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2.イカヅチトラ

 エミリアは「何かお困りごとがあればお声がけください」と言って部屋を出た。小さいとは言え宿屋だ。やることはたくさんあるのだろう。

 腹が膨れ、荷物も確認できた。何はともあれ、無事に転生できたかと思えば顔はニヤけてくる。風は優しく、空気は澄んでいる。窓から眺める風景は街中に住んでいたオサムにとって、天国そのものと言ってよかった。

って、ノーテンキに外を眺めていていいのか?

 ここがどこだかはわからない。エミリアに説明されて自分が住んでいた世界でないことは分かった。で、どうすんだ? 金はとりあえず必要ないようだが、この先の生活は? まさか、ここに住み続けるわけにもいかないだろう。仕事は? 家は? 「勇者だ!」なんて呼ばれたとしても、魔法も剣術もできないぞ?! 盛り上がった分、不安も煙の如くもくもくと湧き上がってきた。とりあえず、手荷物でも確認するか。

 ドライバー、電動ドリル、ペンチ、ニッパー…。腰道具につっこんでいたものは一通りある。現場でもあまり使わなかっ革手袋。それに配線の巻物。…まさかこれらがこっちの世界ではめちゃくちゃ高価で…ってのはないか。スマホを取り上げる。充電はまだあるがやはり電波は立っていない。そりゃそうだ。

 ふと我が手を見る。変哲のない手。…いや、ないな。頭を大袈裟に振って考えを振り払った。が、とりあえず手のひらを壁に向けてみる。

 …そりゃ何もでないよね。ワンチャンなんか備わってないかと思ったけど。

 まさか死んでみるわけにもいかず、とりあえず手伝いでもして好感度上げとくか。とエミリアを探しに部屋を出た。

「きゃー!」

絹を裂くような声とはまさにこのことか。

 オサムは声のする方に駆け出した。


 1階に着くとエミリアの姿がすぐ目に入った。エミリアは階段を降りた左手。バーカウンターの中にいた。

 エミリアが無事だったので安心した。と同時に何かに怯えているのはすぐわかった。グルルルル。背後で聞いたことのない。しかし獣だとわかる音がした。

 エミリアが血の引けた顔で手招きする。いや、追っ払おうとしているのか。喉を鳴らす音や気配からして虎のような大型動物だろうか。そもそも虎がいるか?恐怖心は駆け出すことを望んだが、好奇心が逆らって首を後ろに向けた。

「グゥオオオオオ!」地を割るかのような唸り声。「ギャーと叫んだのはエミリアだったか、自分だったか、二人ともだったか。

「ギャーァァァァァァァ…あ?」

 よく見ればそこにいたのは猫に似た動物。ほぼ猫だが、毛並みが微妙に荒い気がする。エミリアさん、ひょっとして猫嫌い?アレルギーかな? 猫のような動物の頭を撫でようと手を出して見る。

「危ない!」その声に振り向いた時にはすでに遅い。荒いと思った毛並みはハリネズミのように逆立った。間一髪刺さらなかったが、覚えのある痛みが走る。

「逃げて下さい!そのイカヅチトラは雷を放つんです!」

「いや、早く言ってよ!」

イカヅチトラが全身の毛を逆立てて飛びかかってくる。猫の大きさなので咄嗟に手で掴みそうになったが引っ込めた。電圧はいくつだ? 100Vなら死なないが、200V以上だったら…。昼間なのに放電が見える。エミリアの表情から読み取れば、おそらく致命傷になるのだろう。猫は食堂の中を走り回る。飛び回る。イカヅチトラの表情からは意志も思考も読み取れない。隙を見てエミリアのいるカウンターに走り込もうとしてふと気づき、踵を返して部屋に戻った。


 イカヅチトラはついにカウンターにエミリアを追い詰めた。ゆっくりと近寄ってくるイカヅチトラに恐怖するエミリア。シャーとなく声は猫そのものだ。

「キャー!」襲われる。イカヅチトラの雷撃は天から降ってくるそれと変わりない。いつだったか、村の子供がイカヅチトラをいじめていて、雷撃に撃たれた。近くに大木があり、それが裂けて燃えた。直撃を免れたはずの子供たちも気を失い、大きな火傷を負った。助からないだろう。エミリアは目を瞑った。…だが何も起こらない。時間の経過に不安を覚えゆっくりと目を開ける。

「シャー!」威嚇の声にひゃっ、と身を屈めた。今度こそダメだ!…だがまた痛みも衝撃も来ない。ギリギリと木を裂くような削るような音は聞こえる。エミリアは改めてゆっくりと向き直った。

