらツワモノさんは耳もいいらしく、わずかに首を傾げて短直に返答してきた。
「……わたしはあなたより先輩。 ここに最初からずっといる。 でも、タメ口は構わない。 あなたは面白いから」
「あ、はい……じゃなくて、ぇと……」
なんだか思考パターンはかの破天荒先輩に似ていなくもない気がするが、明らかに雰囲気が違いすぎる。 ゲームの中と外で性格が真逆になる人もいると聞くが、あの人はそういうタイプじゃないだろう。
しかし、少し前を歩くこの茶髪剣士先輩が紫宮先輩であろうとなかろうと、どのみち今の僕にはなにもしようがないのだ。
「あの……もしよければなんですけど……」
口を開きかけた僕だったが、彼女の翡翠色の瞳が無感情にこちらを軽く睨んだ気がしたので、口調を正してもう一度。
「も、もしよかったら、【ラルーシア】ってところまで送ってってくれるかな……?」
僕の問いかけに、果たして彼女は顔を向けずに素っ気なく応じた。
「別に……わたしはちょっと用事があるから、街を偶然通りかかるかもしれないけど、保証はしない」
口をすぼめてツンと言いながらも歩くスピードをわずかに落とすあたり、どうやら僕の願いを聞きいれてくれるようだ。
「あ、ありがとう」
「……べつに」
意味のかみ合わない単語のやり取りが交わされる。 しかし、なぜだか奇妙なことに二人の間には列記とした意思疎通が成り立っていた。
僕は、彼女が一歩を行くたびにほとんど狂いなく一定の幅、速度で揺れるライトブラウンの髪をぼんやりと見つめながら、浅い思索に身を沈める。
なぜ、僕はこんなハプニングに巻き込まれているのか。
なぜ、彼女はここにいて、僕を助けてくれたのか。
そしてなぜ、彼女はこれほどまでに強いのかーーーー
「あまり遅いと、おいてく」
「ああっ。 ご、ごめん」
前を行く二刀流女騎士の、ツンともデレともつかない言葉が僕の思考を遮る。
いずれにせよ、溢れんばかりのこの疑念は、今のところどうしようもない。 ただ、この世には “流れに身を任せる” という素晴らしい言葉がある。 僕はそれが大の得意だ。 今はとりあえず、この謎の騎士様の後をついていくしかない。 うん、ついていこう。
「……わたしは、今から、今だけ、あなたの師匠。 ちゃんとついてきて」
「はいっ、師匠!」
「……いい返事」
こうして誕生した、完全な初心者片手剣士とチート的強さの剣と銃の二刀流女騎士による奇妙な臨時パーティーは、閑散とした荒野を進んで行くのであった。