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婚約…延期?解消?破棄?

六年越しの再接続 〜ConnectionEstablished:ようやく君に届く〜

作者: HIME-HIRO
掲載日:2026/05/13

この作品は、

王国は切断された!! 〜依存関係を理解しない運用者の障害報告〜

https://ncode.syosetu.com/n1983md/

のバイトノール視点のお話です。

前作をご覧いただいた上でお読みいただければ幸いです。

 フィオナが王宮を去ったとの報せを受けてから、ひと月あまりが過ぎていた。


 王都からアイトロン辺境伯領までは、馬車でゆうにひと月を要する。王国の西端、山脈と深い森に守られたその地は、古くから「王都より遠きもうひとつの国」とさえ呼ばれていた。


 それでも、彼女が戻るその日だけは、自分の目で迎えたかった。


 だからバイトノールは、辺境伯家の門前に立っていた。


 春浅い風はまだ冷たく、山あいを抜けてきたそれが、外套の裾を静かに揺らしていく。


 遠く、街道の果てに土煙が上がった。


 やがて、王都の紋章を外された一台の馬車が、長い旅路の疲れをにじませるように、ゆっくりと石畳を踏みしめながら近づいてくる。

 乾いた車輪の音が、妙に大きく耳に響いた。


 そして門前で止まり、扉が静かに開く。


 そこから降りてきた彼女は、王太子妃であったはずの女にはとても見えなかった。

 着飾った衣装もなければ、侍女の列もない。

 ただ、旅装のまま。

 手荷物は、小さな鞄ひとつ。


 少し窶れたその姿を見た瞬間、胸の奥で何かが音を立てた。


 怒りだったのかもしれない。

 あるいは、ずっと押し殺していた感情の、別の名だったのかもしれない。


「……戻ったのね――」


 先に口を開いたのは、彼女だった。


 いつもの声だった。

 疲れも、悔しさも、何も乗せない、平坦な声。


「お帰り」


 それだけを返すのが精一杯だった。


 本当は言いたいことなど、いくらでもあった。

 どうしてこんな目に遭わせたのか。

 なぜ彼女が追われなければならなかったのか。


 なぜ、あの時――


 だが、それらを口にしたところで、彼女の傷が浅くなるわけではない。


 だから彼は、何も言わなかった。

 フィオナもまた、何も求めなかった。


 それでよかった。

 昔から、そうだったのだから。


 彼女が理を示し、彼が形を与える。

 言葉は少なくても、互いに足りていた。



 その夜から、二人は再び同じ机に向かった。


 辺境伯家の工房――幼い頃から幾度となく夜を明かしてきた、その場所である。


 壁には古びた設計図が幾枚も掛けられ、使い込まれた工具には、長い年月の手の跡が残っていた。卓上に灯る魔導灯の柔らかな光だけは、あの頃と何ひとつ変わっていない。


 フィオナが書類を広げる。

 バイトノールがそれを受け取り、必要な箇所に印を入れていく。


 権限の整理。

 契約の確認。

 魔導網の再構築。

 王都側に残した系統の切り分け。


 やるべきことは山ほどあった。


 だが、不思議と苦ではなかった。

 王宮では常に誰かの都合がつきまとった。言葉を選び、立場を慮り、不要な駆け引きを重ねなければならなかった。


 ここには、それがない。

 必要なのは理と技術だけだった。

 フィオナが理を示し、彼が形を与える。

 十三のあの日から、何ひとつ変わらぬやり方で。


 それでも、確かに違っていた。

 ようやく、本来あるべき場所に戻ってきたのだと――二人とも、同じように感じていたからである。





 半年が過ぎた――


 その間、辺境伯領は沈黙していた。

 だがそれは、嵐の前の静けさにほかならなかった。


 失われた権限は整理され、各領との接続は再認証され、中枢は完全に辺境伯領へと移された。王都に残された系統は、いつでも切り離せるよう、すでに一本ずつ識別されている。


 準備は、整っていた。


 そして迎えた、独立宣言の日。

 その朝、空はひどく澄んでいた。

