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『VR部』@オンライン  作者: 九日 一
チュートリアル編
18/39

第17話 アンタッチャブル・ジョーカー

最近なぜか (使っていないのに) 常時金欠状態なので、カラオケに行きたいのに行けず、最近は部屋にて小声で熱唱する毎日。

もうそろそろバイトを始めるべきか……

『それでわー。 黎明高校とぉー、香坂南(こうさかみなみ)高校のぉー、練習試合を始めまーすぅー』



語尾をやたらと伸ばす癖のあるらしい進行役の女性の声がいよいよ試合の始まりを告げ、その緊張感のなさとは裏腹に会場の空気が一気に引き締まる。


待ちに待った『VR部』初の練習試合。 そして僕、壬狩 晃也(いかり こうや)もといコウヤのデビュー戦。


『まぁーずはぁー、団体戦1騎打ち型ぁー第1試合ぃー』


ちなみに、のんびりした調子ながらも淡々と司会をこなしているのは、黎明高校放送部から出張で来てくれている人だ。 名前を花澤さんという。


どうやら歌乃先輩の友人らしいのだが、活動内容をあまり公にできない『VR部』の秘密を知っているということから、やはり相当な仲であろうことが伺える。 今回の仕事も、彼女は部室から紅茶と茶菓子をかっぱらいながらも快く受け入れてくれた。


『出場選手は準備してくださいー』


眠くなるような低速の、しかし聞き取りやすさで言ったら抜群の進行を耳にしつつ、僕は落ち着かない気持ちで辺りを見回す。


今僕は、互いの高校に1部屋ずつ与えられているモニタールームにいるのだが、隣には同じようにそわそわしている白髪の少女、セラが1人だけ。 そのサファイアの瞳は並の宝石を凌駕する輝きを放ちながら、眼前に広がる5つのモニターのうち中心の、ビルの液晶クラスの大きさがある画面に釘付けになっている。 そこには、これから第1試合……卓球風に言うならシングルス1を戦う2人の選手が映っている。


自然と目が行ってしまうのはどうしようもない。 なんてったって、うちの1番手はーーーー


『それでは選手の紹介デース! 黎明高校サイドォー、“紫雨(むらさめ)” の異名を持つパーフェクトガンマン。 その弾丸が撃ち抜くのは相手の心臓(ヒットポイント)か、それとも心臓(ハート)か!? どちらにしてもぉーただじゃ済まない! 無敵の女王ぅー、カノォー!!!』


ドワァッと、地を揺るがすほどの歓声が巻き起こった。


画面向かって左側に立つ歌乃先輩は、様になったポーズで右手を上げて会釈する。 膝丈まである漆黒のロングコートをたなびかせるその立ち姿は、有名映画俳優のそれに負けずとも劣らない。 かっこいいの一言に尽きる。


彼女の軽いサービスを受けたギャラリーもさらなる盛り上がりをみせる。 もはや敵であるはずの相手ベンチからも黄色い悲鳴が聞こえて来るほどだ。 対戦相手の紹介のアナウンスも掻き消されてしまう。こんな時、敵の選手が可哀想だと思うのは僕だけだろうか。


僕は画面右端に肩身狭そうに佇む少年にシンパシーを感じながら、心の中で呼びかけた。


ーーーーよし、僕はちゃんと君のことも見てるからね。 ……名前聞こえなかったけど。


と、全く同タイミングで、興奮冷めやらぬといった調子のセラが敵の青い迷彩服を着た少年にちゃっかり目をやって言う。


「ふんふん。 カノの相手は2丁拳銃だね。 1型光学銃と自動小銃かぁ。 装備とかも見るとスピード系っぽいね」


その言葉に、僕も不運な少年をもう一度見てみるが、全体を映すために遠見となっているモニターからでは細部まではよく見えない。


「へー……。 すごいね。 熟練者の勘ってやつかな?」


僕が素直な気持で褒めると、セラは「にゃはは」と明るく笑い、そして思わせぶりに顎に手をやった。


「銃使いにも色々あるけどね、カノは完全に型無し、いわゆるオールラウンドってやつなんだよ。 だから今回は、カノの接近戦を見れると思うよ」


「接近戦かあ」


実は、僕は今現在2つの枠があるスキルスロットの内の1つを《片手剣》、もう1つを《格闘》にしているのだが、それは不思議なことに先輩に推奨されたからだ。 さらにこれまた不思議なことに、バリバリの2丁拳銃使いであるはずの歌乃先輩その人も、《格闘》 を取得しているのだという。


その真髄が発揮されるということだろうか。 どちらにせよ、上位のプレイヤーの戦闘をまともに観戦するのが初めての僕には圧倒的に新鮮で、最初から規格外だ。


そんなこんなで僕とセラがちょこちょこと会話をしていると、我らが敏腕司会者花澤さんのアナウンスが熱を帯びた。


『さぁーいよいよです! 試合スタートへのカウントダウンをはじめまーす! せーのぉーー』


じゅーう、くぅー……と間延びしたカウントが始まる。


中央の巨大モニターにはもう、2人のプレイヤーの姿はない。 広大なフィールドの何処かに、2人の距離が500メートル以上離れるようにランダムで転送されたのだ。 お互いに相手がどちらにいるとも知らない状況から戦闘が始まることとなる。


左列の2つのモニターには、黒と白のコントラストが美しい二丁の銃を手にした歌乃先輩がそれぞれ違った角度から映し出されており、同じように右列の2つには小型の銃を両手に携えた青迷彩の少年が映っている。


地形は “森林”。 最初の顔合わせの時に2人がいた場所は直径20メートルほどの開けた空き地だったが、それ以外は身の丈よりずっと高いケヤキだかスギだかの木々が鬱蒼としており、視界が悪い。


