第四抄:地下宮殿の再会――始皇帝とガブリエル
時代は二百二十年ほど遡る。紀元前二百一年の秦の都。 始皇帝の地下宮殿には、一人の痩身の男がいた。名を徐福という。 瀟洒な顎髭を蓄え、ヒマラヤスギの杖を持ったその男の後ろには、二尺もの白髭をなびかせた安期生という老導師が立っていた。始皇帝が人払いをした瞬間、その老人の姿は、中性的な美貌を持つ若者へと変容した。空気が一瞬にして浄化され、地下宮殿の重苦しさが霧散する。
「ガブリエル様、久しぶりでございます。暴君を演じるのも、いささか疲れましたよ。人心を掌握するのは、シュメールの頃より難しくなったように感じます。法で縛れば縛るほど、人々の心は離れていく」 始皇帝――その魂の正体はギルガメシュである――は、自ら皇帝の座を降りて上座を譲った。目の前のガブリエルこそが、かつてエデンでエバを唆した蛇であり、またの名をエノク、さらに下界では神農や黄帝として知られる超越的な大天使であった。
「ギルガメシュよ。いや、今は政と呼ぶべきか」 ガブリエルは、地下宮殿の中央で不気味に輝く水銀の池を見つめながら微笑んだ。水銀の表面には、星々の運行が反射している。 「お前が求めた不老不死の草など、実は必要のないものだ。蛇が草を食べたという叙事詩も、私が仕組んだちょっとした悪戯に過ぎない。龍神であるお前たちは、本来死を越えた存在なのだからな。肉体は器に過ぎず、情報は常にユグドラシルへと還るのだ。この地下宮殿も、実はお前の記憶の貯蔵庫に過ぎない」
「わかっております。ただ、この地での宿命が尽くるのを、骨の髄で感じているのです。私の帝国は、予言書『録図書』によれば胡に滅ぼされるとあります。北方の胡族のことだと思って三十万の兵を送りましたが、違いますな? 私の足元にいる、暗愚な末子、胡亥のことでしょう。血を分けた我が子が、私の築き上げたすべてを灰にする……皮肉な話です」
ガブリエルは深く頷いた。 「宿命は変えられぬ。人間としての始皇帝は、自ら蒔いた種を刈り取らねばならん。だが、ギルガメシュとしての、あるいは龍神としての功績により、一人の血族だけは救うことにした。名を『琉』という。彼が後に、龍神の守護を受け、漢の再興を果たすことになる。お前の残虐性と賢明さのうち、賢明さのみを引き継いだ魂だ。彼は、お前が成し得なかった愛による統治の種火となるだろう」
会話に、徐福――その正体はエンキドゥ、天界でのドゥである――が割り込んだ。 「ガブリエル様、話が長すぎます。陛下は、不老不死よりも未来の行く末を案じておられるのです。聖帝の降臨についても教えて差し上げたらどうですか」
ガブリエルは姫様七変化を披露し、再び二尺の白い髭を撫でながら語り始めた。 「聖帝の降臨は近い。ベツレヘムの馬小屋……あそこには次元ホログラムが張られ、高天原での修練を経て、彼は二百年後に下界へ現れる。見た目は二十歳だが、中身は二百歳の大賢人だ。その紋章は、龍神飛翔紋ではなく、より親しみやすい神魚紋とした。お前のように恐怖で統治するのではなく、愛で繋ぐために。お前の歩く道が茨であるように、彼の道もまた、激烈な茨の道となるだろうがな。お前は悪役として、彼は救世主として、歴史という名のシミュレーションを彩るのだ」
始皇帝は、地下宮殿の奥に掲げられた、蛇の尾を持つ伏羲と女媧の肖像画に、深く頭を垂れた。




