窓のない宇宙船について④
それきり窓のない宇宙船から連絡が来ることはなかった。僕がメッセージを送っても既読すらつかなかった。学校ですれ違ってもまるで僕を知らない人みたいに扱っていた。もしかしたら今までのことは全部僕の夢なんじゃないかとすら思った。別にそんな風にしなくたっていいじゃないか、まるで僕らの時間が悪いものだったようにしなくたっていいと思うんだけど……
だけど僕は彼女の意図を汲み取りこちらからも何かをするということはしなかった。貸していた本は返ってこないし、放った言葉は無かったことにはできない。ただあれは確かに現実だったし彼女が僕とのあれこれを誰かに話すときに僕のことを悪い奴みたいに言おうがそれはもうどうでもいいことだ。人生は記憶と創作で成り立つものだから。僕は静かに彼女の幸せを願うことにした。
「仕方ないことだよ。お前とその子は何もかも違ったんだ」
レイサン島はそう言った。レイサン島は僕の唯一の友達だ。よく一緒に学校を抜け出して玉撞きをしたり、江津湖を散歩したりする。
「ほとんど同じだよ。彼女も僕も何かを探してたんだ」
「いや、違うよ。別にその子を悪くいうわけじゃないけど。お前とその子は違う。残念ながらお前には才能があってお前はそれの使い方に悩んでいる。人生に悩むだけならずっと楽なんだ」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど…僕にある才能も世界を動かすほどのものじゃない」
レイサン島がどこかに歩いて行ったので僕もそれについて行った。彼は落ちていたテニスボールを拾って僕に投げた。キャッチした手にボールの重さを感じる。
「世界を動かすことは大したことじゃないさ。世界は広いように感じるが、実はそうじゃない。実体があるものは皆狭いんだ。地球も、宇宙も、銀河もその先も。おさまるには狭すぎる。よく考えてみろよ、結局お前はお前なんだ。どこにいても自分だけはいつもついてくる。いつもな。シベリアにいようがパキスタンにいようがアムステルダムにいようがそれだけは変わらないさ」
「まるで月みたいだな」
僕はボールを投げ返した。
「この前付き合った彼女との初デートで俺の家に行ったんだ。俺はその日すごく疲れていたから彼女に少し眠らせてくれって言ったんだ」
「それで?」
「それで3時間くらい眠ったんだけど起きたら別れるって言われたよ」
僕は笑った。
「それは君が悪いよ、だって初デートなんだからさ、彼女はいろいろ用意してたはずだ」
レイサン島も笑った。
「それも価値観だ。何もかもが違うんだよ。別に許して欲しいわけでも彼女を悪く言うつもりもない。だが違いは必ずある。寄り添おうと努力したってほとんど無意味なこともあるんだ」
彼は僕にボールを投げ返してもう投げるなよとジェスチャーをして続けた。
「まあ、みてろよ。女の子なんてみんなそうだが数年後には彼氏がいてそれを意気揚々とインスタグラムだとかSNSにあげてるさ。あいつらが欲しいのはそういうものだ。もちろん女だからじゃない。男だってそうだ。つまらない奴らってのはみんなそうしたがるんだよ。だけど、それが普通なんだろうな。ごく当たり前の感性でごく当たり前の価値観なんだ。俺らにはわからないものだ」
強がってはいたが悲しい言葉を吐いている事実は変わらなかった。それはある意味悲しいことだ。彼ほど賢ければ当たり前のものに飽きてしまうし、そういうので競ってるみたいなのが馬鹿馬鹿しくなるんだろう。僕にはなんとなくそのごく当たり前の感性くんたちがとる行動の理由がわかった。それは僕もごく当たり前の人間だからだ。人にはどうしても幸せが飽和するときがあってそうなると誰かに分けずにはいられなくなる。SNSはとても身近にあって、それを晒すにはちょうどいいものなんだ。上手く使えばいい。別に悪いことじゃない。幸せが飽和?うん。いいことだ。だけどなんで気持ち悪いだとか思っちゃうんだろう。他人の幸せって自分の不幸せを映すものだったりするんだろうな。そりゃあ戦争が終わらないわけだ。心の豊かさもおんなじで沢山あるところから少し奪おうが側から見れば気づかないものだ。それがその人にとって最も大事なものだとしても。
それから僕らは学校を抜け出して近くの商業施設の中にある100円ショップで釣竿を買って江津湖で釣りをした。何も釣れなかったしほとんど僕らは釣る気もなかった。時々魚が近づくとマジになったりはしたんだけど、やはり目に見えている魚は釣れやしない。こっちに見えているものはあっちにも見えているんだなと僕は思った。
「お前、大学なんて行く気ないだろ?」
レイサン島は僕に言った。
「まあね、行っても意味ないから。大学に行ってる奴らより今の僕の方が賢いと思うよ」
レイサン島は笑った。それから釣り糸を引き寄せてからもう一度遠くに投げた。
「モラトリアムだよ。くだらない奴らを見るのは嫌かもしれないがな、面白いことがある」
僕は話を聞きながら湖の流れを観察していた。
「音楽は好きだろ?フィッシュマンズだとか踊ってばかりの国だとかアンディモリだとか」
「まあね、好きだよ。なにひとつできやしないけど」
「まあ、いいさ。東京にこいよ。俺がそこにいるから。一緒に音楽でもやればいい。つまらないことはない。俺がいるからな。お前に足りないものは沢山あるだろうが、1番必要なものがそこにある」
「1番必要なもの?なに?時間?経験?」
「そんなものいつだって手に入るさ。そんなチンケなもんじゃない。もっと素晴らしい。その時間がまるっきり自分の人生に価値を与えるもの」
僕は少し考えた。それからレイサン島の方を見た。まさか愛だとかいうわけでもないだろうし……
「自堕落だよ」
「自堕落?なんたってそんなのが必要なわけ?」
「それはその状況に陥ればわかるさ」
僕は彼のことが好きだったし、別に行きたい大学もなかったからフィッシュマンズが世田谷にいたということでいくつか世田谷にある大学を受けることにした。なんだろう。こういう時ってすごくワクワクする。まるで僕の人生が音を立てて動き出すような感覚。それから窓のない宇宙船が言った言葉を思い出した。
「だけどわかるの。あなたが大切なのはあなたの人生がどう面白くなるかっていうことなの。ときどきそれは本当に私を苦しめるの」
間違いない。誰だってそう思ってるはずだけど。だってよく考えてみて欲しい。みんな知らないかもしれないけど人生って一度きりしかないんだ。え?有名だって?じゃあどうしてそんな生き方してるんだよ。ハッピーに生きなくちゃね。僕はなんだか楽しくなった。人生は素晴らしい。うん。人生は素晴らしいね。




