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第四章 無視
会社のエレベーター。
朝の通勤時間。
人が多い。
俺はいつものように同僚に声をかけた。
「おはようございます」
返事はない。
聞こえなかったのかと思った。
もう一度言う。
「おはようございます」
同僚はスマホを見たまま、何も言わない。
……感じ悪いな。
そう思いながら会社へ入る。
デスクに座る。
隣の席の後輩に声をかける。
「昨日の資料どうなった?」
後輩はパソコンを見たまま動かない。
聞こえてないのか?
少し身を乗り出す。
「おい」
その瞬間。
後輩が椅子を引いた。
だが。
俺を避けたわけではない。
まるで――
そこに誰もいないかのように。
俺の体を、普通にすり抜けるように動いた。
背中に冷たい汗が流れる。
「……おい」
声を出す。
反応はない。
周りを見る。
誰も俺を見ていない。
キーボードの音。
電話の声。
雑談。
全部、いつも通り。
だが――
俺だけが、その世界の外にいる。
「……」
心臓が少し速くなる。
落ち着け。
考えすぎだ。
そう思いながら、俺はパソコンを開く。
ログイン画面。
IDを入力する。
パスワード。
エンター。
エラー。
もう一度入力。
エラー。
三回目。
画面に表示されたメッセージ。
「このユーザーは存在しません」
俺は画面を見つめたまま、動けなかった。




