エネルギー枯渇の危機!燃え尽きリチウムちゃんを救うたった一つの方法とは!?
聖メンデーレフ魔法女学院には、初夏の眩しい光が降り注ぐ広大な庭園があった。
鮮やかな緑が目に眩しい季節。
光合成を司る炭素ちゃん(C)や酸素ちゃん(O)が生き生きと輝き、生命のエネルギーが満ち溢れているかのようだ。
そんな賑やかな庭園の片隅、古びた校舎の影になった場所で、水素ちゃんは一人ぼっちで佇む少女を見つけた。
鮮やかなカーマインレッドのツインテールが元気よく揺れ、燃えるようなルビーレッドの瞳が強い意志を宿している。
スポーティーな服装からは、まさにエネルギッシュな印象を受ける。
3番、リチウムちゃん(Li)だ。
彼女は手首や足首にバッテリー残量を示すようなゲージ付きのアクセサリーをつけ、身体からは小さな火花や電気を時折散らしている。
リチウムちゃんは、最も軽い金属元素であり、常に何かに情熱を燃やしている活動的な少女だ。
思い立ったら即行動の猪突猛進タイプで、気分が高揚しやすく、少しせっかち。
そんなリチウムちゃんが、今日はどこか元気がなく、地面に座り込んでいた。
彼女の身体から放たれる火花は弱く、バッテリー残量を示すゲージもほとんど点灯していない。
「どうしたの? リチウムちゃん、元気ないね…。」水素ちゃんは、ふわりとリチウムちゃんに近づいた。
彼女の周りには、小さな水滴がキラキラと漂っている。
リチウムちゃんは、顔を上げて水素ちゃんを見た。
その表情には、いつもの明るさがなく、しょんぼりとしている。
「…水素ちゃん…。うん、元気ないの…。なんか、エネルギー切れ(電池切れ)みたいで、体が動かないんだ…。」リチウムちゃんの声は、普段のパワフルさとはかけ離れて、か細かった。
「フルチャージしたいのに、どうしたらいいか…。」
彼女の元素としてのエネルギーが枯渇しかけている状態だった。
リチウムちゃんは電池の正極材として重要な元素であり、その化学エネルギーは安定した物質としての存在に不可欠だ。
そのエネルギー源が枯渇しかけていたのだ。
水素ちゃんは、リチウムちゃんのしょんぼりした姿を見て、胸がキュッとなった。
彼女はとても寂しがり屋で、一人でいるのが苦手だ。
だからこそ、元気がないリチウムちゃんの気持ちが痛いほど分かった。
「そんなことないよ! リチウムちゃん!」水素ちゃんは、リチウムちゃんに抱きつこうとしたが、その体が弱っているせいか、少しすり抜けてしまった。
「大丈夫だよ! 私がそばにいるよ! ええとね…そうだ! 私と合体!」
「合体…?」リチウムちゃんは、不思議そうに首を傾げた。
「うん! 私、色んなものと合体すると、すっごく元気になれるの! リチウムちゃんと合体したら、リチウムちゃんもきっと元気になるよ! 私が元気注入してあげる!」水素ちゃんは、リチウムハイドライド(LiH)のように、リチウムちゃんと結合することで安定したエネルギーを放出できることを直感的に感じ取っていた。
その時、鋭い声が二人に向けられた。
「あら、リチウムちゃん。またそんな無様な状態で。」
フッ素ちゃんが、いつの間にかそこに立っていた。
彼女のライムグリーンの瞳は、力なく揺らめくリチウムちゃんを冷ややかに見下ろしている。
「見苦しいわね。エネルギー切れなんて、非効率極まりないですわ。早く新しいエネルギーを見つけて結合なさいよ! あなたのような不安定な存在を放置するのは、周りにも危険を及ぼしますわ!」フッ素ちゃんは、リチウムちゃんとの強力なイオン結合(フッ化リチウムちゃん LiF)によって、自身もリチウムちゃんも安定することを知っている。
だからこそ、不安定な状態を嫌ったのだ。
彼女は、リチウムちゃんの持つエネルギーを最大限に引き出すことに執着している。
「うう…フッ素ちゃん…。でも…なかなかピンとくるエネルギー源が見つからなくて…。」リチウムちゃんは、ますます肩を落としてしまいそうだった。
水素ちゃんは、フッ素ちゃんの辛辣な言葉に反発した。
「フッ素ちゃん、言い過ぎだよ! リチウムちゃんは今、辛いんだから! そんな言い方ないよ!」
