第13話 結婚しようよ
結婚しようよは吉田拓郎氏の曲です。
「おめでとう!!」
祝福の言葉と拍手が巻き起こる。ここはホテル北村グループのホテルにある会場だ。今は泉香菜と伴裕貴の結婚式である。香菜は純白のウェディングドレスに身を包み、伴は黒いタキシードを着ている。香菜は20歳で伴は50歳だ。式場には蒼井企画のタレントたちが出席していた。アビゲイルやバニラアイスなど錚々たる面々だ。
岩佐歩は学校の先輩として招待されていた。隣には金髪碧眼の30歳の美人が座っていた。秋本美咲だ。二人とも黒いすっきりしたドレスを着ている。歩はすでに美咲の個人事務所セイレーンに所属していた。
美咲は歩を警戒している。歩の兄、康に対して色目を使っているからだ。彼が性同一性障害で、女として見ていることも知っていた。だからといって康を奪われていいと思わない。相手が男だから寝取られる心配はないが、今の世の中、同性愛が珍しくない時代だ。
「香菜もすごいわね。自分の父親と同じくらいの男と結ばれたんだから」
「実際は両親より若いんだけどね」
歩と美咲は新婚の席を見ながらつぶやいた。仲人は演歌の大御所、横川尚美だ。さらにホテル北村のオーナー夫妻も出席している。伴の元妻である堺駿子も一緒だ。
結婚は立会人が重要だ。尚美はフリーの身だが、芸能界に対して多大な貢献をもたらしている。いざとなれば彼女が後ろ盾になる。
「SNSじゃ、伴さんはロリコンだの犯罪者だの呼ばれてますね。それ以上に香菜さんもフェミから攻撃されてます」
40歳ほどの白髪のパーマの女性が答えた。こちらも黒いドレスを着ている。烏丸りあだ。キツネ御殿をひとりで処分したため、苦労を一切被ったため一気に老けたのだ。
現在は北村克子の次男と結婚して、北村りあと名乗っている。芸能界時代とかけ離れた風貌で、誰も彼女が烏丸りあと気づかないだろう。彼女は大学に通い、北村グループの就職を目指していた。次男はコックで、有名な料亭で修行中だ。彼女は妻として夫を支えていた。
「でも、漫才は面白いです。昔のより、今の方が別物ですね」
りあの左にいるのは、彼女の妹、烏丸りかだ。普段は地味な彼女も結婚式は化粧をして美容院で髪を整えている。眼鏡をかけておらずコンタクトレンズを入れており、こちらも別人に見えた。
「そうなんだよね。全然合わないと思ってたのに、すごくかみ合っているもん」
「相性なんて見ただけじゃわかんないわよね。りかは康を寝取るし」
歩の問いに美咲が答えた。彼女はりかをにらむ。りかはそれを見て申し訳なさそうに縮まっていた。
「私ですら誘っても動じなかったのに、いったいどんな手品を使ったのかしら。あなたが泥棒猫の真似をするなんて驚きだわ」
「ねっ、姉さんが勧めたんじゃない!! 康さんは私みたいな地味子が好みだって!!」
「お前のせいか!!」
「いいじゃない、どうせ美咲さんは危機感を抱かないと動けないんだから」
りかの爆弾発言に、美咲は爆発した。りあは優雅にワインを飲んでおり、どこ吹く風だ。ちなみに康はこの場にいない。女性だけである。康はりあのことに気づいていない。烏丸りあとは別人と思っていた。
美咲はりあにつかみかかる。りかはそれを止めようしていた。歩はそれを呆れるように見ていた。
歩は香菜のウェディングドレスを見て、羨ましく思った。彼女の場合年の差だが結婚はできる。
日本では同性愛者との結婚は認められない。事実婚はあっても法的には認められないのだ。
自分は性同一性障害だが、世間は自分を男として扱われている。そもそも世間はまだまだジェンダーフリーの理解は乏しい。オリンピックでは男が女性と偽り、女性と一緒に競技に参加することがあり、賛否両論が分かれている。アメリカでは男女の区別をしただけで差別主義者と騒ぎ、脅迫や殺人などに発展することが多い。それ故に日本は同性愛者の法律設備に躊躇しているのだ。
歩はVチューバーとして玄姫やすむとして活躍している。その一方で本人はやすむの格好をしてなり切っている。康の前ではやすむを演じているが、美咲たちの前だと普通にしていた。
いったいどれが本当の自分なのかわからなくなる。だが後輩の香菜のアグレッシブな行為を見て歩は決心を固めた。
康とやりたい。それだけが歩の目標となっていた。
☆
その夜、セイレーンの事務所には歩と康だけだった。佐鰭多町の住宅街の一角にあり、周囲は空き家が目立っていた。もっとも観光客が増えたため、地元の若者が抜けていく代わりに、面白いことを求める若者が入ってくる状態になっていた。
美咲は尚美の家で一泊するという。りかも北村一家で泊まるそうだ。他のスタッフは自宅で子供の世話に忙しい。他のタレントたちもセイレーンが用意した家に住んでいる。
「おにぃ、お疲れ様」
