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おはよう、世界  作者: 中鍋 鳳謹


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音の中で①

 人生がドラマチックになるのなら悲しみや寂しさは快く迎え入れる。なんなら少しくらい誰かを傷つけることも厭わない。たとえそれが世界で1番好きな女の子であったとしても……

 僕は本当にゴミクズみたいなやつなんだな。だけどなんと言われようが自分の生き方を変えたりはしないよ。だって幸せはそこら中に落ちているわけじゃないか。たとえばひとつの幸せが消え失せたとしても幸せってのはそれだけじゃないからそんなに焦るものじゃない。幸せだとか人生だとかの話になると途端に短くてかけがえのないもののように話す人がいるけど実際な話はそうじゃない70億人に近い数の人が生きていて、生物でいえばもっともっと多くの生命があり、生活がある。それら全てのものに幸せのようなものが用意されている。いや、幸せじゃない人や生命もいるってことは知ってるよ。だけどいっぱいあるんだ。僕らの指じゃ数えられないくらいの幸せがたくさんある。本当の話だよ。ひとつの幸せに依存してても仕方ない。クヨクヨ悩んでたって仕方ない。なくなるものはなくなるし死ぬものは死ぬんだ。幸せは君の人生にたくさん落ちてたんじゃないかな?君のことを好きと言ってくれた人や好意を寄せてくれた人が何人かいたんじゃないかな?その中で君が断ったりしたこともあったんじゃないかな?ほらね。だからさ、拾えたものを拾わなかったりするのは僕だけじゃなく世界中の誰だってそうなんだよ。と僕は思う。

 ネコと電車に乗って下北沢まで戻ったときに適当な飲み屋さんに入ったんだけど(そこのマティーニの味は酷いもんだった)、その時に丁度僕が通りの見える席に座ったんだ。何杯か飲んで他愛のない話をしていた時に彼女を見つけたんだよ。本当の話。42。レイが教えてくれた女の子。イルカのイヤリングに帽子を被っている。その帽子の名前はカプリーヌハット。少し遠い距離だったからイルカのイヤリングまでは見えなかったんだけど僕は直感的にそれがイルカのイヤリングだと分かった。間違いないと思ってネコを置いて外に飛び出した。走って42の歩いて行った方向に向かったんだ。多分時速30キロは出てたと思う。彼女はたった一人で歩いていた。カプリーヌハットにイルカのイヤリング。服は薄い黄色に少し茶色が混ざったような色だった。その色が何色というのか僕は知らない。彼女に追いついて何を話すのか何も考えてなかった。とにかく追いついて顔を見てやろうと思ってたと思う。つまり男ならわかるだろうけど可愛いかどうかだけでも確認しておきたかったんだ。だけど確認するより先に僕は彼女に声をかけた。「すいません」と言ったのか「あの」と言ったのか「ねえ」と言ったのかは忘れたけどとにかく彼女が振り返った。それから彼女ははてな?という顔をした。それからしばらくして僕を思い出したみたいだった。


「ウーリー?」


僕は頷いた。それから久しぶりに彼女の顔をはっきりと見た。彼女はイメージのまんま成長していてそれは浜辺やら夕陽やらさざなみを連想させた。


「何してるの?こんなところで」


と彼女は続けてそう言った。


「君が、夢に出たんだ。浜辺をヘンリーと君と走る夢を見た」


「ヘンリーは元気?」


彼女はバックをフラフラと揺らしながらそう聞いた。


「もうずっと前に死んだよ。5年以上前だ」


42は少し寂しそうな表情をした。


「知ってたわよ。だってあなたが殺したんでしょ?」




目が覚める。ひどい夢を見た。現実に近い場所にあるような嫌な夢だった。僕はベッドの上にいる。知らないベットだ。隣にはネコがいて彼女は眠っているみたいだった。なんだ?と思う。僕はなんたってこんなところにいるんだ?またこれも夢なのか?どうしてネコが隣で眠ってるんだ?僕はネコとヤったのか?ヤったとしたら最悪だ。そんなに幸せなことなのに僕が覚えてないんだから。まあ、いいや。眠ろう。明日朝に起きてネコに聞けばいいんだ。今日何があったのかその全てを。


