半減期なんて怖くない!酸素ちゃんが解き明かす、生命と絆の真理。夕焼けが照らす二人の永遠
聖メンデーレフ魔法女学院の屋上は、夕焼けの特等席だった。
学院の建物が林立する向こうには、遠くの街並みがぼんやりと霞み、茜色に染まった空がどこまでも広がる。
風は穏やかで、一日の終わりを告げるような静けさが漂っていた。
水素ちゃんと酸素ちゃんは、屋上の縁に並んで座っていた。
金属製のベンチは、まだ昼間の熱を微かに残している。
遠くの広場では、幼い「おもいおもい組園児」たちが遊んでいるのが見える。
彼らは放射性元素の特性を持つ元素娘たちで、ある程度の時間が経つと魂だけの幽霊状態に移行し、再び活性化するまでの間、冬眠のような状態に入るのだ。
もちろん、元素の種類によっては個人差も大きいが。
水素ちゃんは、その小さな指でおもいおもい組園児たちを指さした。
彼女の瞳は、夕焼けの光を映して揺れている。
「あの子たち、すぐにお休みに入っちゃうんだよね?私、一人でいるの苦手だから、ちょっと寂しいな…」
彼女の寂しがり屋な性格は、時に彼女を不安にさせる。
全ての始まりであり、宇宙で最も多く存在する水素は、単独では不安定だ。
だからこそ、常に誰かと「合体」していたいと願う。
始まりを好む彼女にとって、「終わり」や「別れ」は、ほんの短い期間であっても心をざわつかせるものだった。
酸素ちゃんは、そんな水素ちゃんの頭を優しく撫でた。
彼女の大きな澄んだ瞳は、夕焼けの空を見つめている。
「そうね。でも、あれは終わりじゃないのよ。冬眠みたいなものってモーズリー先生も言ってたでしょう?また元気な姿で復活するんだから、心配いらないわ」
モーズリー先生は、常に生徒たちの不安を和らげるような言葉を選んで話す。
彼は、特殊元素材料学の専門家として、放射性元素の半減期についても詳しく説明してくれるのだ。
「でも、いつまたお休みしちゃうのかなって考えると、ちょっとだけドキドキするんだ…」
水素ちゃんの声には、まだ不安が残っていた。
彼女は、今この瞬間の「わくわく」を何よりも大切にする。
だからこそ、いつか訪れる「お休み」が、その輝かしい瞬間を奪ってしまうのではないかと恐れているのだ。
酸素ちゃんは、夕焼けに染まる空を見上げながら、静かに語りかけた。
彼女のポニーテールが、夕焼けの光を受けて炎のように揺れる。
「水素ちゃんは、いつも新しいもの、始まりのことに目を向けているから、立ち止まるのが苦手なのね。でも、私たちがこうして呼吸をしたり、燃えたりするのも、形を変えて続いていくことなのよ。大切なのは、今を生きること。そして、次に繋ぐこと」
彼女は、自身の「生命の維持に不可欠」というモチーフと、その「継続性」を、水素ちゃんに伝えようとしていた。
彼女は、治癒魔法を得意とし、新陳代謝を高めることで生命活動を助ける。
それは、彼女が「継続」という概念を深く理解しているからこそだ。
酸素ちゃんは、自身の治癒魔法で、夕焼けの空に、ゆっくりと形を変えていく雲(元素の変化をイメージ)を映し出した。
雲は、風に吹かれて刻々とその姿を変え、時には消え去り、また新たな形となって現れる。
それは、元素が姿を変えながらも、その本質は変わらずに存在し続けることの象徴のようだった。
「まるで私たちの生命活動そのものみたいでしょう?」
その言葉に、水素ちゃんはハッとしたように顔を上げた。
彼女の瞳が、夕焼けの光を反射してキラリと光る。
「うん、酸素ちゃんの言うこと、なんとなくわかる気がする!」
水素ちゃんは、不安げだった表情から、少しずつ穏やかな笑顔に変わっていく。
彼女の純粋な心は、酸素ちゃんの言葉を直感的に捉えたのだ。
彼女は、酸素ちゃんの口癖を真似て、元気を取り戻した。
「私がいないとダメなんだから!…って、よく言ってるもんね!しゅわーっと、今を大切に…、ね!」
酸素ちゃんは、そんな水素ちゃんの言葉を聞いて、満ち足りた笑顔を浮かべた。
彼女は、水素ちゃんの頭を再び優しく撫でた。
「ふふ、そういうことよ。それに、あなたと私がいる限り、どんな形になっても、私たちはいつも一緒にいられるんだから!」
彼女の言葉には、強い確信が込められていた。
水(H2O)として、あるいは様々な有機化合物として、水素と酸素は常に共に存在する。
それは、ただの化学的な結合ではない。
互いが互いの存在を必要とし、支え合う、強固な絆なのだ。
夕焼けの最後の光が、屋上をオレンジ色に染め上げる。
二人の間に流れる空気は、これまで以上に温かく、そして確かなものになっていた。
水素ちゃんと酸素ちゃんは、その日、互いの存在の深さを改めて感じ合った。
そして、これからも二人の間には、無限の「化学反応」が起こり続けるだろう。