夢とせせらぎ③
急に植物を買いたくなって色々と調べてから近くの花屋さんに観葉植物を買いに行ったら、何かを勘違いした店員が以前も来てくれましたよねと僕に言った。僕は全く身に覚えのなかったが、一応この前はありがとうございましたとだけ答えてみた。世の中には自分のそっくりさんが何人かいるというのを聴いたことがあるがおそらくいざ会ってみて隣にいる友達がお前とよく似てると言ったとしても自分自身じゃ全く違うものに見えるだろう。それは動物園に行って猿の顔を覚えられなかったり泳いでいる魚の群れのひとりひとりに名前をつけないのと一緒で結局のところ自分以外のほとんどの人間は自分の認識が甘く、そのくせ興味もないのである。それに対して何かを言うというのは釣り上げた瞬間に魚に対してなぜ調理されていないのかを問いただすのとおんなじで冷静に考えれば自分自身の考え方が間違っていると気づくことができる。これは事実であるのだ。釣り上げられた魚はカルパッチョではないし、他人に対する認識は想像の何億倍も甘く、さらに興味もない。事実。
ただときどき僕と僕のそっくりさんとの違いを明確にわかってくれて僕以外の僕は僕じゃないと言い張ってくれる人がいる。魚群に名前をつけるようなそんな行為、いわゆる愛するという行為をしてくれる人がいる。愛とは積極性のことを指すとどこかの心理学者が言っていたが勘違いしてはいけないのは真摯的で且つ紳士的でなくては積極性も無駄になってしまうということだ。より簡単に言えばストーカーやメンヘラどものことを指すわけではないということだ。
話が飛躍してしまったが、植物を育てるのにも愛が必要になる。彼らの性質を理解しきちんと向き合わなくては育てることは難儀になる。特に植物というのはストレートできちんとした環境で優しい言葉をかけておけば真っ直ぐに育ってくれるものだ。難しいと感じたらとりあえず形から入ってみることが大切になる。僕もそう、形から入ることが多い。それで、僕はユーフォルビアにうどんという名前を、パキラにカモメという名前をつけた。愛の始まりはこんなにも単純なことからはじまるのだ。
名前をつけてから彼らにポジティブな言葉をかけて腹が減ったから自転車に乗って1番近くにある業務用スーパーに行ってシュウマイとパスタ麺と鶏胸肉を買った。それから家に帰ってシュウマイをレンジで温めて残っていたご飯と一緒に食べた。ネコが後で電話をかけると言っていたので僕は洗濯物を干しながら電話を待った。窓を開けると夏風が少しだけ入ってきた。後数日で夏休みがやってくる。今はなんとか扇風機だけでやってるけどそろそろエアコンをつけなくちゃならない。それで、もともと設置してあるエアコンの方を見た。ううむ。フィルターの掃除をするか迷うな。時間はあるけどその間にネコから電話がかかってきたら気づかないだろうなと杞憂したんだ。まぁ、いいや、待たせても30分くらいだしということで僕はエアコンのフィルターを掃除することにした。それで机の上に乗ってエアコンのフィルターを外し、風呂場に持って行こうとした時に電話がかかってきた。それはネコからではなく、せせらぎからだった。どうして彼女からかかってくるんだろうと思って僕はいったん出ないでみた。7コールだけ鳴って電話は切れた。僕は落ち着かないまま風呂場にフィルターを置いてシャワーの水をかけた。そのせいで埃が余計にこびりついたので僕はそれを手でゆっくりと取っていった。それから風呂用の洗剤を掛けてから部屋に戻り椅子に座った。開け放していた窓からまた風が吹いた。僕はタバコを手に取って外を見ながら一本吸った。そしてせせらぎに電話をかけた。だけど彼女は出なかった。メッセージも来なかったし、そのあとに電話がかかってくることもなかった。何かが足りない。そう思って音楽をかけた。ランプだな。うん。間違いない。ランプのさち子が聴きたい。