第5話 また逢う日まで
また逢う日までは尾崎紀世彦さんの曲です。
昭和のヒットソングを検索し、適当に見て決めました。
「これってどういうこと?」
昼休みの校舎の裏で高校二年生の岩佐歩と烏丸りあが立っていた。遠くで生徒たちが騒いでいる声が届いてくる。バトミントンを楽しむものや、一緒に弁当を広げるものなど様々だ。
歩たちは誰もよらない校舎の影で話をしていた。歩の手にはスポーツ新聞が握られていた。
見出しは『キツネ御殿、横川尚美を追放!!』とある。社長の木常崑崑が事務所の立ち上げから二人三脚で付き合ってきた尚美をクビにしたのだ。尚美の弟子である大山和美と山岸秀代、島袋藍もクビになった。唯一残ったのは最年少の秋本美咲だけである。
一連の追放劇はすべて烏丸りあの仕業であるとあった。崑崑の愛人である彼女がキツネ御殿を支配しているとりあと崑崑が一緒に食事をしている写真が掲載されていた。
今後尚美が歌った曲は歌えない。事務所に権利があるからだ。テレビにも一切出さないと崑崑は記者会見で訴えたらしい。その横でりあを猫のように可愛がっていたという。75歳だが汚らしい品性のない顔が不気味だ。
「うん、言いたい気持ちはわかるよ。おじいちゃんと孫ほど離れているしね。でも全部尚美先生の指示なんだよね」
りあが告白した。それを聞いて歩は驚いた。りあ自身なぜこうなったか理解できていないようだ。
「前から先生に命じられてたのよ。社長を騙せと」
「子供に騙されるほど、社長はおバカなの?」
「おバカになってしまったのよ」
りあはため息をついた。尚美がりあに命じたのは、りあなら口車で騙せるからだ。事実りあは一年生の時から男子生徒に告白され、そいつにふさわしい才能を見抜き、昇華させていった。その際に手助けする女子生徒を見繕い、くっつけさせた。恋のキューピットはここでも活躍した。
そんなりあにとって木常崑崑は老人の姿をした子供だった。宝くじで偶然大金を手にし、それを自分の実力と勘違いして育ったような感じだ。
長年、尚美が社長を言いくるめ、コントロールしてきたのだ。新しく入ったものもタレントや事務員を含め、尚美の手がかかっている。北村克子を中心としたアイドルグループも、対抗することで組織を活性化させるためだ。社長は自分の意思で決定したように思わせ、尚美に操られていた。
崑崑が30歳の頃に結婚し、子供が生まれたがその面倒も尚美だった。尚美は結婚する意志がなかった。実は病院で検査したところ、子供が作れない体質と判明したのだ。それ故に血筋ではなく自分の教えを広めることに苦心していた。
尚美が結婚を前提に付き合いがある噂が流れた後、崑崑は涙を流し、「勝ち続けてくれ、勝つことを止めないでくれ」と頼まれたことがあった。これはせっかく大儲けできているのに結婚して台無しになってほしくないからだ。彼にとって金を溜めることが生きがいであり、家族のために金を使うことはあばら骨を持っていかれるほどの苦痛を感じるほどだった。
「もうあのじいさんは最悪よ。カーテンを閉め切った暗くじめじめした部屋に札束の山が無造作に置かれているのよ。それをろうそくの火で一枚ずつ数えて悦に浸っているの。部屋を出るときもきっちり鍵をかけるし、食事とトイレ以外は出てこないのよ。金を盗まれるからって」
呆れる守銭奴だ。それでも事務所として成り立ったのは役員たちのおかげだ。彼らは崑崑にこびへつらう太鼓持ちに見せかけ、実際は息子の狸吉の忠実なるしもべであった。
りあは崑崑に取り入り、彼を口車に乗せた。彼はたちまち機嫌がよくなり、りあの望むことならなんでもさせた。人気がないのに特大のコンサートホールで演奏させ、さらに映画にごり押しさせるなど暴挙が目立った。それもキツネ御殿を陥れるためだ。
「正直私が騙されていると思ったよ。自分みたいな子供に本気で恋するわけないってね。でもあの人は子供よ。自分の想い通りにならないと癇癪を起すガキ大将ね」
