例えばくだらない話だとしても
ロッジに戻ると皆んなも星を見たいと言ったのですぐそばにある少しひらけた所で星を見た。平日だったのもあって僕らのロッジの近くには人は泊まっていないみたいだったのでレイサン島が僕のクラシックギターを持ってきてオリジナル曲の歌う悪魔は夢をみるを歌った。一緒に来ていた男と女2人はそれにダンスをしてくれたので僕とネコも加わって踊った。振り付けの決まっていない出鱈目なダンスほど楽しいものはない。踊らないといけない。踊らなくちゃつまらないから。
一曲歌い終えてまた星空を見て静かに昔のことを話している姿を俯瞰してみてみるとなんだか不思議な感覚になった。夜空を見上げてもひとりひとり見ているものが違うんだなと思ったんだ。誰かは1番光る星を見ていて、誰かは星座を探す、また誰かは宇宙全体を見ていて誰かは寂しそうな月を見ている。夜空を見上げるってだけでこれだけの視点があるんだと思うと面白かった。僕は空を見上げながら僕らのことを俯瞰して見ていた。実際には見えないものを補完して見る。世界が回っている。ぐるぐると。しばらく星空を見てそれに飽きてロッジに戻った。何人かは焚き火の前に座ってまた話の続きをしていたが僕はロッジに戻って歯磨きをした。それからしばらくして僕は眠った。多分、1番最初に眠ったんだと思う。
その代わりと言ってはなんだけど朝は1番早く起きた。それから外に出て片付けを始めた。後30分したらみんなを起こして全員で片付けしようとそう思った。僕は歯を磨きながら適当にゴミを集めてできる限りの分別をした。そうしているとネコが歯ブラシを持って近くにやってきた。
「おはよう、まだみんな寝てる?」
僕がそう聞くとネコはベランダの椅子に座って頷いた。朝が早いわけではないがまだ眠たそうだった。
「昨日は何時に寝たの?」
「あなたが寝てちょっとお話しして眠ったよ」
僕は口に含んだ歯磨き粉を捨てに中へ入って顔を洗い髪の毛を少し整えて戻った。ネコはまだ歯磨きをしながら外の景色を見ていた。僕は片付けの仕事を続けた。そしてその途中でネコの写真を何枚か撮った。とても素敵な写真だった。ゴミが大体まとまってネコの方を向くともうネコはいなかった。多分自分たちのロッジに戻ったんだと思う。僕はバーベキューの網を取って炊飯の道具と一緒に炊事場に持っていってそれを洗った。夏だったがかなり涼しかった。それでも動くと少し汗をかいたので僕はシャワーを浴びることにした。シャワーをして外に出るともうみんな起きていた。
「片付けやってくれたんだな。すまない。ありがとう」
レイサン島は僕にそういった。僕は首を振った。
「朝早く起きてすることがないからやっただけだよ。別に大したことじゃない」
僕が言うと彼はもう一度ありがとうと言って微笑んだ。
「タバコ吸わないか?綺麗な空気で吸うタバコを最後に堪能しておきたいんだ」
僕はいいねと言って川まで降りてそこでタバコを吸った。
「昨日のカニはマジで食ったの?」
「あぁ、食ったよ」
「いかれてんね、君って」
「別にいかれてはないだろ。せっかくの人生なんだし試したいことは試さなくちゃな」
僕は彼の哲学は僕の哲学と少しだけにている気がした。いや、最近の僕はてんでダメだな。過ぎたことに大してどうこう言うだけになってる。これじゃダメだ。
「うまかった?」
「まあ、うまくはないな。食えば?せっかくだし」
僕は少し考えた。それから近くの岩をどかしてカニを探し始めた。それで見つけたカニを上に持っていって焼いて食べてみた。
「どう?うまいか?」
「まあ、うまくはないね。別に次食べようとは思わない」
彼は笑った。
「試していかないとな。できることもやったことも全部多い方がいい。特に芸術家ならそうだ」
「君は芸術家らしいといえばそう見えるけど時々経済をまわす経営者にも見える」
彼は笑った。
「だが実際経営をするなら俺よりもずっとお前の方が向いてるよ。俺は自分が1番凄い人間だって思ってるからな。それがダメな所なんだ。1番大切なのは自分より優れた人間を上手く使えるかどうかなんだよ。そういった面ではお前の方がずっと向いてる」
「なるほどね、けど僕はそんなにうまく誰かを使ったりできないと思うよ」
「できるさ。惹きつけるものもあるしな。今はまだできないかもしれないけどすぐに自分の力がわかる」
僕はもう一本タバコに火をつけた。もう1人の男も出てきて僕らの近くに座った。僕らは声に出さずに挨拶を交わした。
「人生、自分のために生きるなら35で充分だ。20近くまでで形成された自分を15年くらいで世に放つ。それだけでいい。人生は時間じゃない。短いだとか長いだとかそんなことを気にしているやつはつまらない」
僕は少し考えてみた。近くに座った男が僕にタバコをくれといったので渡した。
