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やすむのときめきVチューバー  作者: 江保場狂壱
第2章 やすむの恋心
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第2話 お祭りマンボ

 お祭りマンボは1952年に美空ひばりさんが歌った曲です。

「ふぅ、緊張するなぁ」


 玄姫くろひめやすむは控室にいた。壁に鏡が貼ってあり、簡単な化粧台が並んでいる。会議用のテーブルにパイプ椅子。湯飲みや皿が入った食器棚に電子ポットが置かれていた。

 ここは佐鰭田町の商店街にあるライブハウス、モグラの穴だ。80人から100人は治められる狭小箱である。天井は低く、床はフラットで、汗や香水とタバコのにおいが満載だった。ライブになれば蒸し風呂箱と化す。

 

 彼が所属するセイレーンでは土日にライブを行っている。最初は社長の秋本美咲あきもと みさきひとりだったが、現在はやすむを始めとして様々なタレントが所属していた。

 やすむは袖フリフリの衣装を着ている。今日は日曜日でやすみひとりでライブが行われるのだ。やすむはVチューバーでゲーム実況動画が主だが、オリジナル曲を何曲も歌っており、ミリオンセラーを記録していた。


「やすむ、出番だよ」

 

 コンコンとノックの音がして、やすむがはいどうぞと答えると、ドアが開いた。マネージャーでやすむの義兄である岩佐康いわさ やすしだ。見た目は平凡でヘタレに見えるが、根性のある男だ。


「チェキはどれほど売れたかな?」

「爆売れだよ。みんな姫だのやすむちゃんだのコールが飛び交っていたね」

「なんか疲れてるね、大丈夫?」


 やすむは心配そうに声をかける。康は物販でスタッフとともにライブ後のチェキを売っていた。セイレーンのチェキは1500円だが、地元商店街の商品券を含めて2500円のチェキを売っている。これは文房具店ならボールペンやノート、消しゴムのセットか、書籍1000円分クーポンがついてくる。

 衣服店なら下着類、女性用インナーかメンズボクサーパンツがあり、美咲の推奨下着と煽っていた。

 精肉店なら焼き鳥かからあげ、パン屋なら食パン、鮮魚店なら刺身、青果店なら野菜セットがついてくる。さらに商店街にある飲食店で使えるジュースやビールが一杯無料券がついており、ファンたちが店に集まり、交換した商品を肴に酒を飲んだりするのだ。


 今回は文房具店オンリーで、やすむ推奨の可愛い文房具セットが売られる予定である。この場合でも飲食店で使えるドリンクサービス無料券がもらえるのだ。

 もっともファンにはただのチェキがほしいと不満を漏らすものもいる。商品券原資は商店街負担でセイレーンの持ち出しで赤字リスクは高い。商品券の印刷や配布、在庫管理はセイレーンのスタッフが担当しており、康は最初自分一人でやろうとしたが、断られた。


「何平気だよ。今日は最高のライブにしよう!」

「それならいいけど。この間休みの日に一人で出かけていたけど、それからだよ」

「……、なぁに知人の見舞いに行っただけだよ」


 康の表情は曇ったがすぐにガッツポーズを取ると、やすむは笑顔で返すしかなかった。康は毎月決まった日に知人の見舞いに病院に行くことがあった。少なくともやすむが物心ついてからも決まった日に一人で行っていた。やすむは何か悪いことが起きそうで怖くなる。


 ☆


 ライブの時間が始まった。蒸し風呂状態だが、これでも空調は効いている方だ。ファンは美咲ファンの40代の中年男性が多く、次にやすむのVチューバーファンや新規も混ざっている。全員オタクと呼ばれる人種だ。

 やすむは最初人前に出るのが苦手だったが、美咲に負けてられないと、ライブ活動にも精力的になっていた。美咲への対抗心が小心者のやすむを変えたのだ。

 照明はピンクで、袖フリフリで出てきた。


「みんな~、やすむ来たよぉ♡」


 やすむが手を振りながら笑顔を振りまくと、客席は大歓声を上げていた。最前DDが「姫~~~!!」とヲタ芸を開始する。あまりの熱気にくらくらするが、Vチューバーでは味わえない快感と、美咲への対抗心がむらむらと沸き上がってきた。