「甘い! あなたはいつもそうやって、根拠のない優しさを振りまくだけですわ! そんなんじゃリチウムちゃんのためにならない! 第一、言ったでしょう、不安定なリチウムちゃんを放置するのは危険なのよ! 早く他の元素と強固に結合するべきですわ!」フッ素ちゃんは、自らの正しさを主張した。
水素ちゃんとフッ素ちゃんは、庭園の片隅で言い争いを始めた。
水素ちゃんの純粋な優しさと、フッ素ちゃんの現実主義的で攻撃的な(そして少し独占欲が滲む)意見が激しくぶつかり合う。
そこへ、ドタドタと騒がしい足音が近づいてきた。
学院の端っこで暮らす、周期表の最下段近くに位置する「おもいおもい組」の園児たちだ。
彼らは、半減期が非常に短い(ものによっては一瞬で崩壊してしまう)ため、常に消え入りそうになったり、突然実体に戻ったりする、予測不能でエネルギーに満ちた存在だ。
彼らは「リサイクル! リサイクル!」と叫びながら、庭園を走り回っていた。
彼らは、自分たちの不安定さゆえに、物質が形を変え、エネルギーが循環することに異常な関心を示していた。
その「リサイクル」という言葉を聞いた時、水素ちゃんの頭にピカッと電球が灯った。
それは、彼女が何か新しいアイデアを思いついた時の魔法的な反応だった。
頭頂部のアホ毛がピンと立ち、体から微かな光が放たれた。
「ねえ、フッ素ちゃん! 『リサイクル』って言えばさ…!」水素ちゃんは、フッ素ちゃんの腕を掴んだ。
フッ素ちゃんは「何ですの、離しなさい!」と振り払おうとする。
「リチウムちゃんって、電池ちゃんにも使われてるよね?」水素ちゃんは興奮気味に言った。
フッ素ちゃんは、訝しげに眉を顰めた。
「…ええ、そうよ。それが何か?」
「学院の備品倉庫にさ、使わなくなったリチウムイオン電池ちゃんがたくさんあるって聞いたよ! モーズリー先生が、いつか分解してリサイクルしたいって言ってたの!」水素ちゃんは、以前モーズリー先生が授業中に話していた話を思い出したのだ。
「あれをリサイクルすれば…使われなくなったリチウムちゃんを、リチウムちゃんに分けてあげられるんじゃないかな!? リチウムちゃんを救えるかも!」
フッ素ちゃんは、水素ちゃんの言葉にハッと目を見開いた。
リチウムイオン電池ちゃん。
確かに、リチウムちゃんはそこに大量に含まれている。
そして、使い古された電池ちゃんの中にも、まだ利用できるリチウムちゃんの残滓があるはずだ。
そして、自分はリチウムちゃんと強固に結合し、安定させることができる。
リチウムちゃんのエネルギーを再び引き出す触媒は、水素ちゃんや炭素ちゃん、そして自分の力かもしれない。
フッ素ちゃんは、数秒間の沈黙の後、鼻を鳴らした。
「…仕方ないわね。」フッ素ちゃんは、ぷいと顔を背けた。
「全く、あなたのような無責任な考えには呆れるばかりですわ。ですが…まあ、その電池ちゃんというものに、利用価値のあるリチウムちゃんが含まれているというのなら…無駄にするのは惜しいわね。」
彼女のライムグリーンの瞳は、リチウムちゃんから、遠く離れた備品倉庫の方向へと向けられた。
そこには、リチウムちゃんとの強固な結合によって、再び強力な力を手に入れるチャンスが眠っているかもしれない。
「特別よ! 今回だけ、あなたの馬鹿げた思いつきに付き合って差し上げますわ!」
水素ちゃんは、フッ素ちゃんの言葉にパッと顔を輝かせた。
「ほんと!? やったー! ありがとう、フッ素ちゃん!」
リチウムちゃんは、信じられないような面持ちで、言い争っていたはずの二人のやり取りを見ていた。
そして、二人の間に希望の光を見たかのように、その身体から微かな火花が散り始めた。
水素ちゃんとフッ素ちゃんは、いがみ合いながらも、備品倉庫へと向かった。
太陽が燦々と降り注ぐ中、二人の間に漂う険悪な空気だけが、周囲の明るさに反してどんよりと重い。
「全く、こんな暑い中、あなたの突飛な思いつきに付き合わされるなんて、屈辱だわ!」フッ素ちゃんが、額の汗を拭いながら毒づく。
「早く片付けて、冷たいものを飲みに行きたいのよ!」
「えへへ、フッ素ちゃんも喉乾いた? 私、水滴作ってあげるよ!」水素ちゃんは、無邪気に手のひらに小さな水滴を生成し、差し出す。
