「私がいないとダメなんだから!」世話焼き酸素ちゃん、天才(?)水素ちゃんの暴走を止められるか!?
聖メンデーレフ魔法女学院の鐘の音が、夕焼けに染まる空に響き渡る。
その音は、元素の力が日常に溶け込むこの全寮制の学舎で、少女たちが元素化学魔法を研鑽する日々の始まりと終わりを告げていた。
荘厳な石造りの校舎には、実験室のガラスフラスコに光が反射し、中庭の木々には元素が織りなす微かな輝きが宿る。
ここは、周期表がただの表ではない、生き生きとした魔法の法則として息づく場所だ。
夕食後の寮の共有スペースは、まだ生徒たちの賑やかな声がこだましていた。
聖メンデーレフ魔法女学院の寮は、それぞれの元素娘の特性に合わせて少しずつ内装が異なり、共通の共有スペースですら、そこかしこに元素魔法の痕跡が散りばめられている。
ヘンリー・モーズリー先生が持つお掃除当番表は、元素記号と名前が可愛らしく書かれた紙だった。
彼の手元には、担当生徒が記された小さな輝きを放つクリスタルが埋め込まれている。
「今日の当番は君たちだ、水素ちゃんと酸素ちゃん。頼んだぞ」
モーズリー先生は、いつも通りの穏やかな口調で言った。
先生は、学院で特殊元素材料学を担当する若き教師で、その見た目は流線型のデザインと紺紋様入りの耐X線用の白スーツでキメてはいるが、顔は普通の眼鏡黒髪青年に近い。
生徒たちの奇行にもあまり動じない肝の据わった性格だが、時折見せる困ったような笑顔が、少女たちのいたずら心をくすぐるらしい。
水素ちゃんは、ぴょんぴょんと跳ねるアクアブルーのショートヘアを揺らし、大きなスカイブルーの瞳をキラキラと輝かせた。
頭頂部の一本のアホ毛が、彼女の元気の良さを象徴するように揺れている。
彼女はまだ7歳、小学1年生のあどけなさが残る。
「しゅわーっとピカピカにしちゃおー!」
無邪気な声で叫ぶと、足元の水滴が微かに揺れた。
白と水色を基調としたセーラー服風のワンピースの裾には水の波紋が描かれ、常に裸足で駆け回る彼女の周りには、確かに小さな水滴が漂っている。
隣に立つ酸素ちゃんは、鮮やかなオレンジレッドのポニーテールを揺らしながら、キビキビと応じた。
彼女は14歳、中学2年生。
赤と白を基調としたナース服モチーフとチアリーダーの衣装を合わせたような、活動的なデザインの服が、彼女の世話焼きで活発な性格を表しているかのようだ。
「はい、先生!隅々まで綺麗にしますね!」
彼女の瞳は大きく澄んだスカイブルーで、快活さと慈愛に満ちている。
ウエストポーチには常に応急処置セットが入っているのが、彼女らしい。
酸素ちゃんは、水素ちゃんの予測不能な行動をよく知っているからこそ、少しだけ気を引き締めた。
モーズリー先生が共有スペースを後にすると、水素ちゃんは早速、掃除機に飛びついた。
「ねぇねぇ、酸素ちゃん!これ、もっと軽くなーれ!」
そう言うと、彼女は両手を掃除機にかざした。
彼女の特技である「物質を軽くする魔法」が発動する。
掃除機はみるみるうちに重力を感じさせないかのように軽くなり、水素ちゃんの指一本で宙に浮き上がった。
「わくわくするね!高速お掃除だー!」
水素ちゃんは、浮かせた掃除機をまるでリモコン操作でもするように、ぴゅーんと部屋中を高速で動かし始めた。
掃除機は彼女の好奇心のままに、予測不能な軌道を描いて飛び回る。
壁にゴン、テーブルにドン、挙げ句の果てには窓ガラスにぶつかる寸前で急旋回し、棚に飾られた花瓶を揺らす。
「水素ちゃん!危ないわ!そんな乱暴な掃除の仕方じゃ!」
酸素ちゃんの叫び声が、共有スペースに響き渡った。
彼女の燃えるようなポニーテールが、焦りからか微かに揺れる。
水素ちゃんの「爆発的なエネルギー」は、普段は明るいムードメーカーとして学院に活気をもたらすが、一度方向性を間違えると、文字通り大混乱を引き起こすのだ。
ガシャン!
水素ちゃんの浮かせた掃除機が、ついに棚から花瓶を倒した。
美しい花が飾られていた花瓶は床に叩きつけられ、水が勢いよく広がる。
「あ!水だ!私と合体!」
水を見た水素ちゃんの瞳が、キラリと輝いた。
彼女の「水遊び」という嗜好が、とんでもない方向で発動する。
彼女の特技である「水を生成・操作する魔法」が、無意識のうちに花瓶の水を吸い上げ始めた。
床に広がる水はあっという間に球状にまとまり、さらに掃除機が巻き上げた埃やゴミもその水玉の中に吸い込まれていく。
みるみるうちに巨大な水玉は成長し、その中には埃やゴミが黒い渦を巻いている。
「きゃあああ!水に埃が!もう、私が燃やすしかないわ!」
酸素ちゃんは絶叫した。
彼女にとって、汚染された空気や水は耐え難い。
世話好きで正義感が強い彼女は、この状況を放置できない。
水玉の中の埃を「燃やす」という、非常に酸素ちゃんらしい発想だった。
彼女は両手を水玉にかざし、その手から微かにオレンジ色の光が漏れる。
「燃えてきたーっ!」
彼女の口癖が、今、文字通りの意味を帯びていた。
酸化力が強い彼女の特技が、巨大な水玉の中で発動する。
水中の埃が、ボッと音を立てて燃え上がった。
水蒸気と焦げ臭い煙が、共有スペースに充満する。
巨大な水玉は半ば蒸発し、床には焦げ付いた埃の跡が点々と残っていた。
黒焦げになった小さな塊が、そこかしこに散らばっている。
水素ちゃんは、その光景を眺めて、けろりとした表情で言った。
「あはは!なんか、スモークがかっちょいい!」
彼女は、自分が引き起こした混乱を全く気にしていない。
純粋で裏表がない彼女らしい反応だった。
隣で、酸素ちゃんは深い深い溜息をついた。
「水素ちゃん、これは掃除じゃなくて、もはや災害よ…!はぁ…私がいないとダメなんだから!」
そう呟きながら、酸素ちゃんは残った焦げ跡を、まるで消し炭でも拭き取るかのようにゴシゴシと拭いている。
彼女の顔には、諦めと愛情が入り混じった複雑な表情が浮かんでいた。
共有スペースの隅には、真っ黒になった小型の掃除機が、まるで活動を終えた炭素の塊のように転がっている。
水素ちゃんは、そんな酸素ちゃんの姿を不思議そうに見つめた。
彼女の好奇心旺盛な瞳には、まだ次の「わくわく」が宿っているようだった。