隠れやすく、動きにくい。 自分にとってのメリットがそのままデメリットにもなり得るフィールドだ。 さて、【エクステンドワールド】でも屈指の実力を持つ彼女は、一体どういった闘いを見せてくれるのだろうか。


「……始まるよ、コウヤ」


細い糸を爪弾くようなセラの声を合図に、全てが動き出す。


まず花澤さんが途轍もなく大きく緩やかな声でゼロを数え、画面上の歌乃先輩と青迷彩少年が同時に大胆かつ慎重な歩みを開始する。


2人が再び合間見えるまでの時間は、思いのほか短かった。


スタートから5分。 位置は、中心である初期地点の空き地から南南西といったところだろうか。 1メートル半程の間隔で木々が乱立する地帯だ。 敵の銃弾から逃れるための掩蔽物には困らないが、同時に移動はかなり制限される。ブッシュなどの類がなく、足場が安定していることがせめてもの救いか。


互いに相手を認識している。 後は仕掛けるタイミングのみ、というわけだ。


だが、相手の少年が歌乃先輩が潜んでいる幹を穴が空くほどに恐るべき集中力で注視しているのに対し、歌乃先輩はこれまた別種の恐ろしさを感じさせるような至ってリラックスした調子でキョロキョロと辺りを見回している。 もちろん敵の動向にも注意を向けているのだろうが、あの余裕はどこから来るのだろうか。 あれでは先手を打たれたら間違いなく動き出しが一歩遅れる。


「ど、どうするの……?」


閑散としたモニタールームで、僕がゴクリとつばを飲む。 すると、隣で食い入るように画面を見つめるセラは、まるで自分自身を自慢するかのようにはにかんだで言った。


「カノのすごいところは銃の腕だけじゃないからね」


「それってどういう……」


僕がその言葉の真意を尋ねるより早く、戦場の硬直が解けた。 短めにカットされた茶髪をたなびかせ、青迷彩服の少年が木の影から飛び出したのだ。 相手の動向を感知したらしい歌乃先輩も、一歩遅れて疾走を開始する。


『だあぁぁぁっ!!!』


先に態勢を確立していた少年は、裂帛の気合と共にすぐさま左手のブラスターを連射する。 しかし、“可視弾道” をしっかりと捉えている歌乃先輩は、2発の銃弾を舞うようによけ、次の木の影に一旦身を隠す。


それを見た少年は、移動補助スキル【軽歩】を使用。 システムの補正を受けたチカラでさらに加速し、標的に迫る。 どうやら得意の接近戦に持ち込んでの早期決着を狙っているようだ。


対する歌乃先輩は、


『ふっ……』


短い気勢を後に残すように、こちらも【軽歩】を発動して右方向へ高速移動。 機敏に反応しながら放たれたブラスターに応戦するように、左手の白銀の銃の引き金を引く。


ヴィン、ヴィンと、光学銃特有の発射音と薄青い銃弾を交差させながら、歌乃先輩は敏捷値全開のすさまじい疾走を続ける。 生い茂る木々に阻まれるためか、両者の攻撃はなかなかヒットしない。


だが、まだ先手を取ることに成功した相手に分がある。 ジリジリと互いの距離が縮まって行くーーーー


「あっ……!」


と、その時。 歌乃先輩の動きが止まった。 彼女の背中に、胴回りのやたら太い大樹がそびえ立っていたのだ。


それを見た青迷彩の少年は、これ好機とばかりに口角を釣り上げ、右手の自動小銃と左手の光学銃を一息に同時掃射した。


『……っつ!』


ダダダダダと、嵐のような銃弾が叩きつけられ、いかにも強固そうなイメージのあった超巨大な幹が悲鳴をあげて崩れ落ちる。


恐るべき威力だ。 食らったらひとたまりもないだろう。 しかしーーーー


『くっ!?』


茶髪の少年が苦しげな息を漏らしながら見上げた先には、頭頂部で結わえたアメジストの長い髪を揺らし、まるで密林の蝶のごとく宙を舞いながら目前まで迫った《紫雨》の姿があった。


先の連射が放たれる寸前、彼女は再度使用した【軽歩】のアシストで背後の幹を蹴り上げ、前方へ向かって大きく跳躍していたのだ。


ここで僕は、彼女が敵との交錯の直前まで周囲に視線を巡らせていたことの意味を知る。


全ては地形を把握し、利用するためのものだったのだ。


複雑に乱立する木々を、移動する時の掩蔽物とするため。 邪魔にしか見えない巨木を、相手の全力攻撃を誘い、そして踏み台にするため。


『っつおおぉぉぉ!!!』


絶好のチャンスから一転、最悪の危機に陥った少年はしかし、すぐさま両手の銃を上に向け、掃射しようとする。 だがそこで、彼は左手のブラスターのカードリッジが空であることに気づく。 牽制の連射と必殺の同時射撃、そのためにエネルギーを使いすぎたのだ。


『はぁっ!』


そうして少年が動揺した一瞬をついて、歌乃先輩の長い右足が……より正確に言うと薄緑色の光芒を纏った右足が、少年の右手を襲った。


格闘スキル【ヴァーナル・フーフ】。 単発の回し蹴り。


その一撃に見舞われた少年の右手から、最後の望みであった無骨な自動小銃が弾け飛んだ。


果たして、展開の速さに追いつけないでいた少年の額に突きつけられる小ぶりの機関銃。 《H&K MP7》。


勝敗が決した、瞬間だった。


歌乃先輩の口元には、気負いのない、澄んだ笑みが浮かんでいた。 敵の少年も含め、その戦闘を見届けた全ての人を魅了するような妖艶な笑み。


そして、刹那の静寂に一筋の雫を垂らすかのような凛とした声が、静かに発せられた。




『チェックメイト』





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