「それじゃあ、一曲目いくよ~! ”わたしはなんで、ぞうさんなの?” !!」


 やすむのデビュー曲だ。女の子なのに、自分の股間に象の鼻がついていることを嘆きつつも、笑い飛ばす曲だ。ニコヤカ動画でも歌ってみたなどで大人気である。

 他にも”好きな人は、男だよ”や”かわいいふくが、だいすきだ!!”とやすむの持ち歌が消化される。

 ライブ内は盛り上がってきたが、蒸し暑くなり、頭がくらくらしてくる。化粧も流れ落ちるが、一人では味わえない会館に酔いしれていた。

 康は内心「よし、今日は普通に終わるかも……」と安堵しかけた瞬間、照明が赤く変わったのだ。


「ここで私が登場よ!!」


 突如ステージの横から一人の女性が飛び出した。それは金髪碧眼の美女、秋本美咲だ。赤い生地に鶴の絵柄の着物を着ている。やすむは突然の登場に目を丸くした。客も呆然としている。


「さあ、デュエットするわよ!! 演歌ラップ、強情な女、行きます!!」


 強情な女は美咲の持ち歌の一つだ。本来はしみじみ歌うものだが、美咲はラップ風に歌いだしたのである。

 やすむは負けてなるかと彼女の歌を歌いだした。美咲を嫌っていても彼女の歌う曲は全部歌えるのだ。

 会場は呆気にとられたがすぐに爆笑し始めた。そして大合唱が始まる。さらに最前列のファンたちも「美咲姐さん!!」とヲタ芸を開始した。


 さらに美咲は着物をすとんと脱いだ。着物の下は黒いバニースーツを着ており、ステージの外からうさ耳バンドが飛んでくると、美咲はそれを頭に付けた。胸は溢れんばかりで腰はキュッと括れており、網タイツに包まれた足はすらりと長かった。


「ふふふ、30歳で初のバニーよ!! みんな幸運よ!! あんたも着なさい!!」


 そう言って双子のメイドがステージに上がり、やすむを羽交い絞めにした。そして服を脱がし、ピンク色のバニースーツに着替えさせたのである。胸はないが体つきはすっきりしており、女性に見える。胸のないバニーだ。


「さあ、あんたの大ヒット曲、やすむはやすむだよを一緒に歌うわよ!!」


 やすむは自身のミリオンセラーを美咲と歌う羽目になった。汗が飛び、床がべたべたになる。湿度は32度を超え、酸欠レベルだ。このライブは生配信されており、この日は大いに盛り上がるのであった。

 店の奥では康が頭を抱えていた。


 ☆


「もうわけわかんない!! なんで美咲っちが乱入するのよ!!」


 控室でやすむは愚痴をこぼしていた。自分のライブなのに美咲がサプライズ乱入したため、客は美咲一色になった。しかも美咲はラストに「今度、都或とある動物園でVチューバーと演歌コラボ!! 一年前に購入したレッサーパンダの前でやすむのときめき配信をするわよ!!」と宣言したのである。

 やすむは何も聞いていないがとりあえず「えぇ~!? でも楽しそ~♡」とぶりっ子してみた。

 チェキもやすむと美咲のツーとなり、興奮冷めやらぬ状態であった。やすむはチェキを撮影する康に「康くん、ツー撮って♡」と甘えていた。美咲はそれを見て、横から「うちのマネージャーとるんじゃにないよ!!」とけん制する。ファンは大興奮で「三角関係!?」と騒いでいた。もちろん地元商店街のアピールも忘れない。

 だが好意的な人間ばかりでなく、美咲を取るなと康に殴りかかったものもいたが、従業員に取り押さえられた。


「僕も初耳だよ。なんで乱入なんかしたんだよ美咲!!」

 