そしてその後に泡沫綺譚を流したい。僕は心が思うままに音楽を聴いてネコからの電話を待った。だけどネコからも電話は来なかった。せせらぎからも電話は来ないしネコからも電話が来ない。もしかしたらもう携帯電話なんて古いものになって誰も使ってないのかもしれないなと僕は考えた。時代が進み技術が進歩して僕が置いていかれた。そんな世界じゃダメだ。せめて僕の世界くらい僕を中心に回ってもらわなくちゃ困る。やりきれない気持ちになって僕は近くのデリスという名前の洋食屋でエビフライとハンバーグの定食を食べた。ここのエビフライとハンバーグは世界で1番満足できるから僕は好きなんだ。それから家に帰って服を着替えて少し走ってからシャワーを浴び眠りについた。
次の日にネコから電話が来た。
「昨日はごめんなさい。本当に。メッセージもいれられなくて」
「いいよ、気にしなくて、今日電話をくれたわけだし。剥がしたカレンダーをノリでつければ君は間違ってなかったことになる」
「カレンダーがあるの?おうちに」
僕は僕の部屋の壁を見まわしてみた。
「ないよ。ないね」
「そう。それで、埋め合わせをしたいの」
僕は首を振った。
「埋め合わせ?別にいいって」
ネコも首を振ったんだと思う。携帯電話の向こう側で。
「あなたが行きたいところとかないの?」
僕は少しだけ考えてみた。行きたいところか……
「変な話、君とどこに行きたいかって言われたら、南の島の小さな椰子の木のある家かどこかにいって夕陽が沈むまで子犬や子猫だとかアザラシや鯨の子供についての話をして時間を潰してみたいな」
「いつか行けるといいわね。何か欲しいものはないの?買い物にでも付き合うわよ」
「特にないな。昨日、観葉植物を買ったところだし……でも君と動物園を歩いたのは楽しかったな。ねぇ、高尾山でも登ろうよ。夏で暑いけど着替えを持ってきて隣接した温泉に入って帰ればいい。多分、これは幸せだと思うよ」
「いいじゃない。もう来週から夏休みよね。熊本には帰るの?」
「帰るよ。少しだけだけど。キャンプに誘われたんだ。と言ってもロッジに泊まるから大して本格的じゃないけど。たしか、君もくるんだよね?」
「あれ、あなたもくるの?じゃあ行こうかしら。てっきりあなたはそういう集まりには来ないものだと思ってた」
「ねえ、僕は夏が好きなんだ。他のどの季節よりも夏が好きなんだよ」
「ふうん。まあ、いいわ。とにかく、来週の平日に高尾山に行きましょう」
そう言ってネコは電話を切った。僕は気分が良くなって近くの100円ショップで植物のためにいくつか雑貨を買い揃えた。それで昨日食べなかった鶏胸肉を低温調理してブロッコリーと一緒に食べた。そして大学に行って講義を3つ受けたあとにバイトに行った。
その次の日曜日にバイト先でせせらぎに会った。僕は彼女に電話をかけてきた理由を聞いてみた。
「私は電話なんてかけてないわ」
僕は考えてみた。それから電話がかかってきたことがわかる画面をだしてみせた。
「最近、家であなたの話をしたからママがあなたのことをチェックしたのかもしれないわ。その時に間違って電話するボタンを押しちゃったのよ、多分」
「凄いですね、そんなことしなくたっていいのに」
彼女はドクダミ茶を僕に振る舞ってくれた。
「ごめんなさいね、迷惑だと思ったらブロックしてもらって構わないから」
僕は振る舞われたお茶を飲みながら首を振った。彼女はいつもと似たような格好で姿勢良く座っていた。
「いや、迷惑ってほどじゃないんですよ、でも次は出てみます。あなたが出てくれたら嬉しいですし、その可能性に賭けてみようと思います」
彼女はニコリと笑ってお茶の感想を求めた。
「案外、臭みもないんですね、こんなに飲みやすいとは思ってなかったです。すごく好きですね、特に冬ならもっといい」
「ふうん、でもここ少しクーラー効きすぎてるし休憩中に飲むならいいんじゃない?」
