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おはよう、世界  作者: 中鍋 鳳謹


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24/26

ウイスキーを傾けてよ!②

ガガガがガガガがガガガがーーー


ガチャンガチャンゴゴゴゴー


ウィーーーーーーーーーーン


ごとん


シャインシュインシャインシュイン


いろいろな音をたてて工場内のベルトコンベアが作動し始めると荷物が流れ始めて等間隔に並んだ僕らの前を通過する。通過する時に僕たちは荷物の向きを変える。それが僕らのこの場所での役割だからだ。A地点の人が縦に向けたものをB地点で横に向けてC地点で斜めにした後に D地点で縦に戻す。一見なんの意味もないような動作にきちんとした意味があってそれは僕らの人生にも同じことが言える。失敗、成功、喧嘩、和解、苛立ち、幸福感。それだけじゃない。分かれ道を右に曲がるだとか痒かった背中をかくだとか全てのことに意味がある。あの日、告白できなかっただとか木の葉が揺れるのを見ている君を見ていたとか何もかにもに意味がある。意味?意味ってなんだよと思うかもしれないけどそれは単純でその全てが今の自分自身作っている。今の自分は未来の自分を作りその未来の自分はまたその先の未来の自分を作る。あたりまえなんだけど過去というのは全て未来に進むためにはきちんとした意味を持っている。例えば今、とてもくだらないことで笑ったとする。ケーキを食べて美味しいだとか弾けなかったコードが綺麗になるようになったとかそんななんでもないことに幸せを感じたなら、要するに今が幸せならそれはそれで悪くないと思えばいいのだ。ただもちろん幸せじゃないならそれは意味であると考えればいい。金がない。努力しない。あいつの方がすごい。自分はてんでダメ。そんな劣等感やらを感じるならそれはそれで問題なく未来の自分を作っているということだ。いつかいい日が来る。いい瞬間が来る……。

 

なんてことを僕は思わない。


 未来だとか過去だとかそういうんのはくだらない。 A地点にいる時もB地点にいる時もC地点にいるときもD地点にいる時もその仕事はつまらなかったし意味なんてものを考えたりもしなかった。大切なのは今である。なにを考えてなにを思うのか。今がクソなら人生は全てクソだし、今が楽しければ人生は最高に楽しく素晴らしいものである。覚えてほしいのはひとつだけ。人生は生まれてから死ぬまでの生涯を指すものではないんだ。たった今も目の前を通り過ぎていく一瞬を指すものなんだ。以上。こちらからは以上です。


 それでいうと僕は今最高の人生だ。だってネコと待ち合わせ場所で会ってから近くのなんの特徴もないカフェでコーヒーを飲んでいるんだから。うん。世界で一番素敵な女の子と最高の時間を過ごしているんだ。ネコは僕が前に貸したヘミングウェイの短編集を読んでいたがさっきまで今日の予定をふたりで考えていてそれについてさらにもっといいものはないかと考えていたせいで1ページもまともに読めていなかった。僕はネコに親切に関わっていた。具体的にどう親切かというと難しいが例えば相手が何かしようとしたら極自然とそうなるように上手く仕向けていた。これは僕における最高の親切だと思う。だけどその時頭の中でロボットがつぶやいた。


(人生)


とロボット。僕はやれやれまたかと思う。


(どんな人と関わろうが宇宙史で見れば単に2匹の猿の戯れにすぎない)


なるほどなと思った。そして何もかもが嫌になった。こうやって誰かに親切にしているときだってほとんど無意味なんだから。


「人生」


僕は口に出していった。ネコがこちらを不審気に見ていた。


「単に死ぬまでのカレンダーめくりに過ぎない」


やれやれだ。


「さっきからぶつぶつ何を言っているの?あたまのおかしい人って思われてるわよ」


僕は頷いた。それはよく言われる言葉な気がする。


「うっとおしいやつ?」


ネコは頷いた。


「それもとびっきり。まるで人生について悩んでるみたい」


ネコはまるでジブリ映画のような口調でそう答えた。小さい声できちんと感情のこもった言葉だった。


「人生について悩んでるんだ」


僕は簡単にそう言った。深刻な問題じゃないというのが伝わるようにきちんと言葉を放った。店は賑わっており空席はひとつかふたつあるくらいだった。配膳ロボットがゆっくりと確実にひとつひとつ仕事をこなしていた。他の店の配膳ロボットより綺麗に手入れされており仕事も幾分か丁寧に見えた。ロボットにも仕事ができるやつとできないやつがいるんだ。


