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おはよう、世界  作者: 中鍋 鳳謹


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20/22

生きている人

 次の日僕らはほとんど家から出なかった。仕切りに思い立っては二人で会話をしたり映画を見たりしてそれ以外の時間はどう過ぎて行ったのかも覚えていなかった。レイは次の日僕が帰ることに対して寂しいだとかそういったことは一切言わなかった。ただ過ぎて行く時間をまるで朝食のパンを切るみたいに優しく丁寧に過ごしているように僕には見えた。


「本当にどこにも行かなくてよかったの?」


レイは僕に聞いた。


「いいよ。おまけみたいな時間なんだ。付属的で副産物的な時間くらい君にあげるよ」


「ふうん」


「でもずっとクーラーがついてると身体がだるくなるだろう?」


レイは首を振った。


「別に。もうなんでだるいのかわからないしどうでもいい」


「まあ、君がいいならいいんだけど。窓を開けてもいい?」


「うん。開けていいよ」


僕は窓を開けた。それからタバコを吸うためにベランダに出た。


「本当にタバコを吸うんだね。持ってるだけかと思ってた。一本ちょうだい」


レイは僕の隣に来てベランダの椅子に座った。それから映画の話をした。


「来年は花火にでも行く?」


レイは冗談みたいにそう言った。僕は何も言わずに煙を吸っては吐くを繰り返していた。夕焼けが雲を連れて去って行くように見える。鳥の群れが変な軌道を描いて飛んでいる。道路脇を子供を連れた女が歩いている。犬の散歩をしている老人。僕らは本当に外に一歩も出ないまま1日を終える。なんだか全てが違和感のようなものを含んでいる気がしてならなかった。きっと誰もが今のままではいけないと思っていてそれはそれでまだ本気を出していないという小さな自信にも繋がっている。多分このままじゃずっと同じ。おんなじような生き物やおんなじような隕石が横を通るだけ。いや。僕がその一部になってしまう。その一部になったらどうなるだろう?レイサン島は今何をしているだろうか。変に彼のことを考えてしまった。彼みたいな強いパワーに当てられると自分の醜さや脆さを痛感してときどき嫌いになってしまう。僕はレイの頭をわけもなく撫でて部屋に戻った。今はそれだけが現実だった。レイがいて僕がいて雄がいて雌がいる。ただそれだけ。


「ねぇ、君は今後どうするの?」


レイが戻ってきて僕は彼女に聞いた。


「さぁ、どうにかして生きて行くと思うわ。海外にでも行こうかしら」


「帰りなよ、家に」


「家?家って実家ってこと?」


「うん。帰れない理由は沢山あるかもしれないけど、君が行きたい場所は海外にはないよ。本当の話」


「それで?」


彼女は僕が次に何を話すのか分かっているみたいにそう聞いた。


「昨日君が言ってたことが全てだろ?あれは僕に言ったんじゃない。君自身に向けられてるんだ。僕らはまだあの日のことを忘れられないんだ。僕にとっては犬と砂浜を走り回ってた頃、君にとっては多分家族と過ごしていた時間だよ」


「もう戻れないのよ」


彼女は寂しそうに言った。ベットシーツに皺を作りながら。


「戻れるさ」


レイは首を振った。


「一度近くを通ったの。そしたら実家はなくなってたのよ。あなたの言うことはわかる。私もそうだと思うから。初めてあなたと会った時、あなたのことが羨ましかったの。42は多分生きてるし、あなたは戻ることができるだろうから」


「そうか……君はもう戻れないのか」


レイは頷いた。


「だから新しいものを探すの。しっくりくることはないかもしれないけどもしかしたらそのうちに見つかるかもしれないでしょ?」


「そうだね。それは間違いない。事実だ。釣り上げられた魚は鯖の煮付けじゃないのと同じ感じだ。カルパッチョでもアンチョビでもない。僕らがどう調理するかって話だ」


「よくわからないけど、そうだと思う」




@@@@@@@





別れの時がやってくるとレイは新幹線のチケット代とは別にかなりの額を僕に渡した。僕は何度も断ったがレイがどうしてもと言うので結局受け取った。


「さようなら、楽しかったわ」


レイは僕にそう言った。


「さようなら、」


僕もそう言った。もしかすると永遠に会うことがないかもしれないにしてはあっさりした別れだなと思った。


「ねぇ、」


僕はレイに言った。


「なに?」


「もしも僕が神様で幸せになってほしい人を選ぶなら君を選ぶよ」


「変なひと。私の好きな食べ物も知らないくせに」


レイはそう言って少し考えてみた。僕はなにも言わず彼女の言葉を待った。


「けど……ありがとう。私は大丈夫よ。長い間一人で生きてきたしなんとかなるから」


「うん」


僕は何か気の利いた言葉を放とうとしたがなにも思い浮かばなかった。


「たまに電話していい?やっぱり」


レイが言った。


「もちろん。もちろんだよ」


僕はそう答えた。それから電車の時間が近づいてきたので僕らはもう一度さようならと言って別れた。補足して伝えたいことがあるんだけど僕の人生の中でこの先レイから電話がかかってくることはなかった。本当の別れ。


新幹線で品川まで行きそれから乗り継いで経堂まで帰った。部屋の電気をつけるとなぜだかどっと疲れがやってきて僕はそのまま眠った。


 2日後に熊本から送ってもらった荷物が届いて僕は荷物も整理せずにギターを弾いた。それから朝凪という曲とヘミングウェイという曲の制作に取り掛かった。朝凪はすぐにできたがヘミングウェイのほうはなかなか難しかったためレイサン島に送った。すぐに電話がかかってきた。


「ウーリー。お前、やっぱ天才だよ」


レイサン島は開口一番にそう言った。それから曲をベタ褒めしてヘミングウェイも電話内で完成させた。


「今度、ライブやってみようか。数曲だけだが人にみせないのはあまりにも勿体なさすぎる。才能があったとしても世界は基本的に俺たちを見つけられない。馬鹿だからな。もしも才能があってそれを証明したいなら自分の方から世界に見せつけなくちゃならない」


この言葉で僕らの人生が少しずつ動き始めるんだけどそれはまた別の機会に話すことにする。

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― 新着の感想 ―
ほんの少し寂しいけど、前向きっていうか、戻れないから新しい場所を作るってのもいい哲学やなと思いました。 「来年は花火にでも行く?」は、ウーリーのことを好きになれそうと言ったレイが、いつか誰かに言ってみ…
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