「そうですね、またあとでください」
彼女は頷いてまたニコリと笑った。
「好きな人はいる?つまり、彼女だとかそういうひと」
彼女は唐突に僕に聞いた。僕は少し考えてみた。
「います」
「ふうん」
「どんな子?」
僕はネコのことを考えてみたがいざ考えてみるとうまく声すら思い出すことができなかった。
「例えばケーキを切り分けた時に切り分けたものの大きい方を僕にくれるような子です」
僕はそう話してからそれじゃちょっと弱いなと思った。ネコの魅力は他の人には話すことができないんだ。それは、うん。僕の弱さを含めて話さなくちゃならないから。
「優しい子なのね」
僕は頷いた。
「けど本当はあげたくないんです。あげたくなさそうに僕にくれるような感じです。人間くさいって言うんですかね」
「あなたはその子のことをよく知ってるのね」
「いいや、全然知らないんですよ、それが。これからです。これから少しずつ知っていくんです。だから本当は好きなのかどうかわかりません。正直な話、愛することは難しい。この先その人も死んじまうって思うと特に」
僕はそう言ったあとにこの前も似たようなことを言ったなと思った。おんなじような言葉を繰り返してる。まるで歌うように。
「私もね、誰かと関わる時そういうふうに考えるの。ちょっと違うんだけどね。あなたみたいに言葉にするのは苦手だけど、なんて言えばいいのかな、その、どんな関係性にも別れはあると思うの。友達も恋人も家族も知り合いも同様にね」
彼女は頭のなかで少しずつ整理しながらゆっくりと話した。効きすぎるクーラーは静かな機械音を出しながら僕らのいる部屋を当たり前のような顔をしながら冷ましていた。僕はドクダミ茶を一口飲んだ。さっきよりずっと美味しかったがそれを口にしたら彼女の会話が止まるだろうと考えてやめた。
「うん。それで、えっと。あの、なんて言えばいいのかな。うん。関わったときにね、あー、この人は多分私のこういうところがダメになって離れていくだろうなって思うの。私のこういうところが嫌いになって、めんどくさくなって離れていくんだろうなって思うの」
僕は頷いた。
「嫌われ方を探しちまうんですね」
彼女は頷いた。
「だからできるだけ余計なことをしないようにしてるの。だけどなんでだかあなたに嫌われるイメージがわかないの。こんなのはじめて」
僕は微笑んだ。
「僕は嫌いになんてならないからじゃないですかね。もしもなにかあれば話し合いをしようと心がけるし、なんとなく僕たちは似ている気もするから」
「けど考えてはいるのよ、例えばハーブティーを持ってくるのだとか、こうやって話しかけることも一度考えたの。面倒に思われてないかなって」
僕は頷いた。
「僕は人生を楽しもうとしてるんです。例えば知らないことがあれば知ろうとするし見たことがないものならみたいと思うんですよ。なんていうか考え方が人生に向いてるんです。人生って宇宙旅行みたいな感じなんですよ。とりあえず新しいものがあれば拾う人もいるし安全に安全にって生きてく人もいる。どっちが正しいとかはないんですけど前者にはコツがいるんです。新しいものを嫌ったら受け入れることはできないってことです」
彼女は相変わらず真剣に僕の話を聞いてくれた。
「それでも面倒だと思うことはあるでしょ?」
「ありますけど、その時にはもう僕の中でその人の一部にすぎなくなってると思いますよ。多面性の中で生きてるんですから」
「あなた、頭がいいわよね」
「これは色んな人に何度も言ってるんですが頭はよくないです。いくつかの視点があるってだけで」
「ふうん」
彼女が言った。
「ふうん」
僕も言った。それから話を戻してドクダミ茶が美味しいって話をするとそれは家で育てたものではなく市販に流通しているものだから買ってみるといいと教えてくれた。




