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【元素娘】~元素118種、擬人化してみた。聖メンデレーエフ女学院の元素化学魔法教室~  作者: 我破破
【1. 水素ちゃん】明るく元気いっぱいで、誰とでもすぐに打ち解けるムードメーカー。好奇心旺盛で新しいことが大好き。ちょっぴりドジ
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水素爆発!? 恐怖のモーズリー先生誕生日サプライズ!

 聖メンデレーエフ魔法女学院は、元素の力が色とりどりの魔法となって日常に溶け込む、秘密めいた全寮制の女子校だ。

荘厳なゴシック様式の校舎には、古びた大講堂や最新の元素合成実験室、元素の精霊が宿ると言われる庭園など、様々な施設が迷路のように連なっている。

生徒たちは、それぞれが宿す元素の特性を「元素化学魔法」として顕現させ、日々研鑽を積んでいる。

学院を統括するのは、元素周期表の父として知られるメンデレーエフ学長長老。

彼の長い白髭の先が、時には周期表の形に揺らめくという噂もあるほどだ。



 新学期が始まり、春の息吹が学院の空気にも溶け込み始めた頃。

特殊元素材料学・冶金学を担当するヘンリー・モーズリー先生は、今日の授業のまとめを終え、珍しく少しだけ頬を緩めた。

若くして卓越した才能を持つ彼は、生徒たちから見ればクールで近寄りがたい存在だが、元素への情熱は誰よりも深く、生徒たちの質問にはいつも真摯に答えてくれる。



「さて、今日の授業はこれで終わりだ。来週は私の誕生日だ。……と言っても、特に何も期待はしていないぞ。いつも通り、静かに元素と向き合う一日にしたいと思っているからな」