 康も寝耳に水で美咲のサプライズに驚いていた。美咲はバニー姿でパイプ椅子に座っている。どこ吹く風だ。


「普通に宣伝したんじゃつまんないでしょうが。なんでもうやるのが私の精神なのよ。康だって見たかったでしょ? 私のバニー姿」


 美咲は蠱惑的に笑いながら、立ち上がる。ライブで汗まみれになり、湯気が立っていた。胸元は汗でぐっちょりになり、事後のように見える。やすむも同じだがこちらはメイクが落ちてしまい、すっぴんに近かった。それでも美少女には見える。


「本当はおにぃだけに可愛がられたいだけなのに……。もう疲れちゃった」


 やすむは弱音を吐いた。康はすぐ慰める。


「やすむは僕なんかと違ってみんなを癒す才能があるんだ。本当に疲れたら休んでいいからね」

「おにぃ……」


 やすむがうっとりした目で康を見た。美咲はそれを見て不快な顔になる。


「で、本当のところはどうなんだ? お前が意味なく乱入するとは思えない」


 康は美咲の方をまっすぐ見た。彼女の性格上、このような無法を行うとは思わなかったからだ。

 美咲は康ににらまれて、音を上げた。


「実はやすむに参加してもらいたい企画があってね。でかい箱でやるからやすむを鍛えるよう克己かつみさんに指示されたのよ」


 克己は石原克己のことで、セイレーンの副社長的存在だ。そんな彼が今回のサプライズを企画した。それほど大きな企画なのだろうか。


「それにおばあちゃんもうちの会社の金でライブハウスを借りてるんだから、もっと売れろと催促されてんのよね。仕方ないのよ」


 美咲の外祖母は秋本哲子あきもと てつこといい、地元では秋本建設の会長を務めていた。実際は息子に社長の座を譲っているが、今でも影響力は強い。もっとも哲子は銭ゲバというより、美咲が早く結婚してひ孫を見せろという意味合いが強かった。美咲も彼女には頭が上がらないのだ。


「はあ? あーしに何をやらせようってわけ?」


 やすむが嚙みついた。汗でぐったりしているが、文句を言わずにはいられなかった。


「スタンドアップスピーチヒーローって企画よ。ジパングテレビと読拾よみひろい新聞主催で、シュガーとしおが主催者なのよ」


 シュガーとしおは、現在80歳だが、複数のレギュラー番組を持つ怪物だ。彼がしゃべるだけで視聴率が安定すると言われている。40歳の頃は、彼の冠番組はお化け番組と呼ばれていたが、週刊誌の編集部に殴り込みをかけて逮捕されたり、ヨットで事故を起こし半年入院したりと話題は事欠かない。現在は劇団を立ち上げ、息子が舞台で活躍していた。

 

22歳のやすむですらテレビで顔を知っているくらいだ。そんな人が主催する企画。いったいどんな企画なのか、不安になる。そこに康が背中からぎゅっと抱きしめた。不思議と心が安らかになる。美咲はそれを見て苦虫を嚙み潰したようになった。


「確かそれってフジサンテレビとクリスタルエデン主催じゃなかったか? 伊達賢治だて けんじさんが企画したと思ったけど」

「なんでも伊達さんから企画を譲り受けたそうよ。俺ならもっと盛り上げるってね」


 康の問いに、美咲がやれやれと手を振りながら答えた。伊達賢治は芸能界では良くも悪くも話題の中心だ。伊達はシュガーとしおの子供ではと噂されていたが、本人は否定している。

 何かが起きる。やすむはそう思わずにいられなかった。

 シュガーとしおはビートたけしを意識しています。スタンドアップスピーチヒーローは彼が主催者となります。本来フジサンテレビとクリスタルエデン主催ですが、いでっちさんの許可は得てます。

 名前の由来はお天気キャスター、佐藤敏夫がモデルで、変換すると砂糖と塩になるエピソードから取りました。

 美咲のバニーはXでイラストを投稿したので、こちらでも出そうと思いました。

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― 新着の感想 ―
まず連載再開に驚きと喜びを。どういった心境でこのアクションをおこされたのか気になったところではありますが、率直に面白いと思いました(#^.^#) まぁそもそも我々は一次創作を主たる前提としております…
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