 また目が覚める。カーテンが少しずれていてそこから窓の外が見えた。どんよりとした曇り空だった。陽の光は完全に隠れてまさに曇り!というような感じだった。雨はどうだろう。ここからは見えない。隣にネコがいてまだ彼女は眠っている。僕はベットから出ようと思ったがあれが勃っちまってたから収まるのを少し待った。それから収まってからベッドから出て窓を開けて外を見た。雨は降っていなかった。ただ何かの拍子で強い雨が降ってもおかしくはないというような様子だった。風が少し強く吹いていて僕は窓をすぐに閉めて近くのソファに座った。


「おはよう、」


ネコがベッドから僕にそう言った。僕は顔をあげた。


「おはよう。いま何時?」


「しらない。お昼過ぎてると思うわ」


僕は洗面台のほうに歩いていき手で水を掬って飲んだ。吐き気はもう落ち着いてきていた。


「昨日ってさ……」


僕は何か言おうとしたがそれを言葉にするのは小っ恥ずかしくてもじもじと何かを言おうとした。


ネコはニコリと笑った。


「安心していいよ。何もなかったから。本当の話よ。ふたりともひどく疲れてたのね」


僕は頷いた。


「なにもなかった?」


ネコは頷いた。


「文字通りよ。何もなかったの。あなたが1軒目で飲みすぎちゃってフラフラしながら2軒目に行ったせいで結局私の家まで着いてきたの。仕方ないから泊めてあげたの。それだけ」


「それだけ?」


ネコは頷いた。


「ごめん。記憶をなくすくらい飲んだのははじめてだ」


ネコはクスクスと笑った。


「私もおんなじようなものだから。気にしなくていいのよ。頭が痛いわ」


僕は置いてあったマグカップに水を注いでネコに水を持っていった。それからまた洗面台に戻って僕も水を飲んだ。


「大丈夫?」


僕が訊くとネコは頷いた。


「何回か吐いたからもう大丈夫。そこのコップ使っていいよ」


「吐いたの?」


「うん。あなたも吐いてた」


僕は頷いた。


「それは記憶にあるよ」


それからしばらく黙ったままネコはコップを持って僕の方を見ていた。僕は顔を手で覆って少し上を見てボッーとしていた。頭が痛かったんで回復させようとしていたんだ。


「ねえ、朝ごはん食べたい。お腹は減ってないし気持ちは悪いけど」


ネコが僕に言った。それから僕らは外に出て近くの富士そばで蕎麦を食べた。僕は全部食べたがネコは半分以上残した。蕎麦を食べ終わると近くの公園でタバコを一本吸った。僕が巻いたタバコを僕が火をつけて一本はネコが吸った。煙はいつもと同じ方へ消えていった。


「セックスはしたことある?」


ネコは僕に訊いた。


「あるよ」


僕は言った。それ以上は何もない独立した会話だった。ネコがセックスなんて言葉を発するのは少し驚きだった。セックス?なんだよそれ。ただの文字の羅列なんだけどそれがネコの口から出た言葉となるといきなり壮大で荘厳で未知数の言葉のように聞こえた。それだけで家に帰ってマスターベーションできる気がした。ネコはタバコを半分くらい吸って適当に消した。それから僕にありがとうと言った。僕はため息を吐くようにかあるいは深呼吸をするようにタバコを大きく吸って吐いた。それからネコにポケット灰皿を差し出して吸い殻をそれに入れさせた。僕のタバコはまだゆっくりと燃焼していた。そしてコーヒーが飲みたくなった。ネコと飲むのも悪くなかったが1人で飲む方が最適な気がしていた。タバコはゆっくりと燃焼してやがて燃え尽きた。僕は自分のタバコも吸い殻入れに入れてきちんと蓋を閉めた。ネコはポケットに手を入れたまま地面を靴でゆっくりと擦っていた。それからネコが僕を家に招いたが僕は断って家に帰った。水道代の支払いが今日までだったのを思い出したからだ。それで結局コーヒーは1人で飲むことができた。


