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真夜中の背徳感

作者: 晴恋
掲載日:2026/03/30

 寒さが増した12月。首にマフラーをぐるぐる巻いている恭平は、大学の中庭にあるベンチでスマホを見ている。

 「きょーへい!何してんのっ?」

同じ学部のトオルが恭平の隣に座った。

「んー、ネットニュース観てる」

「珍しい、真面目じゃん。何のニュース?」

「火事」

「火事?」

「うん。昨日さ、由紀ちゃん家の近くで火事があったんだってさ。ニュースになってるかなぁと思って」

「由紀ちゃんって、恭平が絶賛片思い中の?」

「絶賛は余計。今日、講義で近くの席になった時に教えてくれてさ」

「へぇー」

「なんか、数ヶ月前にも家の近くで火事が起きたらしくて、不安がってたんだよ」

「え、なにお前、不安だから恭平くん家泊めさせてぇー、とか言われたわけ?」

「んなわけあるか。…ニュース検索したら、結構色んなとこで火事が増えてるみたいなんだよ」

「冬だからじゃない?乾燥する時期は、山火事とかも増えるし」

「あー、たしかに。暖房の消し忘れとかな。俺もさ、今年の1月にバイト帰りの道の途中で火事があったんだよ。俺が通り過ぎた後に空き家が燃えたらしいから、その場にいたわけじゃないんだけど」

「野次馬になり損ねたんだぁ」

「別にわざわざ見に行かねーよ」

「あはは。…あ、これ食べる?」

トオルはリュックの中から取り出したパンを恭平に差し出した。

「食べる!どこのパン?」

「何だったっけなぁ…麦…なんとかだったような」

「トオルがパン屋に行くなんて意外」

「そぉ?昨日の夜、用があって外歩いてたんだけど、小腹空いた時にちょうど見つけてさ。夜中なのに開いてて、閉店前にギリギリ駆け込んだ」

「へぇ」


 「恭平くん!」

「??」

トオルと別れ、大学の正門を出ようとしていた恭平が振り返ると由紀が駆け寄って来ていた。

(!?うわーやべぇ、かわいい…)

 「まだ帰ってなかったんだね」

「あ、うん」

由紀が恭平の手元を見た。

「…あ!それ麦ハーモニーのパンだよね?あそこのパン美味しいよねぇ」

「そうなの?これ、トオルから貰ったから」

「うちの近所のパン屋さんだよ。定休日の前日は深夜まで開いてるから、バイト終わりに寄ることもあるんだぁ」

「そうなんだ。今度行ってみようかな」



 年が明け、恭平は実家でコタツに入ってテレビを観ていた。番組と番組の間に流れるニュースを見ながら、恭平の母が独り言を言う。

「あら、また火事ー?年明け早々嫌ねぇ」

(最近、空き家の火事多いな。人が死んでないとはいえ、危ないよなぁ)



 冬休みが終わり、大学が始まった。

 恭平が講義室に入ると由紀が友達数人と席に座っている。少し離れた席に座った恭平の耳に、由紀たちの会話が聞こえた。

「由紀ー、あんた映ってたよ!?」

「えっ?」

「年明けの火事のニュース!野次馬の中にいたでしょ?」

「…バレた?恥ずかしいー」

「先月の近所の火事も見に行ってたし、怪しまれるよー?」

「何で?」

「ほら、放火犯って野次馬として現場に戻ってくるって言うじゃん」

「もぉ、ひどーい。放火の可能性低いってニュースで言ってたよ」

(放火…。由紀ちゃん、わざわざ見に行ったんだ)



 2週間後。講義室に向かう恭平は、偶然トイレから出てきた由紀と鉢合わせた。

 手を洗って腕まくりしたままの由紀の腕には包帯が巻かれていた。

「え、どうしたの?その腕…」

すぐに袖を戻し、包帯を隠した由紀。

「あー…火傷しちゃって」

「え、大丈夫!?」

「うん、少し痕になるかもだけど」

(大丈夫かな…)


 「ふー、ギリギリセーフ!」

講義室に駆け込んできたのは秀明だった。

「珍しいな、いつも早いのに」

「寝坊して、1本遅い電車に乗ったらギリギリだった。本数が少ないから1本乗り遅れるとやばいんだよ」

「早寝早起きのヒデが寝坊することあんだ」

「いやぁ、昨日夜中に町内で空き家の火事があって、母ちゃんや近所の人が騒いでて目が覚めちゃったんだよ。俺は見に行かなかったけど、母ちゃんは寒い中行っててさ」

「じゃあ、お前の母ちゃんニュースに映ったかもな!」

 恭平はみんなと話しながらスマホで秀明の話す火事を検索する。

(お、これか。…え)