歩はソファに座っている康に声をかけた。彼は2回目のメテオシャワーフェスのために動き回っていたのだ。歩は缶ハイボールを差し出す。ビールと違って糖分がないので、ダイエットに最適なのだ。もちろん飲みすぎは良くない。
「ありがとう」
康は礼を言うとハイボールを飲んだ。康は30だが見た目は地味で女性にもてる要素がない。代わりに高スペックで仕事のできる男だ。女性は見掛け倒しの瓦よりも、玉を好む。高校時代から美咲以外に眼中がなく、キツネ御殿時代でも女性と関係を持ったことは一度もなかった。
「まさかおにぃがりかっちに手を出すなんてね」
歩のつぶやきに康はハイボールを噴出した。げほげほとむせる。
「なっ、何を言い出すんだ!!」
「それでおいしかった? りかっちて脱ぐとすごいんだよ?」
歩はソファによりかかり、いたずらっぽく笑った。康はますます赤くなる。
「からかうなよ!!」
「おにぃはあーしに魅力を感じないの?」
歩は康の両肩を掴むと、ぐぐっと顔を引き寄せた。唇が振れそうになる。康は困惑していた。彼にとって歩は弟だ。女装しても変わらない。だが歩にとって康は異性であった。男のシンボルはついているが、心は女だ。
「あーしはねぇ、おにぃだけに見てもらいたの。おにぃだけいればいいの。それなのにおにぃは美咲っちたちに夢中だし、嫉妬しちゃうよ」
「歩、お前は……」
歩の言葉に康は詰まった。可愛いものが好きと言っているが、歩が性同一性障害とうすうす感じていた。だから歩に対してお前は男とは言わない。歩にとって自分は恋の対象になっていることも気づいている。しかし戸籍では自分たちは兄弟だ。相手にすることはできない。子供はできる心配はないが、それでも歩の望みをかなえさせるわけにはいかないのだ。
「ん!!」
歩は強引にキスした。康の目は見開いている。数秒間、歩たちはお地蔵様のように動かなかった。
そしぷはっと口を離す。よだれがちらっと光っていた。歩の目は完全に発情した雌猫である。
「あーしを女として扱ってほしいな……」
歩は服を脱いだ。全身小麦色に日焼けしている。骨格は完全に男だが、普段から筋力トレーニングはしており、遠目では女性に見える。パンツからは股間が膨らんでいた。
「逃がさないよ……」
歩は蠱惑的に笑う。康は蜘蛛の巣にひっかかった蛾であった。
☆
「おはよう」
美咲が帰ってきた。
「ああ、おはよう……」
康がよろよろと出てきた。まるでゾンビ映画のゾンビだ。美咲はそれを見て怒りの表情を浮かべた。
「康!! あんた歩に手を出したでしょ!!」
「なんでわかるんだよ!!」
「わかるわよ!! あんたの顔見れば!!」
美咲は康につかみかかる。そこに歩が出てきた。康と違ってけろっとしている。もっとも尻を撫でていたが。
「おはよ~美咲っち。朝から痴話喧嘩? 熱いね~」
「うぐっ!! あんた康としたでしょ!! この泥棒猫!!」
「あーしは泥棒猫じゃないです~、岩佐歩です~」
美咲が烈火の如く怒っているが、歩は茶化してベロを出した。
実を言うと今回の件は美咲が仕組んでいた。康は秘密を一生しゃべらないが、ため込みすぎるのはよくないのでこのような形にしたのだ。美咲としては康一筋だが、彼は美咲を繊細に扱っており物足りない。りかや歩が相手をしても浮気と思わず、康のためだと思っている。この時点で美咲の道徳観はいびつであった。
「康!! どういうことか説明しなさいよね!!」
「わっわかったよ!!」
康は美咲に居間に引きずられていったが、歩と目が合うと、ぱちっとウインクした。歩は右手を振って見送った。
「なんか身体が軽くなっちゃったな~。今日も元気に配信だ~」
歩は軽く伸びをすると配信部屋に向かった。今まで自分の体っを縛り付けた鎖から抜け出せた気分だ。周囲から好奇の目で見られ、怪訝されてきたが、タンポポの綿毛のように軽くなり、どこまでも飛んでいける気分になった。もちろん気のせいかもしれないが、精神的にはかなり自由になったと思う。
居間から雷の如く大声が聴こえる。
「もう結婚しようよ!!」
美咲と康が争う音が聴こえた。そこに歩のスマホにメールが届く。それは緒方真世からであった。
『この間のスピーチヒーローの予選が通過したよ。決勝進出決定だ』
歩はそれを見て驚いた。エントリーには200万を支払って一次予選と2次予選に参加したのだ。それ故に冷やかしはおらず、どの事務所も俳優や様々な職種が参加したのである。
出場者は6名に絞られたという。
歩の心臓が太鼓を思いっきり叩いたように響いた。大きな舞台に立つ緊張感に震えている。まるでサーカスの綱渡りをしている気分だ。
隣の部屋では美咲と康がまだ言い争っている。それを見て歩はほっとなった。
今回で最終回です。康と歩のプレイはコミック快楽天を意識してます。男の娘プレイはないけどね。




