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『VR部』@オンライン  作者: 九日 一
チュートリアル編
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第6話 一撃

やあっと戦闘シーンです!

近頃はあまりにも書きたすぎて、口から効果音を迸らせながら床を転がりまくるという禁断症状を発症してしまったわたくし。

変態でしょうか? いいえ、誰でも (……だったらいいな)


大上段に振りかぶられた無骨な大斧が鈍い音を残して空気を斬り裂く。 響くのは、似て非なる二つの絶叫。


「だらああぁぁ!!!」


「うわあぁぁぁっっっ!」


もちろん前者がレベル32のマッスルソルジャー、ヒース教官。 後者がレベル1でしかないこの僕、壬狩 晃也(いかり こうや)もといコウヤのものだ。


彼が業物を猛然と振り下ろし、僕がそれを超ギリギリのところで地面を転がってかわすという戦闘能力差明解な応酬とも言えない応酬が、先刻から5回に渡って繰り返されている。 しかし裏を返せば、今のところノーダメージというのは僕にとって随分な奮闘と言えるだろう。


なぜ戦闘経験の皆無である僕にそんなことができているーーあるいはできてしまっているかというと、眼前の斧使い男、ヒース氏が本気を出さずにいてくださっているから。 それと強いて挙げるとするなら、僕の反射神経の良さが極度の恐怖に過剰反応してうまく機能していることもあるだろうか。 勉強も運動もできない僕であるが、なぜか昔から反射神経にだけは自信があった。


だが、どうやらこの硬直状態も長く続きそうにない。 最初はこちらの頬も思わず引きつってしまいそうな嫌ぁな笑みを浮かべてそれはもう楽しそうに狂気を振り舞いていた男だったのだが、命中しないことに苛立っているのか、今やもうその顔は赤に染まってきている。


おそらく、怒り爆発の果てにスキルを使われた暁にはいよいよ回避は不可能だ。 物体の重さが筋力値で補正されているのであろうこの世界で、レベル差30もあるお方の必殺の一撃が今の僕にとって視認も反射も及ばないことは必至だ。 少しでも集中力を乱せば、このアバターのHPが5回は吹っ飛ぶだけのダメージをくらうことだろう。


別に死んでも痛みがあるわけでもないし、ペナルティやらなにやらを課せられて嘆くほどのモノを所有しているわけでもない。 きっと、本来のスタート地点に戻されるのだけなのだ。 あるいはいっそのこと自分から快く斬られてしまえば、紫宮(しみや)先輩の待つ《ラルーシア》まで飛んで帰れるかもしれない。


しかし、僕の根底のどこかに根付いた負けん気はそれを拒んでどうにも止まなかった。 こんなトンデモナイ理不尽にいきなり巻き込まれて、いきなり命を失うなんてあまりにも酷ではないか、と。


せめてでも、この門外漢の飛び出た腹に僕の(今の所の)必殺技 《スリット》を一発くらいはお見舞いしてやりたい。 それが現状を改善することができず、あるいは悪化させるとしても。


「こんのゴキブリがぁ。 初心者(ニュービー)のくせに調子乗りやがって。 おうこら、スキルでも使ったろうか!?」


「……スキルを使わなきゃ、倒せないんだ?」


だから僕は、いかにも悪役っぽいセリフを撒き散らす男に対して、精一杯の皮肉を込めてそう言ってやった。


今まで地面を転げることにしか使えなかった右手を腰の初期装備たる《ライトソード》に添え、勢い良く引き抜く。 かの大斧に比べれば遥かにパラメータは劣るが、しかしれっきとして僕の初めての相棒である直剣を身体の前に構え、男の濁った双眸を睨みつける。


途端。 彼の堪忍袋とかいうやつがブチっと切れる音が聞こえた。 怒りに震えた厳つい顔に、漫画でよく見る形の青筋が浮かび上がる。


「言ったな……。 クソ雑魚ミミズ初心者野郎がぁ!!!」


そして、子供でも思いつかない低劣な文句を吐きながら、ビルダー男がまさに言葉通り憤然と突進を敢行してきた。


「………っつ!」


僕は無音の気勢と共に足を踏み出す。 今度は前へと。


久方ぶりの研ぎ澄まされた意識の中で、男の脂質多めな体躯と巨大な斧のみが切り出される。


挑発のかいあって、イノシシ氏はスキルを使ってはこないようだ。 ゆえに、これまで何度か見続けてきた彼の剣筋……いや斧筋というやつを脳内にインプットした僕になら、反撃のチャンスは間違いなくある。 中学3年間を通して、強くなるために培った観察眼と反射神経、動体視力をフルに使えばーーーー


僕と男の身体が両者の間合いに入る。


三本ヅノのヘルメットの下の目がカッと開かれ、大仰なテイクバックの後に、手中の重量級武器が剛速で振り下ろされる。



ーーーー見える!!!