「正直な話、僕が出会ってきた人の中で君ほど自己肯定感が低い人間を見たことがないよ。愛することにも、愛されることにも、君は怯えているようにみえる」
僕はレイサン島に言った。彼は少し驚いた顔をした。
「それから、君ほど僕が凄いと思った人間もいない。なんて言えばいいんだろう。僕は自分のことばかり考えている人間だからさ、やっぱり大切な人には僕より先に死なないで欲しいんだよね」
「こいつほど自己肯定感が高い男を俺はみたことないね」
近くに座った男はそう口を挟んだ。
「そういう見方もあるだろうね」
僕は男にそう返した。
「尺度が違うんだ。俺が言いたいのはだな。人生は時間じゃないってことなんだ。時間に囚われていたら見失うものも出てくるって話さ」
僕はなにも言わなかった。これ以上何かを言うと彼を怒らせてしまうかもしれないと思ったからだ。女の子たちがやってきてなにを話してるのか僕らに聞いた。
「人生について語ってたんだ」
もう1人の男がそう言った。女の子たちはどうせエロい話をしてたんだと自己解決をした。それから写真を撮ろうと言われたのでみんなで写真を撮った。帰る前にレイサン島が作ってきた歌を歌った。イングリッシュマフィンという曲でそれはそれはとても素敵な曲だった。
「声なんてどこにも届かないけど君に会えたことが嬉しくてニヤけちゃうのさ」
特に僕はここの詩が気に入った。それから強い焦りがやってきた。僕も何かをしなくちゃならない。彼がいなくなった時、いや、そんなことはあまり考えたくないけど僕にできることは少なくなる。昔から何故だかレイサン島からは死の気配を感じるのだ。とても強い何かがあってそれを揺るがせないために彼は生きている。まるで人生にケジメをつけるみたいに、まるでもがきながら海を泳ぐように彼の人生はいつも少しだけ窮屈でだけど海のように広く深いものだと思った。
帰り道に僕は新しい歌詞の構成を考えた。それはレイサン島のことを書いた詩だった。そしてそれに僕の1番好きな作家の名前をつけた。
「あなたはもう東京に戻るの?」
ネコは僕にそう聞いた。相変わらずクーラーは僕らの環境を一生懸命作ってくれていた。カーステレオからは踊ってばかりの国の唄の命が流れていた。
「明日には熊本を出るよ。鈍行だけで帰るんだ。5日かけて各地を巡りながら帰るよ」
「ふうん。じゃあ次に会うのは向こうでだね。思い出話を聞かせてよ」
「もちろん。それに君にカフェラテとサンドイッチをまだ作れてないから」
彼女はクスクスと笑った。
「覚えてたのね」
「もちろん。今回のキャンプで唯一の心残りだよ」
「私はじめてのキャンプだったけど楽しかった。あんなに綺麗な星を見たのははじめてだったし、まるで自分が作り出した夢みたい」
僕はニコリと笑った。
「人生は素晴らしいね。それが作り出した夢であっても」
「素晴らしいね」
しばらく沈黙があってまたネコが話をはじめた。
「次はあなたの作った唄も聴いてみたいからインテリアにしないでね」
僕は頷いた。
「しないよ。少しやる気が出たから」
「ねぇ、あなた疲れてる?」
「少しね。なんで?」
「運転してもらってるから無理にとは言わないんだけど、もしあなたが良いなら美術博物館に行かないかなと思って、この近くにあるのよ」
「いいよ。案内してくれる?」
僕が間髪入れずにそういうと彼女は嬉しそうにありがとうと言ってスマホでその場所を調べた。僕はyonawoの矜羯羅がるから平賀幸枝の春の嵐に音楽を変えた。
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美術博物館内は人はまばらでほとんどの人が年寄りだった。若い人といえば僕らくらいしかおらず学生証を見せれば無料で入れた。ガランドウとしたホコリっぽい館内を僕らはゆっくりと静かに歩いていた。ときどきネコか僕がコソコソと話す以外の音は一切聞こえなかった。天井の赤褐色の光はまるで爬虫類の飼育をしているように穏やかに館内を照らし、それがなんとも言えない雰囲気を作り出していた。僕らは触れてもいい展示品の前で足を止めた。その場所は他の場所に比べたら少しだけ賑わっていた。それは時計の展示品で説明書きには芸術家の名前とその彼が込めた想いが書かれており近くの指示版に色々と嘘くさいことが書いてあった。ネコは占いだとかを信じやすい質で僕と一緒にこれをやるためにそこに並んだ。
僕らの番が回ってくるとまず最初にネコが壊れた時計の針を回した。それから僕の方を見て次はあなたの番よと言うふうに瞳孔の形を変えた。僕は何かしてやらなきゃって気持ちになってその時計の針を反対方向に回した。2人の間で沈黙はずっと続いていた。周りの人たちも比較的には静かに展示物を見て回っていたが音はポツリポツリと存在していた。それはもう二者間での沈黙に過ぎなかった。それから展示品の横に置いてある指示板に書かれてある通りに僕らは目を瞑った。数十秒間目を瞑った。そこでなんの景色が浮かぶのかっていうものらしい。馬鹿げてる。数十秒間目を瞑って何か景色を浮かべろなんて言われて浮かんだ景色なんてくだらない景色に違いない。何も浮かばないことの方が多いに決まってる。僕はそう思った。だけどその景色は浮かんできた。まるで夢を見たくなくたって見てしまうように。
