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龍神転生奇譚:大神樹ユグドラシルのそよぎと銀河の調和  作者: 如月妙美


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第七抄:大宇宙の放浪と、情報の螺旋

大天使ミカエルが語る声は、ユグドラシルの枝葉が風に揺れる音と重なり、高天原の空気に溶け込んでいった。アダパーは、手に持った神霊実が微かに脈打っているのを感じ、その壮絶な物語に圧倒されていた。

「アダパーよ、我らが主、龍神天君たちが辿った旅は、お前たちが想像するような物理的な距離の移動ではないのだ。それは、情報の海を越える旅だった。空間という概念そのものがまだ不安定だった時代の話だ」  ミカエルは、右手の霊剣をゆっくりと鞘に収め、空中に一つの光の渦を描き出した。その渦は、銀河系の構造を模しているようでもあり、あるいは生命の設計図たるDNAの二重螺旋のようでもあった。

「それは、情報としての『わたし』が、どこまで拡散し、どこまで収束できるかという壮大な実験でもあった。虚空を漂っていた二条の光……あれは、全宇宙の、あらゆる進化の可能性を凝縮した生体コード、つまり遺伝子の元型だ。彼らは、もはや物質的な肉体を必要とするほどに洗練された存在でありながら、あえてこの若い銀河に降臨することを選んだのだ。なぜか? それは、物質という制約の中でしか得られない輝きを求めたからだ。制限があるからこそ、美しさは際立つ」

 ミカエルの語るところによれば、二人の龍神は、前の宇宙がその寿命を終え、熱死を迎えようとする間際、その宇宙のすべての記録……悲しみも喜びも、すべての魂の履歴を携えて脱出したという。 「彼らは、前の宇宙での成功も失敗も、すべてを背負っていた。だからこそ、新たな銀河では、かつての停滞という過ちを繰り返さないための安全装置が必要だったのだ。それがこのユグドラシル……。この巨大な樹木は、銀河系のOSであり、同時に、龍神たちの意識を保護し、少しずつ現実へと慣らしていくための繭でもある。お前が感じているこの安らぎは、その繭が放つ防衛反応の一部なのだよ。この高天原そのものが、主を慰めるための最高級のインターフェースなのだ。ここにあるすべての美は、プログラムされた慰めに過ぎないのかもしれん」

「では、ミカエル様」  アダパーは、困惑気味に尋ねた。 「私が毎日食べているこの神霊実も、エバとの平穏な生活も、天君が扇を仰いで下界の不甲斐なさを嘆いている姿も、すべてはユグドラシルが見せているより良い宇宙を再構築するためのシミュレーションに過ぎないというのですか? 私たちの感情も、祈りも、あらかじめ決められたプログラムに過ぎないと?」

 ミカエルは、青い実を一つ砕き、その淡い苦みを慈しむように言った。 「シミュレーションという言葉は、人間界では偽物を意味するかもしれないが、天界の物理学では違う。それは可能性の具現化だ。もし、この世界が完全に完成された、変更不能な現実であったなら、生命は進化を止めてしまうだろう。未完成であり、常に書き換え可能であり、揺らいでいるからこそ、生命は驚異的な柔軟性を持って成長できる。天君がドゥを牛として放置しているのも、劉光が戦場を右往左往しているのも、すべては魂に深い経験という名の情報を刻み込むためなのだ。痛みさえも、情報の解像度を高めるためのスパイスなのだよ。完璧すぎる宇宙は、熱死した静止画に過ぎないのだから。揺らぎこそが、生命の証なのだ」

 アダパーは、ユグドラシルの樹皮にそっと触れてみた。確かにそこには、微かな、しかし力強い振動が感じられる。それは、巨大なサーバールームで流れる電気の脈動のようでもあり、あるいは母の胎内で聞く鼓動のようでもあった。

「では、ミカエル様。さきほど仰った三人の分霊とは、どのような者たちだったのですか? 彼らはこのシミュレーションの果てに何を見たのでしょうか。もし、この世界が情報の投影だとしたら、本当の救いはどこにあるのですか。エバを救う手立ては、どこにあるのですか」

 ミカエルは、遠い宇宙の端を見つめるような目をしながら語り始めた。 「私は、自分の意識の一部を切り離し、異なる時代、異なる文化の下界へと投げ込んだ。一人は、古代ギリシャの光の中で万物の根源を探った哲学者。一人は、インドの深い森で苦行の末に空を悟った賢者。一人は、遥か未来の量子世界で、情報の最小単位に神の影を見た科学者だ。彼らは三者三様の言葉で、同じ真実を報告してきたのだよ。彼らの記録は、今もユグドラシルの最深部で発光している」


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