ウイスキーを傾けてよ!①
夏休みが終わって大学が始まってから1ヶ月があっという間に過ぎていった。その間はもうほとんど誰にも会わずに家に帰って本を読んでバイトに行き時々ネコのことを考えた。1度も誰とも会わなかったわけではないがそのどれも充実からかけ離れたものだったので僕は誰とも会ってないような気分だった。11月の初めにネコの誕生日が来るので何かサプライズでもしようかなと考えたが今現在ネコに好きな人がいるのかもしくは彼氏がいるのかわからなかったのでとりあえず探る必要があった。確か8月にはいなかったし他にもそんな噂を聞いた記憶はなかった。もっとも本当に誰にもあっていないような風だったのでその噂さえも回ってこなかっただけかもしれないけれど。
その時、突然何かを思い立った僕は心の中でこう考えた。もしもネコがちょっとでも僕に好意を抱いているなら1日以内…いや、うん。1週間以内に向こうから話しかけてくるだろう。家に来ることはなくても電話かメッセージをよこすはずだ。だから僕からネコに連絡なんてしなくて良い。しないんだ!この1ヶ月ネコから連絡なんて一度もなかったし僕からもしなかったが僕はなんだか上記したことだけが真実な気がしていた。大切なことだしもう一度言うことにするからよく聞いて欲しいんだけど、1ヶ月連絡もなかった女の子が少しでも自分に好意があるとしたら今から1日以内もしくは1週間以内に連絡が来るはずだ。(仮説)理由は単純だ。思い立ったから。
兎にも角にも僕は心に決めたことは一度やってみなくては気が済まない質なのでスマホを机の上に置いてアラビアータを作りにキッチンに行った。キッチンに行くとオリーブオイルが切れていたことを思い出して買い物に行くか迷ったが結局バターで代用してアラビアータではなく牛乳を使ったトマトクリームパスタを作った。食べ終わるとキッチンを片付けて風呂に入って酒を飲もうと思った。これまたその時に気づいたんだけど氷も作りそびれていたんだ。僕は自分自身の出来の悪さに嫌気がさしたがまあなんとかなると考えた。ただ氷に関してはどうしようもなかったので近くのスーパーで氷を買ってきた。オリーブオイルはもっと安い店があるのでそこでは買わなかった。氷はロックアイスではなくて板状のものを買った。なんとなく違う飲み方でウイスキーを楽しみたかったからだ。僕は包丁でうまく氷を削りクラッシュドアイスを形成してそこにウイスキーを入れた。いわゆるミストって飲み方なんだけどなかなかうまくできたと思う。ただ僕はやっぱりハーフロックの方が好きだなと思った。それからまた本を読んでいたらいつのまにか目を瞑って眠っていた。簡素的でくだらない夢は脳によって完璧に処理されて朝起きたときにはちっとも覚えてなかった。そんな日が4日続いた。僕は堪えられずに結局自分からネコに電話をかけてみた。寂しいなら自分から動かなくちゃならないってなんかの映画で言ってたなと思った。
「もしもし?」
ネコは言った。
「いま何してたの?」
「何って、映画観てたのよ。ストレンジャーシングスを。あなたがおすすめしてきたから」
「ふうん。どこまでみたの?」
「今は3を見ているところ、ここ4日は大学かバイトに行ってない間はずっと引きこもって見てた。面白いから」
「もう3まで見たんだ」
「うん。でももうっていってもかなり時間が経ってるわ。最初の方は少しずつ見てたから」
「そうなんだ」
少しの間沈黙が続いた。
「それで?なにかあったの?」
「別に。ちょっと暇だったから」
「ふうん。ひとり?」
「うん。ひとりだよ」
「ふうん。変なの」
「変じゃない」
「本当の話、私もあなたに電話をかけようと思ってたの。だけどかける理由が見つからなくてとりあえず映画を見たら感想でも言おうかなと思ってた」
僕は凄く嬉しくなった。
「今度、その話でもしようよ。時間が空いてる時があったら教えて」
「うん。今週ならずっとあいてるよ」
「なら明日は?あした」
ネコは少し間を開けた。多分何時から空いてるのかをチェックしていたんだと思う。
「明日は何時からでも大丈夫」
「じゃあ11時に下北沢ってのはどう?」
「うん。11時に下北沢ね。ストリートピアノの前」
「うん。ストリートピアノの前」
10月の末、残暑が続いていた。セミはもう鳴くのを辞めていたが今から鳴き始めるセミがいても僕はまったく持ってなにもおかしいとは思わないだろう。寂しくてないているとネコが言うかもしれない。そうかもしれない。本当はセミも寂しいから鳴いてるのかもしれない。高尾山にも登りたいなと思った。もしもネコもそれを望むのならばの話だけど。僕は急に明日ネコと寝るかもしれないと思った。それで身体中のメンテナンスをした。なんともない極ありふれた感情なんだけど僕にも性欲があってそれは時々自分を醜いものだと思わせる。何もかもゴールがあるような感じになるんだ。セックス、恋人、結婚、マイホーム、あぁ、つまらない。何もかもあたりまえだ。それらが悪いわけじゃないんだけど時々それらが突然つまらないものの象徴みたいに感じる時があるんだ。空港の保安検査場みたいなところがあってそこを通るために保安官に聞かれるんだ。
「君はセックスをしたことがありますか?」
「恋人を作ったことがありますか?」
「結婚はしてますか?」
「マイホームは建てましたか?」
って感じで聞いてくるんだ。もしもそこでいいえなんて答えたら筋骨隆々の男たちがやってきて僕を囲んでこう聞くんだ?
