表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/14

第9話 ああ無情

 ああ無情はアン・ルイスの歌です。

「メテオシャワーフェスですか?」


 ムジナックスの社長室で、玄姫やすむこと岩佐歩いわさ あゆむが社長の木常狸吉きつね たぬきちと話をしていた。本棚が並び、上質のテーブルとソファが置かれてある。

 狸吉はふっくらした目の丸い狸顔の中年男性だ。人に優しい印象を与えている。


「うむ。北海道を舞台にしたフェスティバルだ。主催はニコヤカ動画を運営しているドドリアで、ヴィベックスや様々な事務所が参加する予定だ。うちはお前さんを推挙するよ、Vチューバー、玄姫やすむとしてね。会場はEEARTH HALLで5000人規模、場所は石狩市の漁港を改造して作るそうだ。人気ロックバンドのLAST BULLETSが参加決定の様だ。他にも如月奏と葉月陽翔率いるジストペリド、海原みなもを含むアイドルグループなどがそろっている。綺羅めくるや、御堂寺敦司に弁財秀人も出演する予定だという。ラッパーのハン・ソックも同じだ」

「すごい豪華ですね。私がそこに出演していいのかな」

「ちなみに秋本美咲はMOONHALLで、小さな町の廃校になった小学校の体育館を利用した会場だ。こちらは歌ウ蟲ケラなどが参加する予定だよ」


 社長の言葉に歩は目を丸くした。今までネット上で同じVチューバーとコラボを組んだことはあるが、生出演は初めてである。もっとも実際は玄姫やすむが出演するのだが、大規模が会場に鼓動が高まるのを感じた。歩は21歳だ。大学はまだ在学中だが勉強と人脈作りに勤しんでいる。


「美咲さんはキツネ御殿所属ですよね。よくあちらの社長が許可しましたね」

「いいや、してないよ。それどころか烏丸りあが社長に吹き込んで、フェスの中止を訴えさせているよ」


 狸吉の言葉に歩は唖然となった。りあは歩の友人であり、悪女を演じていた。なぜフェスの中止をそそのかしたのだろうか。


「実のところフェスの中止は別の事務所でも起きているよ。大抵古い大手の事務所の社長だけが騒いでいる。芸能界は未だに日本武道館やドーム系でないとコンサートをしてはならないと思い込んでいるんだ。地方のコンサートは球場や役場を利用しているけど、それらを見下しているんだよ」


 歩は地方巡業をしたことはないが、りあからは聞かされていた。テレビに出てないタレントは地方で営業をしているそうだ。現在はネットの力で地方に行かなくても動画配信があるが、確実に稼ぐには地方が重要だ。確実に現金を得られるからである。ネット配信は滑ると大損になるのだ。


 狸吉は地方を馬鹿にするな、地方を馬鹿にして地元民に嫌われ仕事をもらえなくなったタレントを何人も見たと教えてくれた。演歌の大御所、横川尚美よこかわ なおみは地方巡業に力を入れていた。自分がテレビに出演できなくなったとき、地方で仕事をもらうためだ。彼女はマネージャーや新人歌手にもそう口を酸っぱくして教育した。もちろん中には天狗になった者もおり、地方を侮辱した発言を繰り返した後、落ち目になっても仕事がもらえず、一般人になってしまった者もいる。大抵芸能生活の贅沢が抜けきれず、借金まみれになってトラブルを起こすことが多かった。


「うちの親父は地方を見下しているんだよ。東京で仕事をすることが真の芸能人と思い込んでいるのさ。尚美さんが地方巡業で勤しんでいるのに、北村克子さんたちをほめちぎり、尚美さんを田舎臭さがうつると差別していたね」

「最低ですね。古くから芸能界で生活しているのに、どうして理解できないのでしょうか」

「親父は尚美さんのおかげで金持ちになれたんだ。すべて彼女のおかげなのに自分が見出したと思い込み、すべての人間を見下し始めたんだよ。実際は俺の母親と尚美さんが協力してくれたおかげなのにな」


 狸吉は履き捨てるように言った。彼の母親は夫の事務所の手伝いをしていたが、夫は彼女の苦労などどうでもよく、すべて自分一人だけで支えていると思い込んでいた。そのくせ病死した後も葬式を出す際に、金を盗んだ泥棒だと死人に鞭を入れる始末だった。そのせいで彼は事務所はおろか、芸能界でも嫌われるようになった。


「今は昔の常識が通用しない。ネットの違法動画のせいで金が落ちなくなっている。逆にネット配信で稼いでいるが、素人でも刺激的な内容の動画で稼いでいるからね。その分金額も減っていく。うちも常にリスクを理解して回避しないといけないからね」


 狸吉はため息をついた。ネット配信でも先ほど言ったとおりに、素人が動画を乱発している時代だ。芸能人だからと言って稼げるわけがない。


「まあ老害がいくら叫んでも無駄だよ。会場は大手事務所と縁がないから、脅しなんか無駄だしね。ヴィベックスもそうだけど他の事務所も古い体制から脱却したいのさ。美咲はあと一年で事務所を辞めるよ。正確には親父が美咲を愛人に雇用しようとして断られて、事務所を辞める段取りなのさ」

「なんで手間をかけるんですか。素直にやめればいいのに。りあも手助けしているのでしょう?」

「普通に辞めても親父は無関心だよ。偉大な自分の愛人になれるのに、それを断られたら親父はプライドを大いに傷つけられる。そうすればヒステリーを起こし、美咲を芸能界追放と叫ぶだろうさ。多くの事務所もそうだがマスコミも同意するだろうね。親父が好きというより刺激的なニュースを提供できるからな」


 歩はそれを聞いて呆れた。マスコミは他人の不幸をネタに飯を食っている。幸福なネタがあってもわざと不幸に陥れようとしていた。近年はそんなマスコミのやり方に愛想をつかし、若者のテレビ離れが進んでいる。歩もテレビは見ておらずネット配信でドラマなどを見ていた。


「でもネットじゃりあが嫌われています。どうして彼女があそこまでやらなきゃいけないのか、理解できません」

「……これはりあが望んだことだ。彼女は母親に痛めつけられてきたんだ。それを救ってくれたのは尚美さんと克子さんなのだよ。それにりあは歌手としては二流だが、人間関係の空気を読み、それを結びつけるのがうまいのさ。これは尚美さんでも無理なんだ。適材適所なのだよ」

「そういうものですか」


 狸吉の説明に歩は含むものがあったが、納得はした。


「この世は常にうねりを求めているのですよ。それを乗り越えたものが生き残るのです」

「ああ、無情ですね」


 歩はそうつぶやいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