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第12話 いい日 旅立ち

 いい日旅立ちは山口百恵さんの曲です。

「ああ、くたびれちゃったわ」


 ここは都心にあるスイーツの店だ。普段はSNS映えするスイーツを提供する人気スポットだが、VIP向けの部屋がある。芸能人など顔を隠したい人間が利用しているのだ。

 シンプルで飾りっけのない部屋で3人の男女がテーブルを囲み、パフェを食べていた。高級だがカラフルでフルーツやお菓子がちりばめられており、おしゃれであった。

 一杯三千円もするとんでもない値段だが、味は超一流で、むしろ安すぎると非難されるほどであった。

 岩佐歩いわさ あゆむ烏丸からすまりあ、その妹りかがいた。

 りかは飾りっけのない地味な服装で、街路樹のような扱いを受けそうな女性だ。二十歳だがまったく花がない。顔は前髪で隠れており、黒い縁の眼鏡をかけていた。だぶだぶした灰色のセーターを着ている。

 逆に姉のりあはすっかり老けていた。髪の色は白くなっており、五十歳ほどに見えた。シックな黒いスーツを着ている。上品な老婦人に見えた。

 彼女が所属する芸能事務所、キツネ御殿は倒産したのだ。社長の木常崑崑きつね こんこんは急死してしまい、りあひとりだけが取り残された。他の役員たちは面倒事を嫌い一足先に逃げ出したのだ。会社はもちろん、社長の家は取り押さえられた。りあは借金まみれになり、ソープランドに売られた設定になっている。


「姉さん、すっかり変わってしまったわね。お母さんみたい」


 りかが憐れむように言った。彼女は幼少時に母親の弟、叔父の烏丸善人からすま よしひとに引き取られたが、姉とは月に一度は面会していた。りあが居候していた元アイドル歌手の北村克子きたむら かつこが面会場所を提供してくれたのだ。二人の母親、烏丸鬼角からすま きづぬは人間のクズで、りあを自分の装飾品のように扱っていた。娘が有名人と写真を撮っただけでマウントを取る嫌な女だった。ママ友には例外なく嫌われており、腫れもの扱いされていた。

 りあは二十二歳なのに、母親そっくりになってしまった。ただし鬼角はイジワルそうな魔女の顔だが、りあは優しいおばさんといった感じだ。キツネ御殿を一人で片付けたために急激に老けたのである。これは彼女が言い出したことだ。実際は役員が彼女に会社の整理法を伝授させ、それを彼女一人に任せたのである。

 逃げ出した役員たちは横川尚美よこかわ なおみの弟子が経営する会社の再就職していた。彼らはキツネ御殿の栄光を飾ることなく、新人として真面目に働いていた。元々戦力になるように各会社にふさわしい技術を磨いていたので、会社に貢献できたのだ。


「それでいいのよ。おかげで誰も私を烏丸りあと思わない。金のかからない整形美術ね」


 りあはパフェを食べながら言った。彼女は北村克子から法律の勉強を教わっており、今回生かしたというわけだ。


「でもりあがソープに売られたって話を聞くよ。なんでそんなひどいうわさが出たの?」


 歩が心配そうに尋ねた。SNSではソープで働くりあの写真が投稿されていた。歩が見れば顔が似ているだけの別人と一発でわかるが、世間ではりあが風俗に落とされただの、りあを抱いただの品のない話ばかりだ。


「それは別人よ。孤児の女性が私の顔を整形手術したのよ。源氏名をりあにしてね。本名は別よ。世間では私が風俗で働いているように思われているけどね」

「なんでそんなことをしたのかしら。自分が世間に苦しめられるだけなのに」

「本人の意思よ。親に捨てられ誰も助けてくれない人生に絶望したけど、私の身代わりになって世間を混乱させたいと言っていたみたいね。風俗嬢を辞めたらうちの会社に就職させるわ。恩返しのためにね」


 歩の問いにりあは答えた。その女性は三門会に命令されたわけではなく、自主的に行ったらしい。どうせ失う者はないからと、貯めた金でりあの顔に整形したらしい。りあはその女性の恩を報いようとしていた。三門会の会長、三門順吉みかど じゅんきちも彼女の護衛はしっかりさせるよう命じているようだ。


