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序章/3

「無理もない話だ」と私は考えた。智実と真滝くんは、親友とはいかないまでも、わりと仲がよかったんだ。お互い違うグループに属しているけれど、疎遠というわけではなかった。

──だから。

智実は本気で心配しているのだろう。

だって、クラスの皆がいるところでは、普段通り明るく振る舞っているけれど、ふとした瞬間にこうした表情を覗かせるんだもの。心に溜めているであろう憂いや焦りを細い顔に浮き立たせては、ため息なんかついたりするんだもの……。

「戻ってくるかな、あいつ」

力ない呟きが耳に入ってくる。

私はそれに答えることができない。

「……どうだろうね」と返事をするのがやっとだった。

自分としても励ましを与えたいところだったが、真相を少しも知らない私がなにを言ったって無駄なことだと悟っていたから、なんにも言えなかった。「戻ってくるよ」と返したところで、その言葉が実現するとは到底思えなかったし。

私たちはしばらくの間、無言で歩いた。乗用車や自転車とたまにすれちがったけれど、私たち以外に舗道を歩く人間はこの時間、ひとりもいなかった。

「慎也のお父さんとお母さん、つらい思いをしているだろうなあ」

「うん……」

智実の言葉に、私は控えめな相づちを打った。

通りがかった広い家の中から、小型犬らしきかわいい鳴き声がキャンキャン聞こえてくる。いつもならその響きに反応する私であったが、このときばかりは無視せざるを得なかった。

真滝くんが帰ってこない。もう五日も家に戻ってきていない。

その事実に、私はすっかり打ちのめされていた。初恋の人が、まるで神隠しにでも遭ったように忽然と消えてしまったんだもの──平常心なんて保てるはずないじゃない。

「あ、そういえば……!」

沈んだ口調から一転して、智実が高い声を出した。

「なんなの、急に」

声色の変化にびっくりしながら私が問うと、彼はキーホルダーのいっぱいついたカバンをおもむろに開いて、中から分厚い紙の束を取り出した。

よくよく見るとそれは原稿用紙を黒い紐で括ったもので、表紙には、物凄く綺麗な字で「アルバプレシャスランド」と書き添えられていた。

「……これは?」

「小説だよ」

「あんた、お話を書く趣味なんかあったの?」

「違う。俺じゃねえよ。これは慎也が書いていた小説なんだ」

私は足を止めた。「真滝くんが……?」

「そ。あいつ、失踪する何日か前に、こいつを渡してきたんだよ」

「なんでそんなことを」

「さあな。俺にわかるわけないだろ。作者がここにいないんだから」

「どんな内容なの?」

「んー。一言で言うと、奇想天外なファンタジー小説ってやつだな。空に金色の亀裂が入って、そこから『クリーチャー』っていう化け物がいっぱい降臨してくるという具合で始まって……」

そのときだった。

南の空に現れたんだ。ないはずのものが──金色に光る巨大な亀裂が!

「あ……?」

強い驚きに打たれたのだろう。智実が足を止め、背筋を伸ばして亀裂に見入る。

それは──、天に架かる巨大な十字架のように見えた。いつか東京で見たスカイツリーみたいに大きな十字架が、もっと正確に言い表すならば、十字状の深い亀裂が金色の瞬きを雄々しく振りまいている。

「嘘だろ……。これじゃまるで、あいつの書いた小説そのまんまじゃねえか!」

原稿をしっかりと握りしめたまま、智実が言った。

私はやはり、答えずにいた。紙の束から目線を空に戻して、金色に輝く十字架に見入ることしかできなかったから、ただ、そうした。


はるかな空の彼方で、十字状の亀裂が一層激しく輝きを増す。

やがてその奥から、羽を生やした美しい女性が、牛みたいに太い角を生やした巨人が、燃える触手に包まれた灰色の球体が、……数多くの化け物たちが姿を現して、地上へと向かってきたのだった──。

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