 先生はそうボソッと呟くと、どこか照れくさそうに教卓を片付け始めた。

教室には、授業の終わりを告げるチャイムの余韻と、先生と生徒たちが席を立つ微かな音が響く。

クールな先生の意外な言葉に、生徒たちはそれぞれの表情を浮かべた。



 先生が去った後の教室で、一人の少女が、スカイブルーの大きな瞳をキラキラと輝かせた。

透き通るようなアクアブルーのショートヘアが、ぴょんぴょんと跳ねる。

宇宙で一番軽く、そして全ての始まりである水素の元素娘、水素ちゃんだ。

7歳とは思えないほど活発で、常に周囲の空気を明るくするムードメーカー。

彼女の周りには、いつも小さな水滴がいくつか漂っており、彼女の感情に呼応するように嬉しそうに揺れる。



「先生の誕生日!何かサプライズしたい!」


 水素ちゃんは、考えるよりも先に言葉が口から飛び出した。



 隣の席では、ふわふわとしたクリームイエローの髪をした少女が、淡い蜂蜜色の瞳を細めていた。

2番目に軽い元素、ヘリウムの元素娘、ヘリウムちゃんだ。

8歳だが、その存在は綿毛のように掴みどころがない。

常に少しだけ体が浮いており、パステルカラーのワンピースも風船のようにゆったりとしている。

手には、いつものようにいくつかのヘリウム風船を持っている。



「ふぁ……お誕生日ですかぁ……。おめでとうございますぅ……」


 ヘリウムちゃんは、どこか遠い世界にいるような、おっとりとした声で呟いた。

その口調には、水素ちゃんのような熱狂的な響きはない。

彼女の周りをぷかぷかと漂う風船が、彼女の感情の起伏の少なさを物語っているようだった。



「ヘリウムちゃん!先生のお誕生日だよ!何か楽しいこと、考えようよ!しゅわーっとするような、すごいサプライズ!」


 水素ちゃんはヘリウムちゃんの腕を掴んで揺さぶった。

ヘリウムちゃんの腕は驚くほど軽かった。



「うーん……ぷかぷかするようなこと……ですかぁ……」


 ヘリウムちゃんは首を傾げた。

彼女にとっての「楽しいこと」は、静かに風船を飛ばしたり、高い場所から景色を眺めたりすることだ。

水素ちゃんの言う「しゅわーっとするような、すごいサプライズ」が、いまいちピンとこないようだった。




 その日の放課後、水素ちゃんとヘリウムちゃんは、学院の片隅にある古い物置小屋で密談をしていた。

物置小屋は、かつて実験器具置き場として使われていた名残で、埃っぽい空気と、微かに薬品の匂いがする。



「ねえ、ヘリウムちゃん!サプライズといえばさ、やっぱりド派手なのがいいと思うんだ!先生がびっくりして、でも喜んでくれるような!」


 水素ちゃんは、身を乗り出して熱弁した。

彼女の瞳は、すでに未来のサプライズの光景を見ているかのように輝いている。



「ド派手……ですかぁ……。水素ちゃんは、すぐに爆発的なエネルギーを出しちゃいますもんねぇ……」


 ヘリウムちゃんは、冷静に水素ちゃんの特性を口にした。

彼女は、水素ちゃんの予測不能な行動に、いつも少しだけヒヤヒヤしている。

水素単体は不安定で、他の元素とすぐに反応しようとする。

特に、エネルギーが発生しやすい組み合わせは危険なのだ。



「爆発!そうだ!爆発はサプライズにぴったりだよ!科学といえば爆発、だもんね!」


 水素ちゃんは、ヘリウムちゃんの言葉を都合よく解釈し、さらに興奮した。

彼女の頭の中には、すでに色とりどりの火花と、先生の驚き喜ぶ顔が描かれている。



「でも、先生は火気厳禁っていつも言ってますよぉ……」


 ヘリウムちゃんは注意を促したが、水素ちゃんの耳には届かない。

水素ちゃんは、すでに物置小屋にあった古びた金属片や、近くの水場から汲んできた水を持ち出そうとしていた。

水と金属を混ぜると、水素ガスが発生する。

それに火を近づければ……危険なことは明らかだ。



「水素ちゃん、危ないですよぉ……。先生に見つかったら、きっと怒られますぅ……」


 ヘリウムちゃんは、いつものマイペースな調子で、しかし少しだけ声色に心配の色を滲ませた。

彼女は、水素ちゃんが心から先生を喜ばせたいと思っていることは理解できる。

だが、その手段が、あまりにも危険すぎるのだ。



 水素ちゃんは、水を金属片が入った古いガラス瓶に注ぎ込んだ。

「えへへ、これできっと、先生もびっくりだよ!」


 と、その時だった。

物置小屋のドアが勢いよく開いた。



「水素!そこで何をしてい……火気厳禁!」


 そこに立っていたのは、モーズリー先生だった。

どうして先生がここに? 水素ちゃんは先生に内緒でサプライズを計画していたのに、あっという間に見つかってしまった。

先生は、水素ちゃんが水と金属を混ぜて水素ガスを発生させようとしている光景を見て、血相を変えた。

彼の鋭い瞳が、危険な状況を瞬時に見抜いたのだ。



「せん、先生!これはその……お誕生日……」


 水素ちゃんは、しどろもどろになりながら弁解しようとする。

ガラス瓶からは、すでに微かに水素ガスが発生し、独特の匂いが漂い始めていた。



「ダメだ!水素は非常に燃えやすい!すぐに離れるんだ!」


 先生は、水素ちゃんからガラス瓶を引き剥がそうと、慌てて近づいてきた。

水素ちゃんは、先生の剣幕に少しだけ怖くなったが、同時にサプライズが失敗しそうになった焦りも感じていた。



「えへへ、ちょっと混ぜすぎちゃったかな……?」


 ガラス瓶の中では、反応が急速に進み、ブクブクと泡立ちが激しくなっている。

水素ガスが大量に発生し、物置小屋の空気が微かに震えるような感覚があった。

これはまずい。

水素ちゃん自身も、自分がコントロールできる範囲を超えてしまったことに気づき、焦り始めた。



 その様子を、ヘリウムちゃんは冷静に見ていた。

彼女の蜂蜜色の瞳は、状況を正確に捉えている。

先生が水素ガスに近づいている。

そして、水素ちゃんの周囲に溜まった水素ガスは、少しの火花でも引火する危険性がある。



「先生、水素の隣はヘリウムですよぉ……」


 ヘリウムちゃんは、ポツリと呟いた。

周期表では、水素(H)のすぐ隣はヘリウム(He)だ。

水素は反応性が高いが、ヘリウムは究極の不活性ガス。

他の元素とほとんど反応しない。



「不活性ガスで爆発を防ぐ、安全対策ばっちりですぅ」


 ヘリウムちゃんは、手に持っていたたくさんのヘリウム風船を、モーズリー先生の胴体にテキパキとくくりつけ始めた。

先生は、水素ガスの危険を回避しようと身をかがめていたため、抵抗する暇もなかった。

数秒後、先生の体は、大量のヘリウム風船によって、ふわりと宙に浮き始めた。



「ヘリウム!何を……!?」


 先生の声は、ヘリウムガスの吸い込みによって、驚くほど高く甲高い声に変わっていた。

先生の体は、物置小屋の低い天井に張り付いてしまった。



 ガラス瓶の中の反応は、水素ちゃんが少し水を加えすぎたせいで、小規模ながらも「パン!」という音と共に、青白い炎と熱を発した。

物置小屋は、一瞬だけ光に包まれたが、ヘリウムちゃんが咄嗟に先生を危険区域から遠ざけたことと、気化したヘリウムが空気よりも軽いため部屋の上部に留まり、引火を広範囲に広げなかったおかげで、大事には至らなかった。



「わー!先生が飛んでる!」


 水素ちゃんは、予想外の展開に目を丸くした。

そして、先生が天井に張り付いて、甲高い声で叫んでいる様子を見て、たまらず笑い出した。



「お誕生日おめでとうございます!」


 水素ちゃんは、宙吊りになった先生に向かって、元気いっぱいに叫んだ。

サプライズは、全く予想もしない形になったけれど、先生はびっくりしているし、自分はすごく楽しい。

これぞ最高のサプライズだ!と、水素ちゃんは純粋に思った。



「助けてくれぇ!」


 モーズリー先生は、最初は困惑していたが、自分の声が甲高くなっていることに気づき、少しだけ面白がっているようだった。

しかし、天井に張り付いたままではどうしようもない。



 ヘリウムちゃんは、自分の周りをぷかぷかと漂う風船を眺めながら、いつもの調子で呟いた。



「ぷかぷか~……。先生、大丈夫ですかぁ? 不活性なので、火はつきませんよぉ……」


 物置小屋は、微かに焦げ付いたような匂いと、ヘリウムガスのかすかに甘いような匂いが混ざり合っていた。

天井に張り付いた先生、大喜びする水素ちゃん、そしてマイペースなヘリウムちゃん。

先生の誕生日は、元素の特性によって、忘れられないドタバタ劇となったのだった。

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