 なんでもない1日を紹介しようとしたらほとんどの人がなんでもある1日の紹介をすることになる。朝起きて朝食を食べて散歩に行って読書をして……エトセトラ。そんな嘘の1日を動画にして金を稼いだりする時代に生まれたせいで人々は「充実した幸福」というスローガンを掲げなくちゃいけない羽目になった。他人からみた自分のことばかりを気にしてるせいで他人から見た自分のことなんて気にしないという他人の目を気にしたような人種さえいる始末なのだ。けどそれは社会性という観点で見れば極々当たり前のことで人類史を僕がもしも任されて書くことになったとしてもわざわざそのことについて特筆したりはしない。「色んな人がいる時代」ってだけで片付けられるからだ。いい時代だなと思う。色んな人がいる。何にだって影響を受ける馬鹿が増えた。それは要するになんだって金になる時代なんだ。金は好きだ。あの薄っぺらい紙さえあれば飯も食えるし女も抱ける。さらにぐっすり眠る時間だって作れる。でも僕の人生で金が溢れてる時期なんてものはほとんどといっていいほどない。理由は簡単でそれは僕があればあるだけ使う性分だしそれを止める理由も別になかったからだ。時々困ったりするけどそれでもなんとかなる。

 えっと、別にそんな話をしたいわけじゃなかったんだ。僕は時々自分で話し始めたのにも関わらず脱線に次ぐ脱線によって違う着地点に収まることがあるんだ。僕が話したかったのはつまりあれだよ。もっと素直に生きていこうぜってこと。僕の友達にソクラテスってあだ名のやつがいるんだけどそいつはすごく正直なやつだったんだ。とにかく哲学が好きなやつで倫理のテストなんかあればいつでも満点を取ってた。だけどおかしなことにそれ以外はまるっきりダメなやつだったんだ。それで僕はどうして倫理ばっかりできて他のことは全くダメなのか聞いてみたんだ。彼は無口なやつだったけど僕には口を開いてくれた。


「君はソクラテスにでもなりたいの?」


彼は少し考えた。


「ソ、ソクラテスは嫌いだよ。知れば知るほど嫌なやつになるんだ。それはみ、みんなも同じだけど」


僕は頷いた。


「まあ、そうだね。でもすごいね、倫理ばっかり満点とっちゃうんだもん」


「あ、ありがとう。でも簡単だから。ふ、不眠症で夜眠れなくて、そういうど、動画ばかり見てるんだ」


「君は好きな人とかはいないの?」


「す、好きな人はい、いないけど」


彼は小っ恥ずかしそうにそう言った。もしかしたら人生で初めて恋バナをしているのかもしれない。


「いないけど?」


「き、君にい、いつも手を振る女の子はか、かわいいよね」


「まあ、うん。誰のことだろう」


「あの、1組の」


彼は窓のない宇宙船のことを言っているみたいだった。


「その子でマスターベーションはするの?」


僕は冗談でそう聞いた。ときどきクソほど面白くない冗談を言ってしまう時がある。本当につまらない思い出してゲロを吐きたくなるようなつまらない冗談だ。


「あ、あるよ。た、たまにね。き、君はあの娘と付き合ってるの?」


「いや、別にただの友達だよ」


彼はあまりにも正直者すぎたんだ。そのせいで昔はいじめられていたと言っていた。だけどそれは仕方ないことのようにも思える。全員が全員彼の魅力をわかるわけではない。多分ほとんどの場合がそうだ。例えば新しいコミュニティに属した時にその中で偉い人みたいな人から認められたならその先はずっと生きやすくなる。逆に言えば自分に力があると思っている人間はできるだけ積極的に本質を理解しようと努めなくてはならない。そういう力がある人が本当に力があるならそれができることが多いんだと思う。それから話は戻るんだけどソクラテスが倫理ばっかりできる理由は多分マスターベーションのしすぎで本当に賢者になっちまってるからなんだと思う。その日から僕は彼のことをソクラテスと呼んだしそれがクラスに広がって彼は前よりもずっと他人と関わることになった。それがいいことなのか悪いことなのかは彼が決めることなんだ。


