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【元素娘】~元素118種、擬人化してみた。聖メンデレーエフ女学院の元素化学魔法教室~  作者: 我破破
【1. 水素ちゃん】明るく元気いっぱいで、誰とでもすぐに打ち解けるムードメーカー。好奇心旺盛で新しいことが大好き。ちょっぴりドジ
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炭素ちゃん、絶望の黒塗り!? ヘリウムちゃんが絵画に革命を起こす!?色彩解放戦線!

 聖メンデレーエフ魔法女学院の美術室は、太陽の光が柔らかく差し込む、広々とした空間だ。

壁には、生徒たちが元素の魔法を使って作り上げた、色鮮やかで独創的な作品が飾られている。

中には、見る者の目を奪うほど複雑で美しい有機化合物の構造を模した絵画もある。

それは、炭素の元素娘、黒髪清楚な炭素ちゃんの作品だ。

炭素は多様な結合を形成し、生命の根幹をなす有機物の骨格となる元素。

炭素ちゃんの描く絵は、まさにその性質を体現したかのように、繊細で複雑、そしてどこか生命の息吹を感じさせるものだった。



 しかし、今日の美術室には、いつもの活気に満ちた雰囲気はなかった。

部屋の隅で、炭素ちゃんがイーゼルの前に座り込み、真っ黒に塗りつぶされたキャンバスをじっと見つめている。

その姿は、まるで彼女自身が深い闇の中に閉じこもってしまったかのようだった。



 そこへ、水素ちゃんとヘリウムちゃんが通りかかった。

水素ちゃんは、美術室から漂ってくる、絵の具と微かな元素魔法の匂いに気づき、「わくわくするね!」と立ち止まった。

ヘリウムちゃんは、特に匂いを気にする様子もなく、ふわふわと水素ちゃんの横に漂っていた。



「炭素ちゃん、どうしたの?元気ないね」


 水素ちゃんは、炭素ちゃんの様子にすぐに気づき、心配そうに話しかけた。

彼女は、誰かが困っているのを見ると放っておけない優しい心の持ち主だ。

炭素ちゃんの描く、複雑で美しい絵が好きだった。



 ヘリウムちゃんは、水素ちゃんの肩越しに、炭素ちゃんの絵をじっと見つめた。

真っ黒なキャンバス。

絵を描くことをやめてしまったかのような、絶望的な黒。



「またスランプですかぁ……?」


 ヘリウムちゃんは、抑揚の少ない声でポツリと呟いた。

彼女は、感情の起伏は少ないが、その分、状況を冷静に、客観的に観察することができる。

炭素ちゃんが時々、こうして筆が進まなくなることがあるのを、ヘリウムちゃんは知っていた。

炭素は安定した結合を形成しやすいが、時にはその「安定」が、芸術家としての「停滞」につながることもあるのかもしれない。



 水素ちゃんは、炭素ちゃんの描いた黒い絵を見て、首を傾げた。

彼女の持つ「軽さ」や「明るさ」とは対極にある、重く、暗い色だ。



「うーん……炭素ちゃんの絵はいつも綺麗だけど、もっとしゅわーっとした、わくわくする感じが欲しいな!」


 水素ちゃんは、自分の感覚をそのまま口にした。

彼女にとって、絵は「見てわくわくするもの」「心がしゅわーっと明るくなるもの」だった。

炭素ちゃんの描く精緻な有機化合物の構造は、確かに美しく、先生や上級生からは高い評価を受けているが、水素ちゃんには少し難しく、時には「重たい」と感じられることもあった。



 ヘリウムちゃんは、黒い絵から目を離し、少し考え込むように宙を見つめた。

そして、科学者然とした口調で、冷静に分析を始めた。



「水素結合が足りないんじゃないですかぁ? 有機化合物において、水素結合は分子間に働く比較的弱い力ですが、その存在によって、分子の集合状態や物性が大きく変化します。炭素さんの絵は、一つ一つの分子構造は完璧に見えますが、分子間の相互作用、つまり『繋がり』や『広がり』が、少し不足しているように感じます。分子構造が安定しすぎているというか……」


 ヘリウムちゃんは、いつものマイペースな調子で、しかし、美術評論家や化学者顔負けの分析を口にした。

彼女は、不活性で他の元素とほとんど反応しない。

だからこそ、彼女は周囲の元素やその結合を、客観的に、そして時には核心を突く視点で見ることができるのだ。

炭素ちゃんの絵を、彼女は有機分子の集合体として捉えていた。



 水素ちゃんと炭素ちゃんは、ヘリウムちゃんの突拍子もない分析に、目を丸くした。

水素結合? 分子構造? 芸術にそんな理屈があるのだろうか?