「姉さんはすごいな。世間を相手に大ペテンを仕掛けたんだから。私なんか無理ね。精々動画配信で歌うだけだし」

「りかの方がすごいわよ。だっせえよという動画が一億以上再生したじゃない。私なんかよりずっとすごいわよ」


 りかが自傷気味に答えると、りあは否定した。

 りかが高校時代に動画投稿しただっせえよは現在一億以上再生されたのだ。最初はただ気晴らしに歌っただけだが、鋭い歌詞と野太い歌唱力で人気を博したのである。定期的に新曲を出しているが、だっせえよには及ばなかった。それでも1千万近くは超えている。


「で、そろそろ所属事務所を決めないとね。りあはどこがいいと思うかな?」

「もちろんセイレーンよ。緒方さんや石原さんも薦めていたしね。それに歩も入るんじゃないの?」


 歩が訊ねると、りあはパフェを食べ終わり、コーヒーを注文した。


「セイレーンて秋本美咲あきもと みさきさんの個人事務所だよね。社員を募集しているの?」

「美咲さんは個人の力じゃなく、組織の力で佐鰭多町を生かしたいのよ。新たなタレントを加えて盛り上げるのが使命と思っているわ。どれも緒方さんがスカウトした人たちで募集を固めるそうよ」

「緒方さんは交友関係が広いからね。キツネ御殿では冷遇されていたって話だけど」


 りあの言葉に歩は思い返した。キツネ御殿というか社長の木常崑崑は社員を見下していた。自分だけで支えていると思い込んでおり、社員の功績を一切認めなかった。だが副社長の木常狸吉が実質運営していたので問題はなかった。


「世間ではそう思わせておかないとね。いくら社長が馬鹿でも外じゃわからないからね」

「なるほどね。姉さんは長年世間を騙していたんだ。お母さんも含めて」

「あいつらはどれも馬鹿だからね。私がどれだけ警戒しても、想像以上の馬鹿だったわ」


 りかの問いにりあは注文されたコーヒーを飲んだ。冷たいパフェを食べた後に飲むコーヒーは格別である。他の二人は紅茶を頼んでいた。コーヒーは苦手なのである。

 りあの母親は娘が地獄に落ちた途端、勘当して逃げ出したという。娘が苦行の道を歩まされても、自分だけは安全できれいな道を歩きたい。腐った精神の持ち主であった。父親の貴男たかおも一緒に逃げたという。どうしようもない両親に、歩は背筋が凍った。自分がどれだけ家庭に恵まれていたか、思い知った。

 りあとりかは親ガチャに失敗した姉妹だった。だが横川尚美と北村克子という釣り針に引っかかり、一流のコックに調理されたと言える。人生はどう転ぶかわからない。歩はそう思った。


  ☆


 スイーツを食べ終えて、店の外に出た。すでに周囲は暗く、ビルの隙間から車のライトが人魂のように飛んでいく。不夜城に見えて実際は恐山の霊場の如く、無数の魂が飛び交うように思えた。

 三人はタクシーを呼び、待っていたが、影がのっそりと浮かんできた。それは鬼だった。まるで湖から這い上がってきた水死体のようにボロボロで、幽界から抜け出たように見える。


「ひひひ、りあ……、見つけたわよ」

「!? お母さんどうして……」


 それはりあとりかの生みの烏丸鬼角であった。彼女は安達ケ原の鬼婆のような顔だ。手には包丁を持ちだしており、まさに妊婦を狙う黒塚だ。


「お前にお母さん呼ばわりされる筋合いはない!! お前のせいで私は恥をかいたんだ!! この世で一番偉いのに、馬鹿にされる苦痛がお前にわかるものか!! 殺してやる!!」


 鬼角はよだれを垂らし、目は血走っていた。彼女にとって周囲から馬鹿にされることは死ぬことよりつらいのだ。自分はこの世を支配しており、世界最強の存在だと思い込んでいる。さらに法律は自分の都合よくならねばならないと信じ切っていた。

 