「いつまでにしますか?あんなにいいものはないですぜ、旦那。なんでしないんだ?ほらあそこの女のケツをみろよいいケツだろ?大抵の場合は頼めばやらせてくれるますよ」
くれるますよ?なんだよそれと僕は思う。だけどそいつらはそんなことに気にせずに相変わらずに僕に質問を続けてくる。
「あるいはそれ以外の幸せがあるんでしょうか?あぁ、オタクはホモなんですかい?ホモでもなんでもいいですぜ、やがて法律だけじゃなく社会的にそういうんは許されるますから。なんでもいいですますよ。とにかく誰かと幸せになればいいんですます。ペアを作ればいいんですます」
僕は凄くこの世界が嫌いになる。幸せかどうかが重要視されすぎているこの世界が。たしかに重要なんだけどまるで強要するみたいに押し付けてくるんだ。頭の中の誰かが僕に言う。
「オーバー」
「オーバーです」
「オーバーです。1日で受けていいストレスの上限を越えました。シャットダウンしてください」
とにかく場所を変えなくちゃ。ここにいる奴らを全員ぶっ殺しちまう。オーバーだ。まじな話そうなんだ。やろうと思えばいつだってぶっ殺す覚悟ができている。ぶっ殺してやりたいからな。うん。オーバーなんだ。
「シャットダウンするんですますか?まあ、そうですますね、逃避ってのはとおっても大事ですますからね。あ、その前にでーー」
プツン
ううむ、と僕は嘆いた。僕の方が世の中に良いことを働きかけてない時、悪いことをやってないって場合でも世の中は僕をとんでもない悪人みたいに扱ってくるわけだ。常に良いことをしていないといけないってわけ?と心で唱えてみる
「常に良いことをしてなきゃいけないってわけ?」
なんの意味もないけど声に出してみる。鏡の国のアリスの赤の女王もおんなじようなことを言っていた。その場にとどまりたければ走り続けろ的なことを。
ううむ。僕の中に飼っているロボットが言う。
(人生)
(ただ生きているだけなのに悪いことをしている気分になる)
やれやれと思う。仕方ないから実際に声にも出してみる。
「やれやれ」
やれやれだ。オーバーだ。もう一回ネコの声が聞きたいと思った。ネコに電話をかけて彼女がでたらムスカ大佐みたいな声で私だと言って笑わせるんだ。僕は意気揚々として彼女に電話をかけた。だけどネコはでなかった。僕はため息をついた。なんでこんな変なことしちまったんだろう。何でもかんでも自分の思いの通りに行くと思ってるこの脳みそを誰かに譲ってやりたいって気持ちになった。1時間後にネコから電話がかかってきた。彼女はお風呂に入っていたらしくそれででられなかったんだ。僕はもうふざける気分じゃなくなっていたので間違って電話してしまったんだという嘘をついた。彼女は簡単に許してくれて、まあ怒るほどのことでもないからなんだけど少しだけ昔の話をしてくれた。小学校の夏休みで絵日記を描くのが面倒でいつも最終日に嘘の話を作って描いた話だった。
「あんなことってなんの意味にもならないのにどうしてあるのかしら」
「さあね、世界は他人の充実に厳しいからなのかもね」
「あなたは?ちゃんと描いてた?」
「いや、僕も同じような感じだった。絵日記どころか自由研究だってそんな風だった」
「ふうん」
「でも本当の話、もしも今夏休みの宿題で絵日記がでたとしたらきちんと描くだろうね。描こうと思えば夏休みの絵日記なんて全部君とのことで埋められるんだ。会えない日は思いを綴る。それは難しいことじゃない」
彼女はクスクスと笑った。
「馬鹿みたいなこと言ってないでよね」
「馬鹿じゃないさ。本当の話なんだ」
僕はすぐにそう返した。
「前にも言ったろう?君のことを考えたりするのは得意なんだ」
「ふうん。じゃあ今なにを考えてるの?」
「ディング!ディング!次にインターホンが鳴るなら君がいいと思ってる」
僕は心から思ったことを話した。しばらくの沈黙が続いた。
「また明日会えるから我慢してね」
ネコは沈黙を楽しんだ後にそう言った。僕は彼女の言ったことを繰り返すようにして言った。
「また明日会えるから我慢するよ」
彼女はクスクスとまた笑ってからよろしいと言った。それで僕が何かまた言おうとしたが考えるのに時間がかかっちまったから彼女はまたねと言って電話を切った。僕はネコに言おうと思った言葉を虚空に投げた。
「人生は素晴らしい」
それから明日に備えて眠った。