瞬間。完全にその軌道を見切った僕は身体を勢いよく右に翻し、半ば倒れこむようにしながら巨体の側面へと飛び出した。 すぐ耳元を重い風切り音が通り過ぎる。 だが、もうそれすらも気にならなかった。


「なっ!!!?」


驚愕と憤怒の入り混じった声が聞こえたが、それももう遅い。 怒り任せに振り下ろされた大斧は砂質の地面を深々と穿ち、男にあからさまなまでの隙をもたらす。


「……ふっ!」


僕が祈るような思いで唯一知っている構えーーつまり、剣を左腰に引き絞るという単純な型を取ると、神様のご加護というやつだろうか、刃渡り70センチ程の鉄色の刀身がペールブルーの光を帯びた。 同時に、システムによる不可視の力が僕の右腕を現実の物理法則を無視した速度で押し出す。


「うおぉぉっ!!!」


本来ならばここで掛け声をあげる必要はないはずだ。 だが、僕は無意識の内に叫びをあげていた。 それに触発されたわけではなかろうが、一瞬、さらなる加速がもたらされた感覚があった。



そして、片手剣単発斬り《スリット》が、左下から右上へと蒼い光芒を引き、男のたるんだ脇腹を斬り裂いた。


ザシュッという爽快な音と共に、血に似せた紅いポリゴン片が舞う。 僕はそれを視界の端で認識しながら、前方へと倒れ込んだ。


「あぐっ………」


ヒーロー的なそれとは如何せんかけ離れたフィニッシュ。 だが、それでもよかった。 僕の唯一無二の目標は、達成されたのだから。


ーーーー間違いなく、僕はあいつに一矢を報いたんだ……!


いつ以来やも知れないあの達成感に身を震わしながら、僕は背後の大男に決め台詞の一つ見舞おうと身体を反転させる。



ーーーーだが、高揚した僕の身体は、次の瞬間に硬直してしまった。 イノシシ男のHPゲージを見た、その瞬間に。


「……少しも……減ってない」


そう。 かの三本ヅノアバターの命の残量を示す横長のゲージは、全くと言っていいほど交錯の直前と変わっていなかった。 明るいグリーンのラインが、やけにチカチカと僕の目に突き刺さってきた。


「ありえねぇ……。 こんなチビに、俺の斬撃をかわされた……。 あっていいはずがねぇ、そんなことぁ!!!」


唯一変わっていたのはつまり、斧使いの男の相貌と眼光の内面的な色彩だった。


ズンズンと大地を揺らすほどの勢いでこちらに歩み寄ってくる男。 怒りを具現化するように逆立つ焦茶色の髪。 燃えるように紅潮した顔。


それらを僕は呆然と眺めた。


脳内を占拠するのは、半年の時を経て今更蘇ったあの疼痛。


ーーーーこれがレベルの差……。 まるで現実世界で言うところの才能と同じじゃないか。 力量が優っていても、気概が優っていても届かない絶対的領域。



神様が人に用意した圧倒的理不尽。



……否。 実際にはこのゲームの世界では己の力で、長い時間をかけてレベルという一種のステータスを上昇させていくのだから、現実の、生まれながらにしてもつ天賦の才というものと本質的には全く違う。 絶対に同一視してはいけない。 しかしこの時の僕には、ゲームにおけるごく単純な倫理を正直に飲み込むことができるだけの精神的余裕などないに等しかった。


「あんだ? ダメージが通ったとでも思ったのか!? んなわけあるかよバカが。 まあ、折角だから一撃もらったお礼に、てめぇには絶望的なレベル差と戦闘の恐怖ってやつを、植え付けてやるよ」


だから僕は、目の前まで来た男が大斧を振りかぶり、そこに紅い光芒が輝くのを見ても動くことができなかった。


最も愛し、全てを捧げたモノを手放してまで逃れようとしたとある記憶が、鈍色の楔となって僕を縛り付けていた。


「こいつは斧スキル習熟度(マスタリー)が【ラージC】を越さねぇと使えないんだぜ。 てめぇには過ぎた技だが、名前だけ教えといてやるよ。 こいつぁな……《デブリレガート》ってんだっ!!!」


ガラガラと耳障りな怒号が響き、大斧が燃えるような光を放つ。 僕は無感動にそれらの事実を認めながら、大男のイチオシという奥義が自分の身体を斬り裂くのを待った。


しかしーーーー



「がっ………!」


こだましたのは、スキルが発動された時に発せられる膨大なエネルギー音ではなく、かと言って今更死を恐怖した僕自身が上げた悲鳴でもなくーー眼前のイノシシ頭の男が洩らした、小さな掠れ声だった。


突然の出来事に驚いていたのは僕だけではなかった。 見ると、男はメタルフレームの下の薄黒い目を見開き、ピタリと硬直していた。 不思議なことに、スキルの発動によって立ち起こったはずのライトエフェクトまでもが失せている。


「……あ………」


呆気ないほど突然に戦闘の終止符が打たれたのは、僕が、先刻まで寸分の減少なく点灯していたはずの男のHPゲージが一気に左まで振れて、黄、赤と色を変えてから消え去ったのを目にした、その直後だった。


バシャーンというガラスが割れるような盛大な音を立て、イノシシ男の肢体が突如として爆散した。 彼の体積分あるのだろうか、多量のポリゴン片が周囲に舞う。



ーーーー “簡潔化、昇華された死”


数秒の後に全てのガラス片が消え去るのを唖然として見届けた僕は、これがこの世界における “死” なのだと理解するのに時間を要した。


なぜなら、彼が “死ぬ” ということはあの時点ではあり得ない事であったからだ。


このゲームに数十分前に生誕したばかりで、ろくなチュートリアルも受けていない僕にだって分かる。 あの、各自の顔面の横に必ず表示されているHPゲージが0にならない限り、プレイヤーが死ぬことはないはずだ。 あるいは突発的にログアウトしてしまったとも言えるかもしれないが、件のイノシシ氏があんな見せ場で舞台から退場して、あとあと「てへっ。 やっぱり喧嘩は良くないよネ!」なんて言いながら出てくるような意味不明な不思議ちゃんキャラにはどうしたって思えない。


ーーーーもしかしたら僕のアバターには、敵を一撃でノックダウンする《秩序殺し(ルールブレイカー)》的な特殊能力が備わっているとか……!?


なんていう中二病極まる思考に陥りかけたところで、僕は男が先刻まで立っていた位置に、一つの人影があることに気付いた。





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