第2話 時の流れに身をまかせ
岩佐歩は中学生になった。歩は女子の制服を着ることが認められた。ここ近年ではジェンダーフリーが叫ばれており、学校が許可したのだ。正確には歩の父親が説得したのである。いち早く取り組めば学校の評価が上がると校長や教育委員会を口八丁で丸め込んだのだ。
黒髪で肩まで伸ばし、化粧をしている。元々整った顔立ちで体つきを除けば、女性に見えた。
最初は好奇な目で見られた。珍しい動物で近寄らなかった。初めての友達は同じクラスの女子生徒だった。黒髪が腰まで伸びており、前髪は切りそろえていた。人並の美人だが芸能受けするとは思えなかった。
烏丸りあといい、小学生の頃から芸能界に身を置いていた。キツネ御殿という事務所で演歌の大御所である横川尚美が所属していた。だが年配なのでここ最近はテレビに出ることはなかった。新曲も出ずぱっとしない。
代わりにアイドルの北村克子が事務所の柱だ。演歌は横川、アイドルは北村と別れていた。りあは北村の弟子で彼女の家に住み込みで暮らしているという。
りあはよくスマホで有名芸能人と一緒の写真を、クラスメイトに自慢していた。彼女は土日だけ仕事をしており、その際に共演の芸能人と撮影をすることが多かった。だがあまりうれしそうではなかった。一応自分の仕事をクラスメイトに教えておこうという感じで、義務のようだった。
歩とりあは水と油のような関係に思えて、実際は歯車がぴたりとかみ合った関係だった。
歩はりあを見た目通りと思わず、何か腹の中に一物を隠していると見抜いた。
逆にりあは歩の性質を理解し、いろいろアドバイスをしてくれた。
金曜日に歩とりあは一緒に下校しているとき、校門の前に一台の車が止まっていた。黒いメルセデス・ベンツGクラスだ。角ばったフォルム、丸いヘッドライト、グリップタイプのドアハンドル、力強いバンパーとホイールアーチ、テールゲートのスペアタイヤなどが個性的である。
りあはそれを見て苦虫を潰した顔になった。車から出てきたのは40歳ほどの女性だ。茶髪のパーマで身なりは金をかけているがどこか着せられている雰囲気だ。どこかイジワルそうな顔で人を不快にする表情を浮かべていた。
「ひと月ぶりねりあさん。そこの蛆虫は誰かしら? この子に近づかないでほしいわね」
いきなり歩に対して失礼なことを言い出した。歩は事前にりあから「母親は有名芸能人以外近づいてほしくないのよ。でも気にしないでね」と言っていた。
「こらこら鬼角さん、そんなこといったらだめですよ・誰がSNSで暴露するかわかりませんからね」
車から顔を出したのは黒いパーマのかかった41歳ほどの美人だ。北村克子である。16歳でデビューし今では横川尚美よりも売れている女性だ。もっとも歩はぱっとしないと思っている。テレビが無理やり宣伝してごり押ししているようにしか見えなかった。
克子に注意された鬼角は露骨に不快な顔になった。偉大な自分がなんで注意されるのか理解できなかった。それを見てりあはげんなりした表情を浮かべた。
「今日は北川景祐さんと食事するんですよ。それに比べたら些細なことですね」
北川景祐は男性アイドルの大御所だ。克子の言葉に鬼角は魔女のように笑った。とても不気味だ。鬼角はりあの腕を引っ張り無理やり車に乗せて走り去った。歩はぽつんとひとり取り残された。
☆
「あの女は私を装飾品としか思ってないのよ」
月曜日の屋上の入り口の近くでりあは、焼きそばパンを食べながらあぐらをかいていた。歩は手製の弁当を食べている。二人は他のクラスメイトを避けて昼食をとることが多かった。ちなみに屋上には行けない。鍵がかかっているからだ。薄暗く人気のないところが二人にとっての桃源郷だった。