「いやー、コイツすごい電圧ですね。マジビビりました」

 見ればオサムが白い半球状の物体でイカヅチトラを押さえ込んでいた。両手には大きな手袋。イカヅチトラは体がヘルメットで抑えられており、破壊された部分から顔だけを出していた。シャー、と声を上げるとパチパチっと小さく光が散った。

「コイツ、頭は発電しないんですね。電気ウナギみたいなもんかな。あービックりした」

エミリアは涙を拭いながら大きく頭を振って感謝の意を告げた。


 イカヅチトラはしばらくすると諦めたのか「ニャー」と一鳴きしたあとヘルメットの中で丸まった。

 恐る恐るヘルメットをどけてみる。また、ニャーと一鳴きして丸くなった。

「何がしたかったんすかね?コイツ」

「わかりません。こんなに間近で見たのも初めてなので」

大人しく丸まった姿は猫にかわりない。オサムは「ミルクとか飲むのかな」とポツリと言った。エミリアは察し良く、ミルクを皿に入れた物と、朝食に出たハンバーグを崩した物を持ってきた。臭いに気づいたイカヅチトラはもくもくと食事する。

「腹、減ってたんすかね」

「そう、みたいですね」

 二人はしばらくその食事風景を眺めていた。


 夜となれば食堂は一変した。

 人々が集い、あっちこっちで酒盛りが始まった。夜だけ手伝いに来ていると言うカーナという女性とエミリアが変わるがわる卓を周り、料理を運び、酒を運んだ。

 捕まえたイカヅチトラはあれから大人しくなり、今は部屋で丸くなっている。この騒ぎでも起きないのは習性なのか部屋の防音性が高いのか、オサムにはわからない。いや知ったことじゃない。

「イカヅチトラを捕まえた旅人に乾杯!」

と声が掛かればその場にいた全員が飲み物をかかげる。何度目の乾杯なのか覚えていない。うまい酒、うまい料理、しかもそれらが無料(タダ)ともなれば酔わない理由はない。オサムは請われるがまま飲む。いい加減に酔って天井を見上げれば、目覚めた時の違和感を思い出した。電気の照明がない。食堂のあちこちに設けられたランプにはロウソクが灯っている。少し暗いが優しい灯り。

「あいよ、おかわり」木製のジャッキに満杯のビールを持ってきたカーナに声をかける。

「この辺には電気が通ってないんですか?」

年上にも見えるカーナは少し子供っぽい表情で考えた後、「電気ってなんだい?」と返した。

「あー、えーっと、…あっ、イカヅチトラが出すヤツです。パチパチっとなったり、ピカッと光ったりしたりするヤツです」

「ああ、イカヅチだね。あるじゃないか」と言って天井を指さす。恐らく2階の部屋で寝ているイカヅチトラのことをさしているのだろう。いや、そうじゃなくて…。

「電気…イカヅチを使って明るくしたりしないんですか?…なんつーか、イカヅチでランプを光らす。みたいな…」

我ながらなんたる語彙力。とも感じたがこれ以上の言葉が見つからない。カーナは一瞬黙って「あははは」と大笑いした。

「イカヅチのマナを使って光らすってことかい?冗談だろ?そんなのアタシたち平民にできるわけないじゃないか」

「マナ?」と問いかけたがカーナは別の注文をとりに言った。「マナ」という単語にも引っかかったが、それ以上に「平民」という言葉に強く引っかかった。

 冗談だろ? ここにきてもカーストがあるのかよ。特別な力も身についてないみたいだし、俺も平民なんじゃないのか?

 一気に不安になったが、手が空いたエミリアが対面に座り、ニコッ、と微笑んだら一気に吹き飛んだ。

「今日は本当にありがとうございました」

ニッコリと微笑み乾杯する。こんな美人もサシで飲んだことはない。不安はあるが、これだけでも帳尻が合ったと思いながら酒をあおった。

 ドンっ、と音が振動とともに伝わった。隣に男が座った。ジャッキ持参。酔っている自覚のあるオサムから見ても大分酒が入っているように見える。男は、あー、とかうー、とか言って定まらない指先をオサムに向ける。

「おめーが転生者様かよ」

様付の割に言葉使いが乱暴だ。と思うよりも周囲の鎮まり帰りようにぞくっとした。目の前にいるエミリアの声すらよく聞こえない程だった室内は音すらも凍りつき、猫の足音すら聞こえるほどだった。…猫の足音?