「どうして?あなたは幸せなはずでしょ」


ネコはそれでも少し心配を含んだような感じで僕に聞いた。


「僕は幸せだよ。だけど人生について考えなきゃいけない。人はどこからきてどこへ向かうのか」


ネコは少し考えてから僕が貸したヘミングウェイの短編小説をそっと閉じた。まあ、状態は変わらない。ちっとも読んでないんだから。


「どこへも向かわなくてもいいわよ。楽にいきましょう」


僕はなんとなく否定しようと思ったが一度考えてみた。そしてネコから本を取り返してキャットインザレインのページを開いてからネコに渡した。


「それはその通りだ。もっと楽にいかなきゃ。どうせ人生なんだから」


僕がそういうとネコは微笑んだ。純度の高い微笑みだった。


「人生は素晴らしい」


僕がそう付け加えた。ネコは頷いてそれから微笑んで僕の言葉を繰り返した。


「人生は素晴らしい。あなた、自然に触れてないせいで気が滅入ってるのよ。少し疲れているように見える。ほら、昔は江津湖だとかによく女の子といってたでしょ。あれ、大事だったのよ」


僕はネコの方を見た。


「そうかもしれない。女の子と行ってたかは忘れちゃったけどたしかにそうかもしれないね」


僕はついこの間せせらぎと高尾山に登ったことは忘れたことにした。


「ねぇ、ならとことん疲れちゃいましょうよ。そしてたくさん食べて、たくさん飲んで、ぐっすり眠るの。その時は私が羊を数えてあげる。羊を数えるのは上手なのよ、小さい羊は右へ、大きな羊は左へ行くようにちゃんと仕分けるんだから」


僕は少し考えてみた。それからコーヒーを一気に飲み干した。ネコもその姿を見てカプチーノを一口だけ飲んだ。ネコは薄い水色のインナーに紺のニットのカーディガンを着ていた。下はフレアデニムで靴はそれに合うスニーカーを履いていた。


「一度家に帰ればいいわ。着替えもいるでしょ?」


彼女は僕のことを見透かしたようにそう言った。


「僕が何を言うかわかったの?」


ネコは頷いてまた一口カプチーノを飲んだ。厚底のブーツを履いた女が近くを通った音がした。


「わかるわよ。その服装じゃ山には登れない。高尾山はそんなに難しい道は無いけど足が痛んだら楽しくなくなる」


彼女は僕の口調を真似をしてそう言った。


「まあ、そうだね。僕いらずだね」


厚底のブーツの女のケツを僕は目で追った。その女がコーヒーをこぼして床にばら撒いた。配膳ロボットが気にせずにその上を通ってどこかの席へ商品を届けに行った。ネコと僕はその光景を見ていた。急いだ様子の人間の従業員が忙しそうに床を拭いたりその女に怪我はないかなど確認していた。女はちっとも申し訳なさそうにせず服が汚れたことをぐちぐちと店員に文句をつけていた。僕はその態度に気持ち悪いなと思ってネコの方を見たらネコもおんなじような気持ちで僕の方を見ていた。


「人間の何人かはロボットに職を奪われるんだ。自分が悪いのに謝ったり罪悪感を感じないってのはそいつらの知能が低いからなんだよ」


僕はその女に聞こえるくらいの声で言った。店員とネコが気まずそうな顔をしていた。ネコは僕にやめるようにジェスチャーをしたが僕は気にせずに続けた。女がヒステリックに店員に文句を言っていたせいで他の店にいた人たちは自分たちの時間が急に侵略され静まり返っていた。それもあって僕の声もより多くの人の耳に届いた。


