パルプパルプパルプ①
この世界には自分と対になる人がいる(それはまるで神経衰弱のよう)。そして人生はその対になる誰かを探すものである。僕らの祖先のひとり(それは哺乳類だとかそんなんじゃなくずっともっと前の何か)がなんとなくで分裂したあの日からまるで宿命のように牛のおっぱいから取り出した血液由来の成分を遠心分離機で分離させて、さらにそれをぐちゃぐちゃに混ぜて砂糖やらでうんと甘くする、そしてそれをスポンジみたいなものに塗りたくって完成したものを自分の知り合いたちを呼んでバカみたいにでかい包丁で切る行為を見せつける儀式をするようになった。ともかく、今この文章を読んでいるいわゆる我々というものはいつだって何か、あるいは誰かを探しているものであるんだ。
ただあの日(それは説明ができないけど)から、全ては狂ってしまった。ひとつの生物が今まで完璧に混ざり合っていた系譜を狂わせてしまったのだ。そこからは簡単だった。もう全部がごちゃ混ぜになって、しまいにゃ同性間や物や概念にまで自らのペアと言い出したんだ。全てはあの日が原因だったんだ。
というわけで我々人類は妥協に妥協を重ね愛する人間を選別することとなる。誰もが本当の愛を探しているがその為だけに生涯をかけることはなく自分たちの範囲で全てを解決する時代になった。愛は時代を越えるたびに求め合うものではなく許し合うものになっていった。
「お前はこの時代に似つかわしくない思想を持ってるな」
レイサン島は僕の話を一通り聞き終えると苦笑いしながら言った。
「時代は関係ないんだよ。これは事実だから。生物の社会行動学的に言えば同性愛は弱者の証拠なんだ」
僕は新しい知識を得た中学生のように意気揚々と続けた。
「弱い奴らの集まりって聞くと凄く酷いこと言ってるように思えるけど、弱いっていうのは案外悪いことではない。疎外感を感じる人間ってのはその人だけの世界を持ってたりする。僕はゲイじゃないけど別にゲイがいようがどうだっていいんだ。愛する対象が誰であろうとそれが他人ならどうだっていい」
「まあ、わからんくもないがだな。それで結局何が言いたいんだ?」
僕は考えてみた。何も考えずにベラベラ喋ったせいでそう聞かれると困ってしまうんだ。
「何が言いたいわけでもない」
レイサン島は変な目で僕をみた。
「まあ、何を言いたいわけでもないならいいんだよ。別に全てのものに意味を持てって説教したいわけでもないから。人生意味を持たないことの方が多い」
レイサン島はそういうとスマホを起動させて何か文字を打つとまた直して続けた。
「もうすぐ着くみたいだ」
僕はそう言われてようやく辺りを見渡してみた。観葉植物、カウンター、ギターやベースを持った若者たち知らないロックバンドの音楽。僕はいささか緊張していたんだと思う。だって音楽をやってる人たちってすごく野蛮なイメージがあるから。
「今日は何をするの?スタジオで…おいら何も楽器なんて弾けないよ」
僕は弱々しそうにそう言った。正直もう帰りたかった。初対面の相手って苦手なんだよ、まじな話さ。
「顔合わせ程度だよ。お前がこの前作ってくれた歌詞を曲にしたんだ。俺もギターはたいして弾けん。なんせ春休みからギターを始めたわけだからな」
「春休み?それって2ヶ月くらい前ってこと?それで曲を作ったの?」
「金がなかったからギターを買えなかったんだよ。エレキは昔親父が使ってたのがあったからそれを使ってる。曲は買ったアコギで作った」
僕はそれを才能だとは言わなかった。彼が才能って言葉が嫌いってことを知っているからだ。そしてその気持ちが少しわかる気がした。彼は凄く努力をする。それもほとんど努力だとは思わせないほどにうまくやるんだ。かつて彼はこう言っていた
「大抵のことはやってみればできる。やるかやらないかなのにやっただけで才能と囃し立てるのはやったことがなかったり、やらなかった自分を守るためにある言葉だ。俺はやるよ。とにかくやるんだ」
一言一句こう言ってたかは覚えてないけれどこういう感じのことを言っていた。それから僕はもう一度彼を心から凄い奴だと認めた。
「君は人生に暇をつくることが嫌いなの?」
僕は敬意を払ってそう言った。
「どうだろうな、だけどお前とおんなじように思ってるよ。つまらない時間は少ない方がいい。おんなじ事をやるにしても想像力は絶やしたくない」
想像力か。僕はこの1ヶ月そんなものを使った記憶はなかった。工場のバイトと学校と家を行き来していただけだったし、新しい暮らしに慣れるのに精一杯だったからだ。そういえばあれからネコには会ってないなと思った。そしてメッセージを開いて最後に話したのはいつだったか確認してみた。1週間前にネコから暇かどうか聞かれているのを僕が既読無視していたことに気がついた。いつ開いたんだろう?とにかく忙しかったから思い出せなかった。あとで連絡しよう、埋め合わせをしなくちゃならない。
「お待たせ。雨、凄いな。ここは音楽がうるさくて雨の音は聞こえないけど」
1人の長髪の男がレイサン島に話しかけた。それから僕の方を見て手を差し出して名前を名乗った。
「話は聞いてるよ。歌詞書いてるんだって?いい歌詞書くじゃないか、ウーリー」
僕は頷いた。それからレイサン島の方を見た。レイサン島は腕時計を指さしてからそいつに言った。
「連絡が遅い。遅れるのは百歩譲っていいさ。それならきちんと連絡をしろ。遅れるだけじゃダメだ。どのくらい遅れるかを明記しろ。これを続けるんならぶっ殺すからな」
そいつは頷いた。そして僕らに謝罪した。
「ま、バンドマンらしいといえばらしいんだがな。とにかく才能はあるんだし楽器もうまい。それは認めてるよ」
僕は黙ったまま2人のやりとりを見ていた。
「タバコ吸いに行くぞ。ウーリー。お前も来るか?」
僕は首を振った。
「電話しなくちゃならない人がいるから電話してくるよ」
それから2人はタバコを吸いにどこかへ行った。僕も外に出てネコに電話をかけた。3コール目でネコは出た。
「ちょっと忙しくて返信するのを忘れてたんだ。申し訳ない」
「全然いいのよ。別に大したことじゃなかったし。ところで今週末は暇だったりする?」
「ひまだよ」
「あなた、外にいるの?凄い雨の音がするわ」
「今、ちょっと渋谷に来てるんだ」
「こんな雨なのに大変ね。じゃあまた詳細は連絡しておくから」
「わかった。ところーー」
僕はネコに何をしているのか聞こうとしたがネコは先に電話をきってしまった。僕は喫煙所の方に向かって歩いてまだタバコを吸っていた2人に合流した。レイサン島がタバコはいるか聞いたが僕は断った。雨の音とタバコの副流煙の香りが僕の頭の中に入ってくる感覚があった。人生、とロボットが言ったが僕はそれには応答しなかった。これは明らかに人生であるのだ。証明する必要などない間違いなく僕の。
僕は何を探しているんだろうか、この僕という人生で……