「ウーリー」
声をかけられて目を開けた。そこには現実が広がっていた。展示されたおかげで動いていた時よりもみんなに愛されている古時計とネコ、それから順番待ちをする老夫婦が見えた。ネコはすぐに横にあった昔誰かが作った壺の前に移動した。僕も少し遅れてネコの横についた。それから近くのソファーに向かって足を進めた。
「なんの景色が浮かんだの?浮かんだんでしょ?」
ネコは小声で僕にそう聞いた。尋ねられて僕は改めてここが現実だと認識した。
「山岳地帯のヤギの景色、風が吹いてた」
「ふうん、あの崖をよじ登ってるヤギ?」
頭の中でレイがメェと言った。
「ううん、あの危険そうな場所にいるヤギじゃない。もっとなだらかな岩石地帯だった。それから風が吹いていて植物が軽く揺れていた。転がっている植物もいた」
「それが何かを表すのかしら?例えば孤独だとか…」
「孤独?どうして?」
僕が少し大きな声でそう聞いたせいでネコが顔の前に人差し指を立てて静かにというような動作をした。
「あなたといえば孤独ってイメージが私の中にはあるのよ。言ったことなかったっけ?」
僕は首を振った。
「聞いたことない」
「そう?けどそんなイメージなの。だけど孤独になんてなれない。あなたは孤独だけど孤独じゃない。変なこと言ってるようだけどそうなの。これは言ったっけ?」
「よくわからないな」
僕はそう言ったけどなんとなくイメージができた。そのせいで時々寂しくなったりするから。
「君は?何か浮かんだ?」
「何にも浮かばなかったわ。あなたが変なことしたせいでそのことが気になって何も浮かばなかった」
山岳地帯に山羊がいることは何ら不思議なことでもない。僕が変な気分になったのはその山羊のツノが少しずつ伸びていくのが鮮明に浮かんだからだそれはいつか自分の頭を突き刺してその山羊を殺してしまう。膨れ上がっていく止めることのない何かにいつか僕も殺されてしまうのかもしれないと思って気持ち悪くなった。レイサン島が言った言葉を思い出した。自分のために生きるのなら35で充分だ。そうだな、誰かのために本気で生きなくちゃ僕の人生は短く価値のないものになる。レイサン島の言葉はいつも意味を含んでいる。僕にはその尺度というものが何となくわかった気がした。そしてそれがわかるということに非常に嫌な気持ちになった。それは結局のところ僕は僕以外の誰も本質的に愛することなどできていないということだからだ。
「仕方ないことだよ。お前とその子は何もかも違ったんだ」
「だからこそわかるの。あなたが本質的な部分で私を見てくれているから。あなたは私のこと本質的には愛していないでしょ?」
頭の中で言葉を思い出した。レイサン島も窓のない宇宙船も間違ってない気がする。それは僕が否定しようが何にも意味のないことだ。事実。「人生」とロボットが言った。僕はもうなにを言われるのかがわかっていた。
「自分が語るより他人が語るほうが真実に近いこともある」
「大丈夫?」
ネコがまた僕に優しく声をかけた。さっきよりずっと優しい声だった。
「少し疲れてるのよ。ごめんね、無理させちゃってる」
僕は首を振った。
「けど確かに少し疲れているのかもしれない。
彼女は僕の背中を優しくさすってくれた。
「嫌なこと思い出した?私もときどき思い出す。大丈夫よ、あなた悪い人じゃないから」
ネコは優しく、そして淋しそうにそう言った。彼女には彼女の悩みがあるし僕にも僕の悩みがある。そしてそれらは他人では計ることができない。それからネコは涙を流した。数滴だけの涙。僕にバレないようにすぐに拭ったがそれは確かに僕の網膜を貫通した。それが僕のために流した涙なのかはわからなかったが僕の苦しみはもういなくなっていた。ときどき僕以外の僕は僕じゃないと言い張る人間がいる。僕はネコ以外の誰かはネコじゃないと言いたくなって彼女の本名を呼ぼうとしたが急に小っ恥ずかしくなってやめた。それから気の利いた言葉を考えてみたがどう考えたって名前を呼ぶ以上に気の利いた言葉なんてなかった。
「君は大丈夫だよ。僕は間違えないから、釣った魚はアンチョビじゃないのと同じように」
ネコは何を言っているのかわからないと言ったような顔をしてそれから少しだけ微笑んだ。
帰り道はあまり言葉を交わさなかった。隣でネコがポップソングを歌っていた。どれもこれも良い音楽だなと思った。家についてキャンプ道具を手入れして僕は眠った。深く暗く粘度のある眠りだった。メェーとレイが言った気がした。




