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【短編小説】Q,ED逆流性シナプス炎

掲載日:2025/12/21

 浅い眠りはすぐに破られる。

 俺は寝返りをうって、真夜中の部屋に染まった薄青いカーテンが風に揺れるのを眺めていた。

 午前3時。

 逆流性ニューロン炎症で焦げ付いた脳みそが冷蔵庫みたいに唸る。どれだけ生きても厭な思い出が脳みそを蝕む感覚には慣れない。

 それはまるで、ホラー映画に出てくるクローゼットの隙間からこちらを伺う化け物みたいに、脳みそと頭蓋骨の隙間からじっと俺を見ている。

 そうして俺は過去の記憶に神経を溶かされて、その痛みのうちに気を失う。


 恥の多い人生は、後悔や苦痛そのものであり、部屋は叶えられなかった祈りが吹き溜まりになった祭壇そのものだ。

 何が言いたいかと言えば、部屋中に散らばった女の破片や粉々になったフィギュア、アダルトDVDだとかビニール本の断片が静かに息をしているのを眺めていたと言うことだ。

 俺はその腐臭を吸い込む。


 バラバラにした女が投げかけた微笑みは、自分が助かる為の微笑みであって俺の為の微笑みじゃなかった。

 それはフィギュアでもそうだし、映像や本の中で俺に向かって微笑む女優たちも同じだった。

 その笑顔は俺以外の誰かに向けられたもので、決して俺のものじゃ無かった。


 救われたかった。


 だから病院にも行った。

 そこで、真っ白い部屋で長い白衣を着た黒く長い髪をした女医が言っていた。

「あなたの抑鬱傾向は、性的な救われなさから来ていますね。いまはどれくらいの頻度でそういった関係を?」

 俺は女医の柔らかそうな胸元にある黒子を見つめながら答える。

「いえ、ありません」

「無い、とは」

「その様な関係性を持っていません」

 女医は微笑む。

「それは良くないですね、処方箋を出しておきます」

 向き合って座っていた女医は左膝を俺に向けたまま、右膝をデスクに向けてカルテに何かを書き始めた。

 デニールの向こうに見えた三角の小ささに笑いが込み上げたのを覚えている。



 俺は立ち上がって静かに言う。

「あなたは無責任だ。ぼくの相手をしてくれる訳でも無いのに」

 限界だった怒張から自分の遺伝子情報を飛ばして黒子を上書きする。

 女医は冷静に「おめでとう」と言って黒子に降り注がれた白濁をキムワイプする。

 それで終わりだ。

 だから俺は仕方なく、女医の書いた処方箋を持ってソープランドに向かう。



 いや、ハイエースの乗り合いが厭で入口の前を何往復もしただけかも知れない。

 黒服が慇懃な態度で訊く。

「お客さまは、どうしてここに?」

「好きなひととセックスがしたくて」

 ネグリジェの女が訊く。

「それは、わたし?」

「今だけは」


 承認欲求で膨れ上がった睾丸は分身のようにさえ見える。

 その睾丸が俺に問いかける。

「お前はセックスがしたいのか?救われたいのか?」

 俺は睾丸に答える。

「セックスをして救われたいんだ」

 睾丸は嗤う。

「お姫様にチンポを入れたってお前は王子様にはなれないんだよ」

 俺も愛想笑いを返す。


 

 そう、仮に俺が誰かとセックスをしたところで俺は王子様になれない。

 大体、お姫様は王子様とじゃなくてもセックスをする。だからそのセックスは俺の王子様を証明するセックスたり得ない。

 それに、セックスで俺が救われるのなら俺はお姫様だ。



 よって俺が救われる事は無い。q.e.d


「つまりお姫様は本質的に娼婦と言うこと?」

 俺は睾丸に訊く。

「娼婦ではない女がいるとするなら、それは産まれたばかりか死んだ後だ」

 睾丸は嗤う。

「逆に言えば、お前が王子様にさえなればお前が抱く女は全てお姫様さ」


 だけど誰も王子様の成り方なんて教えてくれなかったし、王子様になった他の奴らが言ってる事なんて、俺は何一つわからなかった。

 だから俺は奴らとは違うと思っていた。

 でも実際は俺が奴らと違うだけだった。

 だから女医とソープ嬢と母親と初恋の女をミキサーにかけた。

 それから部屋中のビニール本を切り裂いて床に撒いた。円盤も割った。フィギュアを砕いた。

 その上にミキサーの中身をぶち撒けた。

 それから深呼吸をして眠った。



 もう睾丸は語りかけてこなかった。

 俺によく似た睾丸が黙って俺を見ている。


「緊張してたんだよね」

 ソープ嬢が俺を抱き寄せる。

 ソープ嬢の肩越しに見える、ぬるま湯とその湯気の向こうに運命の女が立っている。

「大丈夫だよ、そう言うひと、いるから」

 ソープ嬢が俺を慰める。

 仮初の恋すらまともに成立させられない俺の、運命の女が俺を見て笑う。

 ゆっくり目を閉じる。

 それは、夢だ。


 目を開ける。

 白い部屋で白衣の女医が座っている。

 膝は閉じられたままだ。

「それはあなたの夢ですよ、当院では処方箋でソープランドを紹介する事はあり得ません」

 尖った白衣の頂上はそれが縫い目によるものか女医の乳首かの2択を迫るが俺にはわからない。

「でも前にその胸元にある黒子を上書きしたときに」

 そこまで言って、女医の胸元には黒子なんて存在しない事に気づいた。

 その胸元には蝶がいた。


 あぁ、俺は夢を見ていたんだ。


 タイル張りの部屋で湯気に飲まれていく。

 俺は何も楽しめずに排水口から流れていく。

 娼婦は俺を救わなかった。

 女医は俺を救わなかった。

 誰も俺を救えない。

 青白いカーテンが揺れる。



「チンコで救われる?女ってのは汚ねえな」

 下卑た笑い声が部屋に響く。

 脳みその隙間からかつて俺が勃起した女たちが見ている。

「お前ら全員不潔だよ」

 俺は笑ってやる。

「ばっちい、えんがちょ、しっしっ」

 俺はチンポを振って追い払う。

「お前らはどうせ俺を救わない癖にどうして俺に微笑むんだ?」

 俺が飛ばしてるのは精液か神経伝達物質なのかも曖昧になってくる。

「抱けよ!セックスさせろよ!抱けよ!セックスさせろよ!抱けよ!セックスさせろよ!」

 俺のチンポが唸り声と風切り音を立てて地面をビタンビタンと叩く。

 女たちは俺を囲み「おめでとう」「おめでとう」と言う。

 女たちが俺を囲んで回り始める。


 その速度が上がり、やがて音速を超えた時に朝が来て、俺はようやく眠りにつく。

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