日常に戻る努力
朝が来て、目が覚める。
眼鏡をかけて辺りを見回す。…そういえば、ピスラ達はどこで寝てるんだろう?
昨日は何故か鞄の中に入っていったけど…。
僕はベッドから降りて机の上にある鞄のファスナーを開けた。
「んむ……まぶし…」
ピスラがいた。
実際にそうだろうが、眩しそうに目を手で覆った。隣ではアクアが寝息をたてている。
「ん……あれ? 朝…?」
ピスラが目を開けた。
「おはよう、ピスラ」
「あー…おはようー晶」
どうやらまだ寝ぼけてるみたいだ。
「眠そうだね」
「うんー昨日の夜さー、アクアと徹夜でおしゃべりしてたからさー…どれくらいかなー、アクアが寝るまでだから…えーとー」
「無理に思い出さなくてもいいよ」
「うんーありがとー」
「眠いなら、まだ寝ててもいいから」
「そうしようかなー…」
「それじゃ」
鞄のファスナーを閉めた。とりあえず、制服に着替える事にしよう。
その時、携帯が鳴った。
部活の朝練だとかで、剛は一人で先に学校に行った事をメールで知り、僕は一人で学校へと向かっていた。黒石はまだ寝ているだろう、無事に間に合う事を願いながらも歩を進める。
その時、前に見知った姿を発見した。
「東真さん」
走って近づいた。
僕の声を聞いた東真さんは止まって振り返った。
「中紫さん。おはようございます」
丁寧に挨拶される。
「あれから具合の方はどうですか?」
「もうすっかり大丈夫です。心配してくれてありがとうございます」
「いえ、お元気ならなによりです」
並んで歩き始める。
「ところで、昨日黒石に渡すように頼んだ物の事なんですが」
「はい」
「あれは何なんですか?」
「あれは助けて頂いたお礼です。忘れているでしょうが、私は中紫さんに助けて頂いたので、そのお礼にと思いまして…お気に召しませんでしたか?」
「いいえ、とても気に入りました」
特にアクアが、
「どうもありがとうございます。東真さん」
「はい、どういたしまして、です」
教室につき、既に来ていた剛に挨拶する。
「おはよう」
「おぅ、おはよう」
「おはようございます」
「東真もおはよう」
席に座り、鞄のファスナーを開けた、
そしてすぐに閉めた。
「うわぁ……」
「どうした? 晶」
「な、何でもないよ…」
おそるおそるファスナーを開け、中を見た。
『…大丈夫?』
そっと声を送ると、
『な…なんとか…』
ふらふらになったピスラが親指を立てて答えた。その隣では、アクアが目を回していた。
『うぅ…起きてたら急に動き出しても大丈夫なんだけどな…』
原因は僕が走り出した事らしい。
『そういえば…あのキーホルダーは助けてくれたお礼なんだって?』
『うん。そうみたい』
『助けたって、一体何をしたの?』
『うーん…実はその時を思い出したんだ』
『記憶が戻ったって事?』
『そこだけだけどね』
『ふぅーん…う、まだ頭がクラクラする』
『ごめんね、僕が急に走り出したのが原因だし』
『大丈夫だよ、すぐに良くなるからさ、実は少し楽しかったし』
『そっか、とにかく休んでてよ、授業始まるし』
『おっけー』
鞄の中から教科書を取り出し、ファスナーを閉めた。
昼休みになった。
「購買に行こうぜ、晶」
「うん」
剛と共に教室を出て購買へ、その道の先に、クラスメイトの背中を見つけた。
「あれは…裏井さん?」
「お、本当だ、おーい」
声が聞こえていたのか、裏井さんは立ち止まって僕達を見た。
裏井水無月。それがこの人の名前だ。
クラスメイトで、クラスで席が隣なのだ。
裏井さんは背が高い、僕より高い剛よりも上で、180は優に超えているだろう。
「裏井も購買か?」
「ああ」
「俺達もだ、一緒に行こうぜ」
「そうだな」
どことなく、黒石に似ている。そう思うのは髪型や口調が似ているからだろう。実際には身長ですぐに見分けがつく。
3人で並んで購買へ向かう。
僕と剛が話している中、裏井さんはそれを聞いているのか聞いていないのかよく分からないぐらいとても静かだ。話をふれば答えてくれるので、聞いているんだろうけど…。
変わった人だな、と思った。
購買の前には人だかりが出来ていた。
「しまった、出遅れたか」
剛が残念がっている。
「これでも少ない方だ、凄い時はもっと凄い」
裏井さんは冷静だ。
「さて…それじゃあ戦闘開始といくか」
剛は腕を捲り気合い十分のようだ…って、
「戦闘って?」
「この人だかりに入って何かを買ってくる。それだけで結構大変なんだぜ? もはやこれは戦闘だ」
「いやいや、闘いには見えないんだけど…」
「そうだな、強いて言えば争奪戦だろう」
「戦って事は、やっぱ闘いだろ?」
「…それもそうだな」
裏井さんが納得させられた。
「えぇー」
「よぉし、行くぜ!」
剛が飛び込んだ。
「……」
見えなくなった時、裏井さんが僕の肩をたたき、
「まぁ…お互い頑張ろう」
一言言ってから、生徒だかりに飛び込んでいった。
「……」
昔の僕も…ここに飛び込んでいたのだろうか?