「私を芸能界に入れたのも有名芸能人と仲良くなって、コネを作りたいのよ。同じ芸能人でもテレビに出てない人を見下しているわね」
りあは焼きそばパンを一気に食べると、コーヒー牛乳で流し込んだ。そして豪快なげっぷをする。とてもアイドルには見えない。これは歩以外に見せたことはないのだ。
「毒親もいいとこね。オヤジはあいつの言いなりで何の役にもたちゃしない。妹のりかはブスと決めつけて育児放棄よ。克子さんがあいつをそそのかして叔父さん夫婦の養子にしてくれなかったら、どうなっていたことか……」
りあの顔は真剣であった。両親を憎み妹を愛しているのがよくわかる。まともな性格なのは克子と一緒に暮らしているためだろう。親ガチャに失敗したが出会いによって人生が変わったようだ。
自分の両親は厳しくも優しく接し、兄も大好きだ。実は兄は養子と知り、どこか胸が躍るのを覚えた。
「正直北村克子ってパッとしない印象があるんだよね」
「それは正解だよ。正確には事務所のごり押しだね。昔はよかったけど今はあんまり売れてないよ」
歩の問いにりあは素っ気なく答えた。まるで当然だと言わんばかりである。とはいえ悪意は含まれていない。
「あの人はホテル経営が向いているんだよ。ホテル北村グループって聞いたことあるでしょ? かつては小さいホテルだったけど、横川先生がよく泊まるので有名になったのさ」
「先生呼びするなんて意外だね」
「私も克子さんも先生の弟子だからね」
りあはポケットからチョコレートを取り出し、食べだした。歩は弁当を平らげてふたを閉めた。
彼女と言葉に歩は驚いた。
「キツネ御殿は克子さんが天下を取っているように見えて、実際は全員先生の弟子なのさ。社員もそうだよ。社長の木常崑崑の独裁政治と思わせて、息子の狸吉さんが仕切っているんだよ」
木常崑崑は横川尚美を育てた芸能界の大御所だ。最初は尚美と二人で芸能界の荒波を乗り越えたのだ。近年は演歌の影響も弱くなり、アイドルに力を注ぐようになった。だが幼少時から貧乏に苦しめられてきた崑崑は大金によって正気を失ったのだ。大金を稼ぐことに執着し必要経費すら金を盗まれると癇癪を起す始末であった。最近は豪華な自宅の一室に引きこもり、金勘定をするのが趣味になっているという。ネットを認めず、テレビとレコードに固執していた。自分の輝かしい経歴に瑕がつくのを恐れ、都合の悪い現実から目を背けているという。
「今まで芸能界で芽が出なかった人は、弁当屋とかに嫁入りしたり、生け花やファッションデザイナーになったりするんだよ。先生のコネで。レストラン月世界やスポーツジム浜口、儀容外科朝生やユージン電気、衣服の小沼などいろいろだよ」
りあの言葉に歩は驚いた。ネット動画ではよくCMで見たことがあった。
それにしてもりあはすごい女性だと思った。中学一年生なのに大人だ。クラスメイトたちとは頭が一つ飛びぬけている。
「私もりあちゃんのようになりたいなぁ……」
「私みたいなのになるんじゃないよ。幸せな家庭ならそれでいいのさ。私は人生の師匠に出会ったおかげで、世の中の理不尽を我慢しているのに過ぎないんだよ」
りあはきっぱりと言い切った。その表情は愁いを帯びていた。大人だから人生がばら色というわけではないのか。
自分も時の流れに身をまかせてよいものか。自分も行動を起こすべきかと悩んでいたが、後日克子から狸吉に会わないかと誘われたのは驚いた。
メルセデス・ベンツGクラスは北川景子さんが乗っています。
北村克子はボディビルダーのマッスル北村氏がモデルです。顔はテレサ・テンさんを意識してますね。
烏丸りあはセイレーンの時では名前だけで出演してませんでした。今回歩の友人として出しました。
まともな性格で驚いたと思います。彼女がどういう性格になったのかは本編でお楽しみに。