 鬼角は包丁を振り回して襲ってきた。奇声を上げる姿は手負いの鹿のようであった。草食動物でも暴れれば人間の手には負えない。角が凶器になり人の命をたやすく奪う。

 歩は地蔵のように足が動けなくなった。自分が標的ではないと心で理解しても、助けに行くこともできない。それほど歩にとって目の前の凶事は衝撃的なのだ。


「そうはさせぬ!!」


 そこに一人の中年男性が駆け付けた。包丁を持つ手を叩きつけると、鬼角の首を右腕で締めた。

 鬼角は目をむくとぐったりと倒れた。


「お父さん!!」


 りあが叫んだ。彼はりあたちの父親、貴男であった。薄毛で丸眼鏡をかけており、ちょび髭を生やしていた。背広を着ている。顔つきは鋭く場数を踏んでいる雰囲気があった。さえない一般人を演じているアクション俳優のようだ。


「この女は私が片付ける。もうお前たちの前には現れない。幸せに暮らせよ」

「ありがとうお父さん」


 りあとりかは同時に頭を下げた。貴男は鬼角を連れて、近くに止めてあった車に乗せた。それ以来彼女は姿を見せなかった。


「お父さんはお母さんをうまく手なずけていたのよ」


 唖然となった歩に対して、りあは説明した。読んだタクシーで三人後部座席に乗っている。運転手は三門会のフロント企業が関わっており、彼女らの秘密を暴露することはない。やればその身は骨ごとアスファルトの合材となり、存在を消す羽目になる。

 元々貴男は鬼角をうまく操っていたのだ。彼女は夫を何も言えない気弱な操り人形と思い込んでいたが、実際は貴男によって操られていたのだ。彼自身幼少時から家族はおらず施設で暮らしていた。そのため常人より人の顔を伺うようになった。施設の職員から人を言いくるめる方法を教わったのも大きかったそうだ。

 りあが克子の家に居候したのも、りかが鬼角の弟善人の養女になったのも、貴男が自然と口にしたものを鬼角が自分で考えたように仕向けたのだ。彼女は自分で考えたことがなかった。夢の世界で目に見える景色は現実のものではないのだ。


「お父さん曰く、お母さんは自分一人で海外に逃げようとしたらしいけど、うまくいかず失敗したらしいわ。それで腹いせに私を殺そうと探していたみたいだけど、あえて私の居場所を教えて現場を取り押さえる段取りだったのよ」

「ええ!? 知っていたなら教えてよ!!」

「ごめんね。あいつをおびき寄せるために知らせなかったのよ」

 

 りあは謝った。歩はぷんぷん怒っている。姉妹が慌てなかったのは、父親が確実に助けてくれると信じていたからだ。彼は世間を欺くため、鬼嫁の言いなりになる夫を演じ続けてきた。本職は三門会のフロント企業に勤めており、暴力沙汰はお手の物だった。さすがに彫り物はしていないし、盃も交わしていない。後日彼から連絡が来て、鬼角はショックで精神が子供になり、簡単な仕事をして過ごしているそうだ。自分の名前すら思い出せず、絵本やアニメを見てはきゃっきゃと喜んでいるという。それを聞いたりあとりかは安堵したそうだ。


「りかはどっかの事務所に所属した方がいいよね。それならセイレーンがいいんじゃないかな」

「セイレーンは秋本美咲さんの個人事務所でしょ? 募集はしてないのでは?」

「それが真世さんから連絡が来て、今度未来の美咲ちゃんコンテストをやる予定なのよ。あなたはそれに出なさい。どうせ参加者全員採用されるんだけどね」


 りかの問いにりあが答えた。セイレーンは社長の美咲だけに頼らず、新人育成に力を入れる予定だ。せっかく佐鰭多町を観光地にするのに、美咲一人に頼るのは危険である。


「そうなんだ。じゃあ私もムジナックスをやめてコンテストに出ようかな」

「いや、あんたは即採用だって言ってたよ。狸吉たぬきちさんもすぐ手続きをしてくれるって」

「早っ!!」


 歩が悩んでいるとりあは即答した。こうして夜は更けていった。いい日、旅立ちと思った。

 烏丸りあは最初歌ってナナちゃんのライバルを意識してました。

 ですがセイレーンでは彼女の悪行だけが文章に出るだけで、実際に彼女は出演していませんでした。

 なので今回りあをきっちりと出せてよかったと思います。

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