りあは呆れていた。尚美の命令とはいえ、子供じみた男を騙せたことが信じられなかった。
現在りあは崑崑の家に住んでいる。家政婦たちは全員彼女の味方だ。常日頃からりあを暴君呼ばわりしておりSNSで宣伝している。これはりあの指示だ。
「りあは平気なの? 本心じゃないのに、SNSで悪女呼ばわりされてるよ」
「それは大丈夫。むしろ演じているのが面白いくらいだわ。心配してくれてありがとう」
歩の心配をよそにりあはにっこりと笑った。
尚美たちはこれからどうなるか。実は人気動画サイトニコヤカ動画で活躍していた。元々尚美たちはボカロ曲、ボーカロイドの歌う曲を歌っていたのだ。それが若者たちに人気を博し、運営会社のドドリアが尚美たちにボカロ作家から曲を提供し、歌ってもらうよう依頼を受けた。現在はネット配信を中心に活動を行っている。ボカロ曲が数曲溜まれば地方営業にもいく。尚美は年配に人気があるが、近年は若者たちにも人気が出ている。ボカロキャラのコスプレをして踊ることもあった。これは和美たちも同じである。
秋本美咲だけ残っていたのは、美咲自身が望んだことだ。りあとことごとく対立し、りあを陥れるためである。
「マネージャーのお兄さんには言ってないよ。あの人嘘が下手だからね。今後は美咲さんの仕事を奪ったりと嫌がらせをするのに忙しいわ。いやになっちゃう」
りあはため息をついた。歩も複雑な気持ちだ。兄の康は良くも悪くもまっすぐだ。うそなどつけるわけがない。でもりあは目的のために嘘をつく。偽りの妲己を演じるのだ。並大抵のことではない。
なぜ尚美は社長を陥れるのか。それは彼が貧乏に殺されかけているからだ。尚美は幼少時金持ちの家に生まれたが父親が暴君で苦しめられた。のちに破産して父親は自殺、母親と貧しい生活をしていたが満ち足りた日々を過ごせた。
崑崑は貧乏な生活で痛めつけられていた。尚美のおかげで大金持ちになれたが、金の使い方を理解できず大人になれず子供のまま老人になってしまったのだ。しかも彼ばかりではなく男性専門のアイドル事務所や大手の事務所も似たようなもので、自分たちが芸能界を支配し、逆らう者は踏みつぶす快楽に酔っていた。
尚美はともに歩いた崑崑を潰そうと思った。憎しみではなく解放を願っていた。りあはそれを聞いて感動したという。
「……すごいなりあは。私はダメだ。最近ワイチューブの人気も落ちてきてるし」
「歩も正直すぎるもんね。思い切ってVチューバに転身したらどうかな?」
「Vチューバ?」
Vチューバはバーチャルを意味する。アバターを作り、本体の動きとリンクさせボイスチェンジャーなどで演じるのだ。
「狸吉さん、最近Vチューバに目をつけているのよ。思い切って相談したら?」
その日以来、りあと顔を合わせる機会が減った。木常崑崑の家に住んでいるからだ。母親の鬼角は大いに喜んでいるという。父親は娘の功績を利用して出世街道まっしぐらだそうだ。
妹のりあは顔を出さずに歌を歌うワイチューバとして活動しているという。こちらはりあが勧めたらしい。現在だっせえわがネットでヒットしていた。
歩は狸吉と相談した後、Vチューバデビューを果たす。金髪の黒ギャルだが実際は男の娘として扱っていた。アバターは狸吉が経営するムジナックスで作られた。パソコンの資材なども用意された。
名前は歩がつけた。玄い姫で、玄姫。やすむは兄の康と歩を足して引いたものだ。
ギャルを演じるのに苦労したが、すぐに人気が爆発。自宅で配信していた。
歩は悪女として嫌われ続ける友人を思って夜空を見上げた。
「また逢う日まで」とつぶやいた。
これが烏丸りあ悪女伝説の始まりです。
りあは海千山千を乗り越えた社長を騙せるとは思いませんでした。
腐った芸能事務所はキツネ御殿だけではありません。
まずはキツネ御殿を潰し、そこから芸能界を壊し再生するのが目的です。




