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黒板の謎  作者: 夏野ゲン
1/2

前編

 ある日黒板から手が生えていた。あるいは、手のようなものが。私は、気になって手を伸ばす。そこから先は覚えていない。



 私が目を覚ますと、辺りは真っ暗だった。ここがどこかも分からず、私はただ途方にくれていた。それからどれくらいたっただろうか、私はどこか遠くのほうからのざわめきを聞いた。

「だれかいるの?ここはどこ?」

私はこれまでに出したことの無いような大声で尋ねた。答えは無く、ただざわめきが聞こえていた。

 しばらくすると、先ほどまで聞こえていたざわめきが、次第に小さくなっていった。そして、誰かが少年のような声でこう尋ねてきた。

「だれかいるのですか?」と。

私は誰かが私にきづいてくれた事がうれしくて、夢中で答えた。

「ここにいます!ここはどこなの?ここから出して!」

しばらくまつと、この場所の聞きなれない地名と、彼の力では私をここから出すことができないということが教えられた。私は少しがっかりしたが、私にきづいてくれる人がいることを知って本当にうれしかった。

 どれだけの時間が過ぎただろうか、私は眠ってしまったらしい。この場所はいつでも暗くて、時間さえも分からなかった。私は、昨日やってきた少年が、また訪ねてくれるのを待っていた。そしてそれほど待たずに、昨日の少年の声が聞こえてきた。

「あなたはだれ?」

それは私への疑問だった。そういえば私は彼がきづいてくれたことがうれしくて、昨日は、お礼言ってないし、自己紹介もしていなかった。私は、自分の名前を、彼に伝えようと思った。しかし、私は自分の名前を覚えていないことに気がついた。そのことを彼に伝えると、彼はしばらくだまってからこういった。

「名前が無いなら、僕が君の名前をつけていいかな」

それは本当にいい考えだと思った。そしてぜひそうしてくれるように彼に頼んだ。

彼に名付けられて、わたしは、『ハル』になった。私は、その名前が本当に気に入って、彼に何度もお礼を言った。

 そして彼は、もう帰らないといけないと私に告げてから帰っていった。


 その後もたびたび彼はやってきて、わたしにいろいろな話をしてくれた。彼の好きなマンガの話や、はやっている遊びの話、どれも私が知らない話ばかりで、もっと聞きたいと思った。私の生活は、彼を中心に回っていた。私は、彼が来るときだけを、ずっと待っていた。


時々、彼以外の人の声が聞こえてくることもあった。そんなとき、私は黙ってその声を聞いていた。彼が私にそうするようにいったからだ。その日私が聞いたのは、××君が、△△サンを好きというような内容だった。小さいけど、熱っぽくて力強い声だった。そのことを彼に話すと、やけにうれしそうな声で、

「そうか、そうか・・・」

とだけ言っていた。


そのあとも、彼は『シュウガクリョコウ』で行った『キョウト』というところの話をしてくれたりした。私は、ずっと閉じ込められたままだったが、彼のおかげで退屈しなかった。私は、彼さえいれば、それだけでいいと本気で思っていた。


 ある日を境に彼の声が、なんとなくあいまいな、何か隠しているような感じに聞こえるようになった。彼にそのことを聞くと、

「なんでもないよ!ほんとに・・・」

とだけ言っていた。その声が、いつだったか聞いた声のように熱っぽくて、力強くて、私は、耳をふさぎたくなった。彼は何も言わなかったが、彼は誰かのことが好きなのだと分かった。そして私はそのことを認めたくなかったのだ。


私は、彼のことが好きになっていた。


 その日から私と彼の関係はよそよそしくなった。表面では、いつものように楽しい会話をしていた。でも心の奥では、彼が思いを寄せる人のことだけが気になって仕方が無かった。何を話しているのかも分からなかった。ただ、その人のことだけが気になった。


 彼がその話をしたのは唐突だった。

「もうここにはこれない・・・」

彼は言った。私には、どういう意味なのかすぐには理解できなかった。息を吸い込んだ。はっきりした声で言おうと思った。でもダメだった。かすれた声しか出なかった。これだけしかいえなかった。

「どうして?」

彼は、彼がこれから『チュウガッコウ』という遠いところへいかなければならないといった。彼のその言葉を聞いたとき、私は、私の知らない少女と彼とが、一緒に歩いている様子を見たような気がした。彼が行ってしまうのは、その少女のせいなのだと思った。私の中で悪いのは全てその少女なのだという考えが、確信になっていった。私は、涙でゆがんだ声でわめいた。

「行かないで!ここから出して!行かないで!あなたしかいないの!出してよ!私と一緒にいて!こっちへきて!一人にしないで・・・」

その後も私は、わめいていた。泣いていた。腕を振り回して暴れた。ただとにかく悲しくて苦しくて、体中が痛むのも無視して、私は、泣き続けた。

 どれくらいそうしていただろうか、彼の声が聞こえた。とても優しいいつもの声だった。

「ダメなんだ。君を出すことはできない。もういいんだ。もうお帰り・・・」

私ははっきりしない意識の中で、深く目を閉じた。ただ、心地よさと、充足感と、そして開放感を感じながら、深い眠りに落ちた・・・。



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