 まるで、この日が歴史に刻まれることを、天までも知っているかのように。


 辺境伯家の大広間には、領内の重臣たちが静かに列をなし、誰一人として声を発する者はいない。


 その沈黙の中心で、巨大な魔導モニターだけが淡い光を放っていた。


 映し出されているのは、王都。

 王城を包む白い城壁。街路を照らす無数の魔導灯。王国繁栄の象徴として誇られてきた、その光景である。


 やがて、フィオナの手が静かに卓上の魔導盤へと置かれた。


 次の瞬間。


 王都の灯が、一つ、また一つと落ちていく。

 街路が暗く沈み、塔の明かりが消え、王城を囲む結界がゆっくりと霧散していく。


 それは悲鳴も怒号もない、ただ静かな崩壊だった。

 ゆえにこそ、なお恐ろしかった。


 その様を、巨大な魔導モニター越しに見つめながら、バイトノールは静かに息を吐いた。


「終わったな」


「ええ」


 フィオナは頷いた。

 だが、その顔に達成感はなかった。


 むしろ、肩の力が抜けたような――長い旅を終えた旅人の顔だった。

辺境なので

「疲れた?」


 思わずそう尋ねると、彼女は少しだけ笑った。


「……少しね」


 その笑みを見て、彼は初めて安堵した。

 長く続いた戦いは、ようやく終わった。


 だが同時に、それは二人にとって、ようやく始まりを迎えたということでもあった。


 王太子妃としての彼女ではなく。

 辺境伯令嬢でもなく。

 天才魔導士でもない。

 ただのフィオナが、そこにいた。





 その日の仕事を終えた夜――

 二人は、いつもの工房にいた。

 十三の頃から変わらぬ場所だった。


 古い机。

 煤けた工具。

 壁には、最初に作った粗末な魔導具が、今も飾られている。


「覚えてる?」


 フィオナが、それを指差した。


「もちろん」


「あなた、あの時最初はすごいふくれっ面をしていたわ」


「いきなり『無駄が多い』って言われたからな」


「事実だったもの」


 彼女は笑った。

 その笑い声を聞いて、バイトノールはようやく決めた。


 六年――


 いや、それ以上かもしれない。

 言わずに済ませてきたことを、もう先送りにはしたくなかった。


「フィオナ」


「なに?」


「今度は、義務でも契約でもなく……」


 言葉が詰まる。

 情けないと思った。

 王家をひっくり返す仕掛けを組み上げる時には、こんなに迷わなかったのに。


 だが彼女は、急かさなかった。

 黙って待っていた。


 ようやく、その先を口にする。


「……俺を選んでほしい。

 誰かに決められた関係じゃなく、俺自身の意志で、君と繋がりたい」


 沈黙が落ちた――

 長いようで、ほんの一瞬だった。


 やがてフィオナは、ゆっくりと彼の手を取った。


「ずいぶん長くかかったわね……」


「……待たせた」


 するとフィオナは、静かに微笑み頭を振った。


「いいえ。必要な時間だったのでしょう」


 その返答は、迷いのない承認だった。


 その言葉に、胸の奥が熱くなる。


 ああ――そうか。

 彼女もまた、自分と同じものを見ていたのだ。


 急ぐことなく、焦ることなく。

 それぞれの場所で、それぞれの役目を果たしながら。


 いつか訪れるこの日のために。


 王家に奪われた時間は、もう戻らない。

 失われた歳月を惜しまぬと言えば、嘘になる。


 だが、その年月があったからこそ、今こうして隣に立っていられるのだと思えば、それもまた悪くはなかった。


 これから先は、誰かに与えられた役目ではない。

 誰かの都合で結ばれる関係でもない。

 理を組み立てる者と、それを形にする者。


 十三の春に始まったその歩みを、今度は人生そのものとして、共に続けていく。


 ならばもう、十分だ。

 王家に奪われた時間は戻らない。


 だが、これから先は違う。

 誰の命令でもなく。

 誰の都合でもなく。

 二人の意志で、未来を築いていけばいい。


 そうして彼は、初めて迷いなく、その手を握り返した。

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