 強い影響力といえばレイサン島だろう。彼はいつだってそういうことを考えているんだと思う。最初は元来の性質がそういう強いものだと思っていたが関われば関わるほど彼の俗物な部分や狡猾な部分が見えてくる。けどその根本には愛があって…特に僕にはそうなんだと思う。彼の人生で僕はなんだか面白いやつなんだと思う。いや、実際にはそうじゃない。単に彼のことを興味を持って接しているのが僕だけなのかもしれない。本当の話、僕は彼の哲学や彼の生活が好きなんだ。それから言っていることもなんとなくわかる。今まで色んな人が彼の表面の部分に興味を持ってきたがその誰もが打ちひしがれたんだ。寄せ付けないものがある。完全にオープンなのに人を寄せつけない何かがある。まるで初めてみるバーだとか初めてみる風俗だとかそんなものにも似ている気がする。入っていいはずなのに入りにくいオーラをレイサン島は常に発しているんだ。


「ねえ、君はなんでそんなに自信があるように振る舞えるわけ?それは努力してるから?」


僕はなんとなく彼に聞いた。


「まさか。努力してるのはしてるがそれだけで自信がつくわけじゃないよ。自信なんていつもあってないようなもんだ。肝心なのは慣れるか慣れないかだけだ」


「でも君はいつだって自信があるように振舞ってるだろ」


レイサン島は頷いた。


「虚栄でもいいから見栄を張る。そしてそこに近づくために努力をする。俺の人生はそうだな、自ら棒を立てて本当の位置に戻ってそれを取りに行くビーチフラッグのようなものなんだろうな。」


「なるほど。じゃあ自信のように見えるものも本当はそうじゃなかったりするんだね」


「まあな。人は印象が9割を占めるっていうだろ?弱そうな印象を与えたらダメなんだよ。俺からしたらお前はいい印象を人に与えてると思うぞ。元来の性質なんだろうな。侵略しないかわりに侵略するなって言ってるみたいだよ」


僕は笑った。


「まあ、実際そう思ってるかもしれないね」


彼は頷いた。


「努力はしろよ。人生について考えてみて必要なことはしっかりしとけ」


「うん。それはわかってる」


「で?どうだ?自堕落は感じるか?」


彼はギターの弦を一本ずつ丁寧に伸ばしながら言った。


「なんとなく、君が言ってた理由がわかってきた気がするよ。それと本を読んだんだ。自堕落についての本。どうせ落ちれないから落ちてみろよってそれには書いてあったよ」


彼は笑った。それからペンチでグルグルと弦を回して先の伸びた部分を切った。


「本質を見るんだよ。全てのな。まずは自分という人間がどんなやつか知らなくちゃならない。落ちれるとこまで落ちた時に本当に自分が求めているものがわかる」


僕はカルピスを一口飲んだ。昼過ぎの柔らかい日差しがレイサン島の部屋に差し込んでいた。近くには自分で作った灰皿が置いてあってそのうち何本かは口紅が付いていた。


「君は本質を見たの?」


「まさか。俺も今から見るんだ。これから見るものを大切にしていくよ」


「彼女は?」


「別れたよ。はやいだろ?それでいいと思ってるんだ。別に結婚する気なんてないし、しばらくの間俺のそばにいたいって女がいたら居させてやる。それから出ていくんなら出ていかせる。どうでもいいんだよ。時々やれれば問題ない。女の世話をするために付き合うわけじゃない。波長があった期間だけ楽しんでるんだ。クズだと思うか?」


「うん。考え方によればね」


彼は最後の弦を引っ張って仕上げた。


「お前は執着しすぎるときがあるからな。それだけは気をつけておけよ。幸せはそこら中にあるんだから」


「うん。気をつけるよ。君も刺されないようにね」


レイサン島は笑った。


「死ぬまでは死なんよ」


それから僕は彼にパスタを作った。そしてそれを2人で食べて音楽を作成した。いい曲ができた気がする。それはそれは素敵な曲だ。

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見栄を張るってのは生きて行く上で必要だと思います。ライオンも吠えるし、ゴリラもドラミングをします。でもその前に重要なのは、肉を切って骨を断つようなやり返す不快感を正当化する絶対的な正義があること。そし…
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