 炭素ちゃんは、それまで微動だにしなかった体が、ピクリと動いた。

ヘリウムちゃんの言葉は、彼女が抱えていた漠然とした閉塞感に、思いがけない光を当てたような気がした。

自分の絵は、あまりにも「正しい」構造にこだわりすぎて、息苦しくなってしまったのかもしれない。



 水素ちゃんは、ヘリウムちゃんの難しい話はよく分からなかったが、ヘリウムちゃんが何か「足りないもの」について話しているのは理解できた。

そして、炭素ちゃんが少しだけ反応したのを見て、何かひらめいた。



「そうだ!私とヘリウムちゃんで、炭素ちゃんの絵に色をつけよう!」


 水素ちゃんは、まるで名案を思いついたかのように、パッと明るい表情になった。

彼女は、自分の特技である水を生成する魔法を使った。

手のひらから、清らかで透明な水が湧き出し、それを黒いキャンバスに向かって霧状に吹き付けた。

水滴が黒い絵の表面に降り注ぐ。



「ちょっと、水素ちゃん!何を……」


 炭素ちゃんが慌てて止めようとしたが、水素ちゃんの行動は早い。



 そして、ヘリウムちゃんは、何も言わずに、自分の浮遊魔法を使った。

彼女の体がふわりと浮き上がり、手にしたヘリウム風船も一緒に持ち上がった。

そして、彼女は黒いキャンバス全体を、ゆっくりと地面から持ち上げた。

絵は、まるで重力を失ったかのように、ふわりと宙に浮かんだ。



「ヘリウムちゃんまで……!」


 炭素ちゃんは、何が起こっているのか理解できなかった。

彼女の絵が、空中に浮かんでいる。



 ヘリウムちゃんは、浮かせた絵を美術室の大きな窓の方へと移動させた。

窓からは、午後の柔らかな太陽光が差し込んでいる。

ヘリウムちゃんは、絵を光にかざすように調整し、さらに、微かな元素魔法を絵の表面にかけた。

それは、光のスペクトルを操作する、ヘリウムの隠れた才能の一つだった。

太陽光が、水滴のついた黒いキャンバスを通過し、ヘリウムちゃんの魔法によって、プリズムのように分解される。



 黒いキャンバスの上に、虹色の光の筋が現れた。

赤、橙、黄、緑、青、藍、紫……太陽光の七色のスペクトルが、水滴の一つ一つを透過するたびに、きらめきながらキャンバスに投影される。

黒い絵は、もはや単なる黒ではない。

そこには、光と水が織りなす、予想もしなかった色彩が躍動していた。



「わぁ……!綺麗!」


 水素ちゃんは、思わず声を上げた。

彼女の目に映る光景は、まさに「しゅわーっとするような、わくわくする感じ」だった。



「太陽光スペクトルアート!」


 ヘリウムちゃんは、満足そうに、しかしやはり抑揚の少ない声で言った。

彼女にとっては、これは科学的な現象を利用した、ごく自然な「アート」だった。



 炭素ちゃんは、空中に浮かぶ、虹色に輝く自分の絵を、呆然と見つめていた。

彼女の目は、驚きと、そして静かな感動に満たされていた。

これまで、彼女は精緻で安定した構造を描くことに全力を注いできた。

完璧なベンゼン環、美しい螺旋構造……それは、確かに化学的に正しく、芸術的にも優れていた。

しかし、どこかで何かに行き詰まっていた。



「……面白い」


 炭素ちゃんは、絞り出すように呟いた。

黒く塗りつぶすことで、全てを否定しようとしていたキャンバスが、今、予想もしなかった光と水によって、全く新しい表情を見せている。



「これまでの有機化合物とは違う、もっと自由な発想が必要だったんだ……」


 彼女は、ヘリウムちゃんの「分子間の相互作用」という言葉を思い出した。

完璧な個々の構造だけでなく、それらがどのように繋がり合い、互いに影響し合うのか。

そして、水素ちゃんの無邪気な「わくわくする感じ」が、その自由な発想を刺激する。



「ありがとう、二人とも!」


 炭素ちゃんは、心からの感謝を口にした。

スランプの闇が、一気に晴れやかになったような気がした。



 水素ちゃんは、「しゅわーっと行こう!」と、嬉しそうに跳ね回った。

自分の無邪気な行動が、炭素ちゃんの役に立てたことが、純粋に嬉しい。



 ヘリウムちゃんは、絵をゆっくりと地面に戻しながら、いつもと変わらない、どこか眠たげな表情で言った。



「別に、何でもないですよぉ……? 科学的な現象を、少し応用しただけですからぁ……」


 そう言いながらも、彼女の蜂蜜色の瞳には、微かな光が宿っていた。

水素ちゃんの直感と、自分の論理性が、思いがけない形で誰かの助けになった。

それは、ヘリウムちゃんにとっても、少しだけ「わくわく」することだったのかもしれない。



 美術室には、再び柔らかい光が満ちていた。

黒いキャンバスは、乾くと再び黒に戻るだろう。

だが、炭素ちゃんの心の中には、光と水のスペクトルが焼き付けられた。

それは、彼女の新しい創作の始まりを予感させる光だった。

水素ちゃんとヘリウムちゃんの、無邪気で科学的な「芸術」が、静かに、しかし確かに、炭素ちゃんのスランプを打ち破った瞬間だった。

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