その時に、ふと思いだす。昨日表方さんは購買でパンを沢山買ってきていた。
…この中で? 凄いな…。
さて、どうしよう…? 何か買えなければ昼御飯が無しだ。となると、入らなければならない……よし、頑張ってみよう。
意を決して、飛び込んだ。
「…で、コッペパンね」
「はい…」
教室に戻ると、南野さんが来ていた。
すでに剛は戻ってきていた。結局、あの中に入って買えた物は、昨日と同じ八十円のコッペパンだけだった。
「行くのが遅すぎたな」
剛は二つ買えたらしい。
「無理に昼休みに購買で買う必要はないじゃない、二限の休み時間から開いてんだし、その内に買っておきなさいよ」
南野さんも購買のパンのようだ。購買で見なかったのは事前に買っていたかららしい。
「いや、何て言うんだ? あの中に飛び込んで手に入れたパンは妙に上手く感じるなと思ってな」
「あっそ」
「裏井さんは?」
「呼んだか?」
隣の席に裏井さんが座っていた、手にはパンが二つ。
「西金のその考えはどうかと思うぞ」
「そうか?」
「そうよ」
「でも裏井だってそこに居たじゃねぇか」
「昼休みには種類が増えるからな、それを狙ってるんだ」
「ふぅーん」
僕は会話を聞きながらコッペパンにかじりつく、
…うん、コッペパンだ。
「という訳で晶。行くわよ、早く準備しなさい」
「え?」
授業も終わり、既に放課後。教室に入ってきた南野さんが、僕の所へ来るなり言った。
「行くって…どこへ?」
「昼休みに言ったじゃない、今日は部活が休みだから一緒に帰ろうって」
「…そうだっけ?」
話は聞いていたつもりだけど、返事をした覚えが無い。
「ほら、あの時よ、鞄の中を見てた時」
「えっと…」
コッペパンを食べ終えた後、ピスラ達の様子を見る為に鞄の中を見た時がある。
その時も確か…、
「あーー焦れったいわね! とにかく行くわよ! 早く準備しなさい!」
「は、はい!?」
鞄に教科書を無理矢理詰め込んだ所で手を引っ張られ、教室を後にさせられた。
ふいに見えた裏井さんが、
「…そんな話したか?」
と、言っていた気がした。
校門を出た所で言ってみる。
「あ、あの…南野さん」
「なによ」
「そろそろ手を離していただけませんか? 自分で歩けますので」
「え?」
南野さんは繋がれている手を見た。
「あ……ご、ごめん!」
急に手を放した。その左手を右手で押さえて擦っている。
「どうかしましたか?」
「な…なんでもないわ…」
何故か顔が赤い、
「?」
「……ふぅ…行きましょ」
「は、はい」
僕達は並んで歩き出す。回りに他の生徒は見当たらない。
「……」
南野さんが僕を見ている。
「何ですか?」
「…本当に変わったわね。晶」
「…そんなに、ですか?」
「ええ、初めて会った時に敬語はやめてって言ったのに、今は敬語だし」
「……」
そういえば、何故か敬語だ。友達に気を使った言葉使いなど必要無い筈だ。けど…何か反射的に使ってしまうのだ。
「剛にはタメ口じゃない、あたしにもタメ口を使いなさい」
「…うん。努力するよ」
「簡単に変えられるのね、実は忘れた何てのも嘘なんじゃないの?」
「そ、それは本当ですよ」
「分かってるわよ、本当の晶はこんなたちの悪いイタズラするわけないもの」
「……」
「イタズラはあの子のだけで十分よ」
「…すみません」
「何で謝るのよ」
「いえ…南野さんも前の僕の友達だったんですよね、それがこんな事になって」
「…はぁ」
南野さんはため息をついた。
「あのね晶、本当に記憶を思い出したいって思ってんなら、あたし達が普段通りに接するだけじゃなくて、晶も思い出したいっていう努力をするべきだと思うの。だからまず…その…弱気腰はやめなさい」
「え?」
「弱気腰の晶なんて見たくないの。弱気で何かが出来たら苦労しないのよ」
「…南野さん」
「だからしゃきっとしなさい」
「…はい、ありがとうございます。南野さん」
「な…べ、別にお礼を言われる話じゃないわよ、ただ弱気な晶は見たくないってだけ! それだけよ!?」
「は、はぁ…」
急に怒ってしまった。
そして、南野さんと共に寮へと帰った。