「いらないわ! あなたの作った水なんて、何を混入させてるかわかったものじゃないわ!」フッ素ちゃんは嫌悪感に顔を歪めて拒絶した。
倉庫にたどり着くと、そこは埃と熱気がこもっていた。
古い書類や使われなくなった実験器具、そして奥には積み上げられたリチウムイオン電池ちゃんの山。
表面は傷つき、ラベルも色褪せ、見るからに「お疲れ様」といった風情だ。
中には、わずかに液漏れを起こしているものもあり、フッ素ちゃんは顔をしかめていた。
「うわぁ、いっぱいあるね! どれもこれも、リチウムちゃんの魂が入ってるんだね!」水素ちゃんは目を輝かせた。
「よし!しゅわーっと、探すぞー!」
水素ちゃんは、その軽い体を活かして、倉庫の狭い隙間にもぐり込み、棚の奥や隅に隠れた電池ちゃんを発見していく。
彼女は、まるで宝探しでもしているかのように、楽しげに埃まみれの電池ちゃんを引っ張り出した。
そのたびに、埃が舞い上がり、フッ素ちゃんは盛大なくしゃみをする。
「全く、埃っぽいったらありゃしないわ! あなた、ちゃんと埃を払ってから持ってくるのよ!」
フッ素ちゃんは、その強力な結合力と、不純物を弾くコーティング魔法で、水素ちゃんが見つけた電池ちゃんを安全に運び出した。
彼女が手をかざすと、古い電池ちゃんの表面を薄い膜が覆い、液漏れやショートの危険から守る。
まるで、危険な獲物を捕獲する熟練のハンターのようだった。
「この電池ちゃんは、まだ使えそうね。」フッ素ちゃんは、一つ一つの電池ちゃんの状態を吟味し、リチウムちゃんの残滓がどれだけ残っているかを瞬時に見極める。
「これは駄目ね、もう完全に空っぽだわ。こっちは…少しは残っているかしら。」
彼女の厳選に、水素ちゃんは時折、「これも使えないのー?」と不満げな声を上げた。
「甘い! あなたが適当に選んだところで、効率が悪くなるだけよ!」
二人のそんなやり取りを見ながら、倉庫の入り口には、学院の端っこで暮らす「おもいおもい組」の園児たちが集まってきていた。
彼らは、常に動き回り、予測不能な行動を取る。
「リサイクル! リサイクル!」と、彼らは興奮して二人の周りを跳ね回る。
水素ちゃんが電池ちゃんを運ぶたびに、彼らは小さな手を叩いて応援し、フッ素ちゃんがコーティング魔法を使うと、その美しさに目を奪われていた。
中には、フッ素ちゃんのコーティング魔法を真似て、自分の周りに小さなバリアを張ろうとする子もいたが、すぐに失敗して転んでしまう。
その度に、水素ちゃんは「大丈夫ー?」と駆け寄り、フッ素ちゃんは「だから、見よう見まねは危険ですわ!」と呆れ顔で注意を促す。
備品倉庫での騒ぎが、庭園にまで届いていた。
モーズリー先生は、午後の授業の準備を終え、気分転換に庭園を散策していた。
そこで目にしたのは、力なく揺らめくリチウムちゃんと、騒がしいおもいおもい組、そして備品倉庫から何やら古いものを運び出す水素ちゃんとフッ素ちゃんの姿だった。
「一体、何が起きているんだ…?」モーズリー先生は、額に手を当てて頭を抱えた。
「リチウムちゃんが、また…エネルギー切れか? そして、水素ちゃんとフッ素ちゃんが備品倉庫で…電池?」
彼の頭の中では、朝の歯磨き粉爆発事件の記憶が鮮明に蘇っていた。
水素ちゃんの予測不能な行動と、フッ素ちゃんの過剰な反応性。
この二人が組めば、ろくなことにならないという経験則が彼を支配していた。
「リサイクル?電池?ううむ…元素たちの行動は、予測が難しいな…。」
モーズリー先生は、よろよろと二人の元へ向かった。
「水素ちゃん!フッ素ちゃん!一体何をしているんだね!」モーズリー先生の声に、二人はぴたりと動きを止めた。
「モーズリー先生!」水素ちゃんは、手に持っていた電池ちゃんを落としそうになりながら、笑顔で駆け寄る。
「リチウムちゃんが元気ないから、電池をリサイクルしてあげようと思って!」
「全くですわ、モーズリー先生。この水素が、また突拍子もないことを言い出して…しかし、リチウムちゃんの状態を考えれば、背に腹は代えられませんわ。」フッ素ちゃんは、あくまで自分が巻き込まれただけだと主張する。