火事現場の写真を指でアップにすると、野次馬の中に由紀の姿が写っていた。

(そういえば昨日、由紀ちゃん休みだったな。…何で家から少し離れた町の火事現場にいるんだろ。…あの火傷いつしたんだろ…)

 以前聞いた由紀たちの会話を思い出し、嫌な想像が脳裏に浮かぶ恭平。

(…いやいや、それはない。俺は何考えてんだ)



 数日後の深夜0時過ぎ。恭平は一人暮らしをする部屋で、2つのマグカップに熱いコーヒーを注いでいる。

「やっぱ夜中は、暖房入れてても寒いな」

ぼそっと呟いた。


 (そろそろ寝ようと思っていた時、レポートの一部を写させて欲しいとトオルから連絡があった。…こんな時間ってことは、多分あいつレポートのこと忘れてたんだろうな)


 マグカップを持ち、なんとなく窓から下を見た。

(あ、トオルだ)

アパートに向かって歩くトオルは、窓から見ている恭平に気付いていない。


 チャイムが鳴り、ドアを開けると機嫌の良いトオルがいた。

「遅くにごめんなぁー」

「全然。外、寒かったろ?」

「極寒。お邪魔しまーす」

 トオルは靴を脱ぎ、玄関に上がり、恭平の横を通り過ぎた。その時だ、ふわっと何かの匂いが恭平の鼻を刺激した。

「!」

(この匂い…どこかで…)

「おぉ、あったけぇー。今日は泊まろっかなぁ」


 机にノートを広げ、レポートを写しているトオル。向かいに座っている恭平は、スマホをいじりながら暇そうにしている。

(腹減ったな)

「なぁ、食パンしかないけど食べる?」

「うん、食べる!さんきゅー」


 キッチンに立ち、食パンを袋から出す恭平。

「あ!この家、チョコソースある?」

テーブルに座ったままのトオルが問いかける。

「たしかあったはず…」

冷蔵庫の中を確認する恭平。

「あった!」

「そのチョコソース塗ってさ、これ乗っけて焼こうぜ!」

そう言ったトオルは、開封済みのマシュマロの袋を手にしている。

「何でマシュマロ持ち歩いてんだよ!でも、その案採用!」


 ほんのり焦げ目のついたマシュマロトーストを皿に乗せ、机に置いた。

「いっただきまーす!…うめぇ」

「うまっ。この時間にこんな甘いもん食べるとか背徳感やべーな」

「…背徳感って、夜だから味わえるんだよ。…今さらだけど、夜遅かったし、恭平が寝てたらどうしようかと思ったわ」

「寝ようとしてたよ。ある意味タイミング良すぎ。トオルはこの時間、まだ寝てないか」

「ショートスリーパーだからな。…ちょっとトイレ」


 (トオルに由紀ちゃんのこと相談してみようかな。いや、勝手な想像にトオルを巻き込むのはダメか。…由紀ちゃん…たまたまだよな)


 トイレから戻ってきたトオルは「あれ…なんか燃えてね?」と言い、窓の外を見でいる。

「え、どこが?」

トオルの横に立ち、窓の外を確認する恭平。

「ほんとだ。火事…?商店街の方だよな!?」

 遠くからサイレンの音が聞こえ始めた。

「やっぱ最近、火事多いよなぁ。またニュースになるのかな」

恭平は机に戻り、マグカップを手にした。

「ほんとだな。…かなり燃えてんなぁ」

そう言い、窓から外を見続けているトオル。その表情がふと視界に入った見た恭平は静かに驚く。

(…え)

微かだが、トオルの口角が上がっていた。


ドキッ…


 その瞬間、恭平の中の記憶が一気に蘇る。

(あ…さっきのあの匂いって…)

玄関でトオルとすれ違った時のことを思い出した。


 (去年の1月に火事があった日。俺は急きょ夜にバイトのシフトが入った。だから、いつもより遅い時間帯に火事のあった空き家近くを歩いて帰っていた。

 その時だ、あの匂いがしたのは。甘く香ばしい香りと、どこかで嗅いだことのある香りが混じった匂い。あの日からずっと頭の片隅に残っていた匂い。嗅いだことのある香りは…トオルの香水だ。たまにしか付けない香水。

 …たまたまかもしれない。勘違いかもしれない。そもそも何の確信もない。気付かないフリをすることもできる…だけど…)