「この世界でもっとも賢いサルより少しだけIQが高いからギリギリ人間でいられるんだよ。そのせいで駆除の対象でないのは可哀想な話だね」


そう言って僕はコーヒーカップに口をつけた。飲み干しきれずに少しだけ残ったコーヒーを飲もうとしたがなかなか落ちてこなかった。女が僕の近くにやってきた。


「あんた、なに?文句でもあんの?」


僕は女の方を見てそれからネコの方を見た。


「別に。僕はサルの話をしただけだ」


その女の彼氏みたいな男も僕の前にやってきて何かを言ったが僕は気にしなかった。


「あんた、こんなやつと付き合ってんのか?」


男の方がネコに言った。


「やめといた方がいいわよ、ねぇ」


女が男に共感を求めた。男もヘラヘラと笑ったまま頷いた。僕が席を立とうとすると店員が間に入ってそれを静止した。それからそのカップルを店の外に出るように誘導した。彼らはめんどくさそうにぶつぶつ言いながら外に出て行った。店員が僕らに謝ってお題を払わなくていいと言ったが僕はそんなことはしなくていいと言った。それから僕の方も騒ぎを起こして申し訳ないと謝った。ネコは黙ったままだった。店を出てもネコはなにも言わなかった。僕もなにを言っていいのかわからなかったからなにも言わなかった。駅の前に着くと僕らは自然に止まった。それから僕はネコに謝った。


「謝らないでいいのよ。少し驚いただけだから。あなたが悪い人じゃないことはわかってるし、そういえばあなたは昔っからこういう人だったと思い出したの」


僕は頷いた。


「どうする?今日はもうやめとく?」


僕はネコに聞いた。ネコは首を振った。


「行きましょう。すぐに準備できる。またここで待ち合わせでいい?」


僕は頷いてそれから一度僕らは別れた。僕はいけないことをしたなと思った。時々誰かを傷つけてやろうと思うことがある。加虐性。可塑性を帯びて柔らかく伸びる。時に尖り時に切れるほど鋭くなる。まあ、いいや。次からは気をつけようと思い直した。


 僕らは1時間もしないうちに集まって高尾山口駅に着いたのは午後2時ごろだった。僕らと同じように一号路を歩く人たちは何人かいてネコはきちんとした運動靴を履いてきた。


「ねえ、気を取り直してしっかり疲れる前にひとつ話してもいい?」


ネコがスタート地点に立つとそう言った。僕は頷いた。


「思い出したの。昔私が体育の授業で倒れたことがあったでしょ?そのあとあなたにお礼を言ってなかったなと思って。あれずっと言わなきゃって思ってたのにどうしてだかあの時は言えなかったの」


「そんなこともあったね。お礼を言ったかどうかは覚えてないけど」


「言えなかったの。私は覚えてるもん。でもさっきあなたは昔っからこういう人だったって言ったでしょ?その時ね、あなたに抱かれて医務室まで連れられる光景が浮かんだの」


ネコの言葉はまとまってなかった。何か言いたいことがあるんだけどなにをどう言えばいいのか整理できていないようだった。僕は頷いてネコが話すのを待った。


「言葉が下手でごめんなさい。あなたみたいに上手く話せないの、こういう時。けど私はね、あなたのそういうところって素敵だと思うの。行動力っていうの?目の前の状況を対処するっていうのは思ってるより難しかったりするじゃない?」


僕は頷いた。


「さっきの店員さんがあなたにきちんとお礼を言ったけどその時も私は周りの目がすごく怖かったの。本当に正しいことなのか確定していない気がしたから」


僕は頷いた。


「まあ、実際僕が何かを言わなくても解決しただろうけどね。それもよりスムーズに。余計なことをしたのは反省してるつもりだよ、これでも」


ネコは頷いた。


「あの時はありがとう。あの時も周りの目が怖くて恥ずかしかったの。ごめんなさい」


僕は首を振った。


「でも、今こうやって君は僕の隣にいてくれていて、山に登ってくれるわけだ。僕はそれならいいと思ってる。僕の脳みそじゃ考えられることはせいぜい今のことくらいで、たった今目の前にいる君に楽しんでもらおうと思っているよ。ほら耳をすましてみて」


僕がいうとネコは目を瞑って耳を澄ませた。僕は小さい声で山登り最高!と言った。ネコはそのくだらなさに思わず吹き出してしまった。


「頑張って脳みそを動かしてもせいぜいこれくらいしかできないんだ」


僕がそういうとネコはクスクスと笑った。


「だけどそれもそれであなたらしいわよ」


ネコが言った。それから一歩目を踏み出したので僕もそれにならって一歩目を踏み出した。それって褒め言葉になってるかな?と僕は聞いたがネコはさあ?と答えるだけで教えてくれなかった。僕らは長い坂道をゆっくりと歩いていった。ネコはずっと下北沢の猫がでかい話をしていた。

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