「いい気分で酒を飲んでらみたいだなぁ。まぁ、メイドの…」

男の発言はあるものの登場で遮られた。トントン、と軽い足取りでオサムたちのテーブルになった生物は「ニャー」と一鳴きした。男が椅子から転げ落ちる。それを合図に客たちは蜘蛛の子を散らすように消えた。気がつけばエミリアも壁に張り付いている。喉を鳴らすイカヅチトラはテーブルの上にのっていたつまみの肉を何も言わずに食べ始めた。昼間のように放電はしていない。この状態だと猫だな。酔いが回っているからかオサムに恐怖心はない。撫でると「ニャー」とまた一鳴きした。

 バタン、と勢いよく扉が開く音がした。他の客が戻ってきたかな? 流れ込んできた男たちはオサムのいるテーブルを取り囲んだ。白を基調とした服装。何か宗教的な衣装にも見える。ガチャガチャと音が鳴ったのは腰の剣か。…剣!? テーブルを囲んだ男たちは剣を引き抜きかまえる。

「おやめなさい」

 女声が飛んできた。見れば開け放たれた扉に女性が立っていた。こちらも白を基調とした美しい服を身にまとっている。一目、遠目にも煌びやかで男たちよりも位が高く見える。だが、男たちは剣を下ろさない。

「シャー」とイカヅチトラが威嚇する。流石にちょっと怖くなってきた。

「あっ、あのー…」

「シャー」

 放電。雷撃の手は360℃余すことなく広がる。

 男たちは咄嗟に飛び退いた。がうち1人は感電した。まばゆい光が男を包んでいる。固まったように見えるが、痙攣しているようにも見える。普通低圧の電気はは目にみえない。マジでカミナリかよ!? 椅子から転げ落ちたオサムはうまいことカミナリの射程外に逃げた男たちが落とした剣に焦点を合わせた。

 ヒーローになりたいわけではなかった。いや、ヒーローになれるならなりたい。あわよくばエミリアさんや突然現れた美女ともお近づきになりたい! だが、その時オサムを突き動かしたのは欲望ではなかった。

 死ぬ。このままじゃ電撃に打たれている男は確実に死ぬ。電撃に剣技が通用しないと知っているのか、他の男たちは動かない。オサムは落ちている剣を拾い上げ天井に投げた。

 避雷針。イメージはそれだ。投げた剣は天井に刺さり、電撃を吸い上げる。雷撃の手から開放された男はドサッと音を立てて倒れた。

 それを合図と見たか、残りの男たちは反撃しようと剣を拾い上げようとする。「ダメだ!」と叫んだ。おそらく剣は鉄。拾い上げれば避雷針が増えたようになる。オサムの発言の確実性を担保する知識や経験は無かったが、思わず叫んでいた。

 感電する可能性はあった。目に見える電気は上に向かっているが、目に見えない電気は漂っているはずだ。近づけば自分も感電するかもしれない。悩みながらテーブルの上のジャッキをひっくり返した。ビールで電気を散らすつもりはない。からになったジャッキを子猫に被せた。ジャッキは木製。思った以上の効果があり、放電は遮断された。


「素晴らしい!」最初に声を上げたのは男たちを諌めた女性だった。驚きと脱力感が入り混じった複雑な表情の男たちを尻目に、女性は拍手をしながらオサムに近づいてきた。

「さすが転生者様!まさかこの短期間に電撃を操れるとは」

「あっ、いや、…これは電撃を操るとかじゃなくて…」照れて視線を落とすと豊満な肉体美がそこにある。慌てて顔を上げれば、あどけなさが残るその顔は目が潤んだなんとも色っぽい。良いも手伝って違和感はどこかに行ってしまった。


「申遅れました。私は宮廷魔法使いのマリエッタ・カンパニーニと申します。先ほどの護衛たちが剣を抜いたのはイカヅチトラへの警戒です。どうかご容赦を」

頭を下げればこぼれ落ちそうな乳房が余計に強調される。できるだけ視線を気取られないようにするがやはり気になる。何度か視線を振り回していると視界の端でエミリアとカーナがうずくまっているのが見えた。

 まさか、雷撃が当たったか?オサムは慌てて駆け寄る。

「エミリアさん、カーナさん、大丈夫ですか?」

二人は黙ったままうずくまっている。いや、よく見れば両膝をついて平伏している。少し震えてもいるようである。

「お気になさらず転生者様。私たちは何事もございません」

震える声でカーナが言った。違和感が塊で戻ってきた。傍に立ったマリエッタにそれをぶつけた。

「俺がこの世界の人間じゃないってなんでわかるんだ?いや、服装でわかるのかもだけど…。エミリアさんたちが優しすぎるのが気になってたんだ。ひょっとして、俺以外にも転生してる人間がいるのか?転生ってこの世界じゃ良くあることなのか?」






 

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