 「ここからも大きく見えるぐらいだし、消し終わるのもう少しかかるかもな」

そう言いながら窓際から机にトオルが戻ってきた。

「そうだな…。なぁ、トオル」

「んー?」

「…俺ん家来る前、どこにいたの?」


 ドクドクドク…恭平の鼓動が早くなる。


 「え?普通に家に居たよ」

「…じゃあ、何で商店街の方から来たの?」

トオルの表情がほんの一瞬固まる。

「…寄り道しながら来たから。どしたの、恭平」

「いや、別に」

食べかけの食パンを見る恭平は、何かを思い出しスマホで調べ始めた。

 画面を動かす指が止まる。

(…まじかよ。もうこれ以上聞かなくていい、何も知らなくていい、そう心が訴える…けど)

「そ、そういえば、先月くれたパン美味しかったよ。麦ハーモニーのだろ?」

「そーそー、店名それだ!わざわざ調べたの?」

「由紀ちゃんが教えてくれた。家の近所らしい。…夜遅くにあの辺歩いてたの?」

「あー、うん」

「…火事があった日だよな、その日。火事が発見されたのは24時過ぎって記事に書いてた。トオルがパン屋に寄った時間もそのぐらいなのに、どうして火事のこと知らなかったの?」

「なに、急に。もしかして、俺と由紀ちゃんの仲を疑ってんの?もう、やめろよなぁー」

「違うよ。疑ってるのは…火事のこと」

「へ?どういう意味?」

「…もしかして、火事の原因ってお前…?」

 恭平は手に汗を握りながら、トオルの顔をじっと見た。


 (どうか、違うって怒って否定してくれ。あの場にいたのはたまたまだって言ってくれ…)

「あはは!…お前、すごいな!」

「えっ…」

トオルは少し嬉しそうな顔をしている。

「…何で分かったの?防犯カメラのない地域選んで、目撃された覚えもないし、証拠隠滅は完璧だったはず」

(え…。自分で聞いときながら、思考が追いつかない)

「…ほんとに…トオルが犯人なの?」

「そうだよー。あ、もしかして煙臭かった?やっぱ終わった後に直行して来たのがダメだったかぁ。…だってさ、焼いてる最中にレポート忘れてたの思い出したんだもーん」

「焼いてる…?」

「焚き火でマシュマロ焼いて食べて来たんだよー。去年の1月の時もそうだよ」

「は…?」

「だーかーらー、夜中に散歩してて、マシュマロを焼いて食べたくなって、焚き火するとこないかなぁって歩いてたら、あの空き家を見つけたの。風がほどよく通るし、人に見られないし、まじで最適だった。俺だってさ、ちゃんと火の後始末しようとしたよ?でも、飛び火しちゃったのが、どんどん広がって。消そうとしたけど無理っぽかったから、もういいやと思って」

「いや、おまえ…何言ってんの」

「別にいいじゃん。誰か死んだわけでもないし」

「たまたまだろそんなのっ!他の家に燃え移って、人が死んだ可能性だってあんだぞ!?あんだけ燃え広がってたってことは、お前通報しなかったのか?」

「うん。だって、怒られたくなかったし」

「…っ、そんなの匿名でもいいからすぐ通報しろよっ!…その日は仮に不注意で火事になったとして…他の火事は…?わざと…」

「最初の火事ん時、バレないように野次馬たちよりも、もっと離れたとこから見てたんだけど、その時の炎がすげー綺麗でさ。あの炎を俺が作ったんだって思ったら、ハマっちゃったんだよ。空き家でマシュマロ焼いて、最後に火をつけるの」


ゾクッ…


 「春や夏にもしたことあんだけど、やっぱり冬が1番綺麗なんだよ、炎が。冬のうちにたくさん見たいと欲張ったのがいけなかったかぁ」

「…。」

「あ、由紀ちゃんを怖がらせたのはごめん。あの辺、意外と空き家多くてさぁ…」

 ペラペラと喋るトオルをただただ見る恭平。

(目の前にいるこいつは、本当にトオルなんだろうか。一緒に過ごしていて、少し人と感覚がズレてるなって思うことはあった。…けど、こんな異常なことを平然と楽しげに話す人間だったなんて…)



 しばらく経って、大学の中庭を歩く恭平は、疲れた顔をしている。

(あれから1週間。トオルの名は、連続放火犯として世に知れ渡った。大学内のざわつきは落ち着いてきたが、俺は心の整理がつかないままだ。今でも夢だったんじゃないかって考える)


 ゆっくりと空を見上げた恭平の口から白い息を漏れる。

(俺は、あの匂いを一生忘れない…)


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