水素ちゃんVSネオンちゃん! 学院一の「カワイイ」は誰だ!? 炭素先輩マジ審判!
聖メンデーレフ魔法女学院。
そこは、元素の力が日常に溶け込む、魔法と科学が融合した学び舎だ。
荘厳なゴシック建築の校舎は、まるで巨大な元素記号の集合体のように複雑に入り組み、内部では様々な専門分野の魔法が日々研鑽されていた。
朝の日差しがステンドグラスを透過し、虹色の光が講義室に差し込む。
今日は特殊元素材料学の授業だ。
教壇に立つのは、どこか飄々とした雰囲気を持つ青年、ヘンリー・モーズリー先生。
彼の担当する授業は、理論的でありながら実践的な実験も多く、生徒たちの好奇心を刺激する。
「さて、皆さん。今日の授業は、宇宙で最も基本的でありながら、生命にとっても欠かせない物質、そう、『水』の生成について学びます」
モーズリー先生がそう告げた瞬間、講義室の一角で座っていた一人の少女が、パッと顔を輝かせた。
透き通るようなアクアブルーのショートヘアから、ぴょこんと跳ねるアホ毛。
大きなスカイブルーの瞳をキラキラさせているのは、宇宙で一番軽くて多い元素、水素ちゃん(H)だ。
「わーい!水だ!しゅわーっと生成するぞ!」
元気いっぱいに、彼女は椅子の上でぴょんぴょんと跳ねた。
その隣で、もう一人の少女が明らかに青ざめている。
柔らかそうなクリームイエローのウェーブヘア、温かみのあるヘーゼルブラウンの瞳を持つ、アルカリ金属のナトリウムちゃん(Na)だ。
彼女は小さく震えながら、スカートの裾をぎゅっと握りしめている。
普段は穏やかでふにゃふにゃした印象のナトリウムちゃんだが、モーズリー先生の「水」という言葉を聞いた途端、表情から血の気が引いていた。
「ナトリウムさん?どうしましたか?」
モーズリー先生が気づいて問いかけると、ナトリウムちゃんは蚊の鳴くような声で答えた。
「せんせい…なんだか、ちょっと…お腹が…」
明らかに仮病である。
水素ちゃんはそんなナトリウムちゃんの様子に全く気づかず、前のめりになってモーズリー先生の説明を聞いている。
「水はね、水素さんと酸素さんが2対1の比率で結合して生まれます。単純な組み合わせですが、その性質は多岐にわたり、我々の生活や魔法に深く関わっています。今日は特に、元素化学魔法による水の生成を実演し、皆さんに追体験してもらいます」
モーズリー先生がフラスコを取り出す。
空のはずなのに、フラスコからは微かな水の気配が感じられる。
生徒たちのざわめきの中、水素ちゃんは一番に手を挙げた。
「先生!私、やりたいです!水素ですから!」
モーズリー先生は苦笑しながらも頷いた。
「いいでしょう、水素さん。では、前に来てフラスコを受け取ってください。ただし、生成魔法は少しエネルギーを使うので、周囲に注意して行いましょう」
水素ちゃんは「わーい!」と歓声を上げ、軽やかに駆け出した。
その速度は尋常ではなく、まるで空気の上を滑るようだった。
ナトリウムちゃんは、机の下に身を隠すようにしながら、震える瞳で水素ちゃんを見守っている。
彼女の指先からは、緊張のせいで微量の水素ガスがぷすぷすと音を立てて漏れていた。
ナトリウムちゃんにとって、水は天敵だ。
水と触れると、普段の穏やかさからは想像もつかないほど激しく反応し、制御不能になってしまう。
その記憶は、彼女にとって深いトラウマだった。
だから、水の授業は大の苦手だった。
水素ちゃんはモーズリー先生からフラスコを受け取り、嬉しそうに抱えた。
「よし!しゅわーっと生成するぞ!たくさんの水、作るんだ!」
彼女が魔法を発動しようと、両手にフラスコを持ち上げて集中した、その時。
水素ちゃんのトレードマークである好奇心旺盛さと、ちょっぴりドジな性質が顔を出した。
フラスコの中の微かな水の気配に、彼女は「もっとたくさん!」と思ってしまい、必要以上に元素力を込めすぎてしまったのだ。
――パシャッ!
「あっ!大変!」
フラスコの中で一瞬、光が弾け、生成された水がフラスコから勢いよく溢れ出した。
モーズリー先生も予測していなかった勢いだった。
そして、最悪なことに、その水は机の下で縮こまっていたナトリウムちゃんの足元へと一直線に流れ込んだ。
「ひゃあああ!なんだか、ドキドキしてきたかも…!」
ナトリウムちゃんは悲鳴を上げた。
水が肌に触れた瞬間、彼女のクリームイエローの髪は眩しい黄色に発光し始め、瞳の色もヘーゼルブラウンから鮮やかなイエローへと変化した。
身体が、まるで火薬に火がついたかのように熱を帯び始める。
「な、ナトリウムちゃん!ごめんね!拭くね!」
慌てた水素ちゃんは、魔法で水を吸い取ろうとするが、パニックを起こしたナトリウムちゃんの反応速度は、水素ちゃんの行動を上回っていた。
「うわあああ!くるううう!水!みずううううう!!!」
ナトリウムちゃんの全身から凄まじいエネルギーが放出された。
黄色い光が教室を埋め尽くし、水に触れた足元からは激しく水素ガスが発生する。
その水素ガスは、放出された熱エネルギーによって瞬時に燃焼、小さな爆発を引き起こした。
――ドォォォン!!!
普段はおっとりしているナトリウムちゃんからは想像もつかない、破壊的な力。
彼女は、水に触れた反動で、教室の壁を突き破り、外へ向かって凄まじい勢いで吹っ飛んでいった。
壁には、まるで漫画のように、ナトリウムちゃんの形をした大きな穴がポッカリと空いていた。
「な、ナトリウムちゃん!どこ行っちゃったの!ごめんね、私と合体爆発しちゃった…」
水素ちゃんは、ポカンと壁の穴を見つめながら、ションボリと呟いた。
彼女にとって、元素が「合体」して新しい物質になるのは当たり前のことで、ナトリウムちゃんと水が反応して「爆発」したのも、ある種の「合体」の結果だと捉えているらしい。
その純粋さが、事態をさらにシュールにしていた。
モーズリー先生は、壁の穴と、指先から微量の水素ガスを漏らしながら立ち尽くす水素ちゃんを見て、大きくため息をついた。
「ナトリウムさん!また壁の修理代が…!これは学院の予算委員会に報告しないと…!」
先生の嘆き声が、壁に空いた穴から吹き込む春風に乗って、講義室に響き渡った。
ナトリウムちゃんは、今頃学院のどこかの池や噴水に落ちていないだろうか…そんな不安が、先生の頭をよぎったのだった。
今日の授業は、水の生成よりも、アルカリ金属の危険性についての実体験として、生徒たちの記憶に深く刻まれることとなった。