モーズリー先生は、リチウムちゃんの状態を確認し、彼女のバッテリーゲージがほとんど空になっているのを見て、ため息をついた。
「なるほど…そういうことか…。しかし、君たちだけでリサイクルプロセスを行うのは危険すぎる。特に、リチウムイオン電池は、取り扱いを誤ると発火の危険性もあるんだぞ。」
モーズリー先生は、顔を引きつらせながらも、二人が集めた電池の量を見て、彼らの行動力に呆れと感心の混じった視線を送った。
「…分かった。君たちの気持ちはよく理解できた。しかし、リサイクルは専門的な知識と施設が必要だ。学院の専門施設で、私の指導のもと、安全に行うことにしよう。」
二人が協力して集めたリチウムイオン電池ちゃんは、モーズリー先生の指導のもと、学院の専門施設でリサイクルプロセスにかけられた。
モーズリー先生は、水素ちゃんとフッ素ちゃんに、リサイクルの原理や電池の構造、そして安全な分解方法を丁寧に説明した。
水素ちゃんは目を輝かせながら説明を聞き、時折「しゅわーっと分解するんだね!」と独自の解釈を加えていた。
フッ素ちゃんは、真剣な表情で耳を傾け、モーズリー先生の説明に的確な質問を投げかける。
専門施設では、特殊な魔法器具が並び、リチウムちゃん成分の抽出が行われた。
熱がこもりやすい作業のため、モーズリー先生は周囲の温度管理に気を配り、水素ちゃんは小さな水滴を生成して冷却を助けた。
フッ素ちゃんは、抽出されたリチウムちゃん成分が空気中の酸素と反応しないよう、素早くコーティング魔法を施し、その精度の高さにモーズリー先生も感嘆の声を上げた。
そして、そこから抽出された純粋なリチウムちゃん成分は、元気のないリチウムちゃんへと届けられた。
リチウムちゃんの身体から、再び赤い閃光が放たれた。
失われていた輝きがみるみるうちに満ちていく。
バッテリー残量を示すゲージが、まるで命を取り戻したかのように光り始める。
「ビビっときた! フルチャージ完了! わあ…! 体が…! エネルギーが満ちていくのを感じるよ!」
やがて、彼女は完全に元気なリチウムちゃんに戻った。
しょんぼりした様子は消え去り、彼女本来の、パワフルで輝くようなオーラを放っている。
手首や足首のゲージも、満タンを示していた。
「ありがとう…! 水素ちゃん、フッ素ちゃん!」リチウムちゃんは、心からの感謝を込めて二人に微笑んだ。
その瞳は、燃えるようなルビーレッドに輝いている。
水素ちゃんは、嬉しそうにリチウムちゃんに駆け寄って抱きついた。
「リチウムちゃん、よかったね! 元気になって!」
フッ素ちゃんは、リチウムちゃんが復活したのを見て、満足そうに頷いた。
彼女のライムグリーンの瞳には、少しだけ安堵の色が浮かんでいるようにも見えた。
「当然ですわ。利用価値のあるリチウムちゃんを無駄にするなど、愚の骨頂。これも、私の力を有効活用した結果ですわ。」
強がるフッ素ちゃんに、リチウムちゃんは立ち上がって、その場で軽く跳ねた。
「いやー、フッ素ちゃんが協力してくれたおかげだよ! フッ素ちゃんといると、なんだかパワーアップできる気がするんだ! 最高のパートナーだね!」
突然の褒め言葉に、フッ素ちゃんは一瞬だけ、困ったような、居心地の悪いような表情を見せたが、すぐにいつもの自信満々な顔に戻った。
頬がほんの少しだけ赤くなっているようにも見えた。
「…ふん。まあ、今回は…協力して差し上げましたわ。次はありませんわよ。大体、私にとって最高のパートナーは、あなたのような単純な元素ちゃんではありませんし。」
そう言いながらも、フッ素ちゃんの心の中には、リチウムちゃんの復活を見た時の高揚感と、そして、普段は馬鹿にしている水素ちゃんの純粋な優しさ、そしてリチウムちゃんの明るさに、小さな引っかかりのように残っていた。
二人の間には、相変わらずの反発と、しかし、共通の目的を達成したことで生まれた、微かな理解と呼ぶには曖昧すぎる、しかし確かに存在する繋がりが生まれたのだった。
聖メンデーレフ魔法女学院の庭園には、リチウムちゃんの復活を祝うかのように、柔らかな初夏の陽射しが降り注いでいた。