第5話 極悪難度チュートリアル
説明回を全く上手く書けないという現実を逃避して先の戦闘シーンを書き始めたら、どつぼにハマってしまった。
前回に続き、今回もちょっと消化不良気味です……
いかにも強い敵が出てきそーな雰囲気の眼前の風景に一通り呆然とした僕は、さすがに行動を起こすべきだろうと思い直し、とりあえずは初期設定の音声さんに教えられたメニューアップコマンドーー右手の指をぎゅっと縮めてパッと開くーーを行った。 ヴィンというパソコンの起動音にも似たサウンドと共に、すぐさま円形のバイオレット色のメニュー画面が呼び出された。
「おお……」
僕は感嘆の声を漏らしつつもポップアップを片っ端から叩いていき、最後にログアウトのコマンドも確認した。
今すぐにログアウトするのも手の一つと考えられたが、この種のゲームはフィールドでのログアウトに危険が伴うのが相場だ。 僕が小学生の頃やっていたポータブルゲームのRPGでも、フィールドにいる状態で電源を切ったりするとアバターの脱け殻だけがその場に残って滅多打ちをくらったものだ。 もう一度起動してみるとアバターは既に死んでいるというのがオチ。 まだろくに漢字も読めなかった頃初めてその現象に立ち会った時は、1日中泣き続けたような気がする。
まあ、ログアウトできるからにはデスゲームにはなっていないのだろう。
というわけで、次の行動を先輩を待つ方針に決めた僕は、心をすっかり入れ替えて先ほどから気になって仕方なかった項目を開いた。
それはすなわち、“装備変更画面”。
見ると、丸い枠の中心にはマネキンのような人型が映し出され、その頭や胴、脚など数カ所からラインが伸びていた。 ここで武器や防具を設定するわけだ。 しかもそれを実際に自分で身につける。
何ともロマン溢れる話ではあるが、残念ながら今の僕は装備変更可能なものを一切持っていない。 なんといっても、まだチュートリアルさえも受けていないピッチピチの初心者なのだから。
今更のように自分の身体を見下ろしてみるが、やはりいかにも弱そうな薄手のチュニックに簡素なブレストプレートという格好だった。 バッチリ初期装備。
しかし、諦念を抱きながらもなお装備欄をタップし続けていると、一つだけ変更できるものがあった。
「あ……」
右手の装備だ。
そういえば、もう結構昔のことのように感じなくもないが、僕は10分ほど前に設定フェーズで初期の武器を “片手剣” に設定した。 ということはーーーー
「わくわく」
あまりの興奮ゆえに、ついには典型的な心中語を声に出しながら確認すると、あった。 そこには確かに《ライトソード》なる文字列が一つ、リストの天辺で神々しく輝いていた。
はやる気持ちを抑えながらそのネームをタップして右手の部分から伸びるライン上にセットすると、次の瞬間。
「うおぉっ」
ピンとどこからか糸を弾くような音が聞こえたかと思うと、僕の左腰にいきなり重みが加わった。
恐る恐るといった調子でそちらに目をやると……ある。
白銀の鞘。 そして薄青いナックルガードに、白革が巻かれた柄。 ゲームや漫画で目にしたような剣が、確かに僕の左腰に存在している。
「凄い……」
感無量と唸りをあげ、僕は早速その固有名 《ライトソード》なる剣を抜き去ってみた。
シャッという快音を残し、長さ70センチほどはあろう鋼鉄の刀身が露わになった。 ゲーム上の補正か、重さはあまり感じない。
と、そこで僕は、さっきとはまた違った感想をもった。
「《ライトソード》の “ライト” は “軽い” のライトか」
英語で “光” をあらわす “light” かはたまた “権利” をあらわす “right” かと、少ない語彙を用いて密かに妄想を膨らませていたのだが、残念ながら刀身は実体のないエネルギーブレードでも厳かな剛剣でもなかった。
しかし、手中の剣がいかにも初期装備然とした質素なつくりではあってもこの熱が覚めるわけではない。
僕は辺りに誰もいないのをいいことに、ブンブンと《ライトソード》で何度か虚空を空斬りしてみた。 すると、感覚的には玩具屋に売っている軽めの野球バットを振っているかのようなのだが、それに相反して風切り音は奇妙なほどに重々しい。 なんか本格的に自分が強くなったような気がする。
なるほど、全国の人がどハマりするのも十二分に分かる。
砂質の大地が彼方まで広がる荒野で一人頷いた僕、コウヤは、ついでさらなる発見をした。
「スキル……?」
ステータスの項目にあったそれに目が止まる。 好奇心のなすがままにタップして開いてみると、リストの一番上に “片手剣” の文字があった。
これはもしや、RPGなら定番の、戦闘時に使う特殊コマンドなのではないか。 炎で敵を焼き斬ったり、遠くの敵を撃ち落としたりと、剣術のバラエティーを無理やりに引き延ばしてくれる、戦闘系ゲームの看板とも言えようステキ機能。
だが、紫宮先輩の話から察するに、おそらく【エクステンドワールド】の世界に魔法という概念はない。 それはつまり、スキルの強さはその手数もしくは派手さによって定義づけられることになる。
ただ、ド派手アクションがスティックやボタンで簡単に表現されえた従来のそれと違い、このゲームはVRMMO、畢竟プレイヤー自身が自らの体感覚でーー厳密には脳の電気信号によってーーアバターを動かすのだ。 画面を見ているだけだったあの頃とは話がまるで違う。
まさか本当に可能なのだろうか。 仮想にせよ自分の身体があの動作を体現するなんて。
果たして、“片手剣” の文字列をさらにタップすることで現れたコラムの天辺に輝く《スリット》という短い単語が、そんな僕の想いを裏付けた。
『スリット:片手剣単発技
右上方及び左下方からの斜め斬り』
白く細めのフォントで書かれた説明は単純だった。
名前的にも恐らくは初期技だろう。 しかし、その下にずっと続く未解放のスキル群が、可能性の予感をどこまでも飛躍させる。
おそらくこのスキルのずっと上には、僕が小学生の頃にゲームで憧れたような壮大な必殺技があるのだろう。 そして、そのスキルを使用するのは紛れもなく僕自身。
「凄い……」
人類は偉大だなぁ。 人類恐るべしだなぁ。
などと奇妙な感慨を胸に抱きつつ、僕はもはや紫宮先輩のことも自分が部活動体験をしてることも忘れ、無我夢中で剣を構えた。
男たればこの状況でやるべきことは一つ。 さあ、いざ、夢のスキル体感へ。
ーーーーだが。
「どうやってやるんだろう……」
そう。 ログインからおよそ10分以上経っているのに未だにチュートリアルを受けていない僕には、スキルの使い方など一切わからなかった。
もしあの異常気象に遭ってさえいなければ、今頃は紫宮先輩に手取り足取り教えてもらえていたのだろうか。 そう思うと、悔しいような、もったいないような気持ちが湧き上がってくる。
それでも僕は、システムに対する文句をブツブツ言いながらも黙々と施行を続けた。 こういう時の地味な集中力だけは自信があるのだ。
そして、実に数十回の失敗を経験した頃、ようやく状況に変化があった。
「ん?」
ーーーーしかしそれは、僕の剣技修錬の進行状態ではなく、実質的な状況の変化。
どこからか足音が聞こえてきたのだ。 しかも複数。
僕はスキルの練習をやめ、じっと耳を澄ます。
紫宮先輩である可能性はごく低いだろう。 こんな圧倒的に初心者離れしたフィールドに僕がいることを察知できるのなら、いよいよ彼女の未知の性格に加え、霊能力的なハイパースキルを疑わなければならなくなる。 彼女ならばもしや……と思えてきてしまうのだから不思議だ。
しかし結局のところ、僕は相手が誰であれどうにか頼み込んで《ラルーシア》まで連れて行ってもらわなければならないことに変わりはないのだ。
紫宮先輩が奇行種と化すまでのタイムリミットも刻一刻と迫ってきている。 それに、ようやくこの閉鎖状況から解放されるのだと思えば、知人以外とのコミュニケーション能力がかんばしくない僕にもそれくらいの交渉はできる……はず。
そう考えて肩がすっと軽くなった僕は、足音がはっきりと聞こえてくる方向ーーつまり背後を勢いよく振り見た。
「あのーーーー」
それはもう相手方がどんな人であっても対応できるようにこれ以上ない愛想たっぷりの笑顔をセッティングしていたのだが、僕のそんな必殺のスマイルは、足音の主様たちを見た瞬間にピシリと硬直してしまった。
理由はしかり。 その一行の誰もが、いかにも歴戦の勇者然とした……本音を言ってしまえば昔のギャングもの映画に登場してきそうなゴツイ風貌をしていたからだ。
口角を歪めた笑み。 舐めるような双眸。 いかにもアウトローな装備で統一されたアバター集団。 その数5人。
そしてそのうちの先頭、頬に大きな傷痕をつけ、三本のツノを前頭部から生やすメタルヘルメットを被ったリーダー格らしき男性のギラリとした視線がこちらを捉えた。
「うっ……!?」
僕は思わず後ずさりしかけた。 しかし、何とか堪える。
そうだ。 人を見た目で判断しちゃいけない。 このお方たちももしかしたら、現実世界では看護師さんで、その仲良しメンバーってことも考えられなくもない。 人は時に、自分の身分に不相応な振る舞いをしたくなるものだ。 特に看護師さんなどはその傾向が強いとかなんとか授業で聞いたような気がする。
よし、きっとそうだ。 彼らは心優しい看護師さんで決定。 ささ、どうぞこの不幸な少年にお情けの手をーーーー
「おいおい、こんなところに初心者がいやがるぞ。 しかも単独で、だ。 こりゃあ、リンチにしろっていう神からのお告げじゃねぇか!?」
しかし……しかし僕の儚き期待をあっさり裏切り、彼の顔に浮かんだのは天使の微笑みではなく悪魔の嘲笑だった。
イノシシを想起させるヘルメットを装備した彼は、左右の同胞に汚い笑みを湛えてなにやら小言で話をした後に僕に向き直った。 その薄黒い瞳が狂気で満ち満ちているように見えるのは錯覚ではあるまい。
話の内容は大体分かる。 分かりたくもないが。
果たして、この悪漢集団のリーダーらしき男は今度こそ僕の予想を裏切らず、背中から長大な斧を外すと鈍く輝くそれを僕に向け、ガラガラとしゃがれた声で言った。
「そこの初心者君よぉ。 ラッキーだったな。 レベル32のこの俺、ヒース様が特別に稽古つけてヤンぜ?」
さて、レベル差30。 極悪難度チュートリアルのはじまりはじまり。
Q:いつやるの?
A:無理でしょ