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魔王


 幹部の女は俺の首元に大斧を振り下ろす。

 俺はランスでそれを受け止め、勢いのまま受け流す。



「ほう、受け流せるのですか……これは存外強敵かもしれませんね?」



「これが特訓の成果だ、バッキャロー……! ルナ、マリア、ローゼ! 頼んだ!」



「シェイドが作ってくれた隙、無駄にしない。【ヘルファイア】!」



 受け流した後、俺は急いでステップ行動を取る。

 ルナの魔術が女に直撃した、と思われた時。

 女はルナの魔術を間一髪で避けると、ルナに向かって走り出した。



「魔王様がよく使いますから、その魔術。ある程度は把握しています。それより、よく見たら貴女達二人は魔王様によく似ていますね」



 女は余裕綽々、と言った態度で俺達に話しかけながら戦っている。

 ルナに攻撃を振るったかと思うと、ローゼがその間に割って入り大斧を短剣で受け止めた。



「まおう、とやらの幹部もこの程度か。つまらんのう」



「良いですね、貴女……! この力、魔王様の為に振るって欲しい物ですよ」



 女はローゼから離れると、今度はマリアを襲い出した。

 マリアは大斧と二刀の剣の振り合いを少し厳しそうな顔をしているが制している。

 


「貴女も良いですね、二人は魔王様達のファンか何かですか? 赤髪の貴女は二刀流が同じ。水色の髪の貴女は使う魔術も同じ、──貴女達は……一体?」



「──知らないよ、そんなの……! 悠長に喋ってたら、すぐ切り裂いちゃうよ! 【剣舞】!」



 マリアは二刀の剣をまるで腕のように扱い、女を切り裂いた。

 だが、女は応える様子が無く少し笑っているだけだった。



「まぁ、所詮は偽物ですね。その技の名前を聞いた瞬間焦りはしましたが。さて、今度は黒髪の魔王様の言う愛しい方に似ている貴方。貴方の実力も見せて貰いましょうか!」



 女はこちらに勢い良く近付くと、またもや同じ様に大斧を振り下ろしてくる。

 既に見切った俺は、少し体を逸らし攻撃を避ける。

 しかし、女は攻撃の手を緩めずもう一度振り下ろしてくる。

 受け止めるしかない。



「ぐっ……!」



「またもや受け止めますか、とてつもない武具の性能ですね? それとも、貴方自身の力量か」



「プラチナ級が使ってたランスだ、そりゃあ硬いさ……! ぐっ……?!」



 受け止め切れず、肩を掠める。

 軽い防具のみだった俺は服さえ斬られ肩から血が流れ出る。



「貴方はこの四人の中でも弱い部類ですね、楽しい戦いは出来なさそうです。消えて貰いましょうか」



 女は肩を抑える俺に向かって、三度目を振り下ろす。

 世界が遅く見える、マリアが緊迫した顔でこちらに駆け寄る。

 ルナは魔術を唱えようとしているが、間に合わない。

 ローゼがとてつもない速度でこちらに向かうが、こちらも間に合いそうにない。



「【プリズンロック】!」



 何処かから、大きくルナの声が響く。

 ルナの魔術が間に合ったのだろうか。

 目の前の女の動きは止まり、俺はどうやら助かった様だった。



「ルナ、サンキュー!! 死んだかと思った……!」



「違う、私じゃない。他の方向から聞こえた」



「じゃあ、誰なの……?シェイドを助けたのって……ルナの声、したよね?」



「確かにお主の声じゃったが……。妾の耳はかなり良い方じゃ、少しルナの声より低かった印象があるのう」



 俺達は、止まった女を放って辺りを見渡す。

 すると、ギルドの炎が上がっている方面から二つの影が現れる。

 顔を覆い隠す様な仮面を被った、二人の女らしき影。



「君、彼を傷付けたの? ……どうして、そう酷い事するかなぁ」



「ま、魔王様?! な、何故ここに居るのですか?!」



「──さよなら」



 もう片方の女が、襲って来た女に右手をかざすと。

 女は灰になって、消えてしまった。



「それじゃあ、お話しよっか。シェイド」



「久しぶりにシェイドと話す、本当」



 二人の声は、懐かしくも聴き馴染みのある声で。

 俺は後退りしてしまう。



「何で、俺の名前を知ってるんだよ……?! というか、その声……」



「シェイド、逃げて! 多分そいつら、危険!」



「もう、相変わらずボクはシェイドを守ろうと必死だね……守れなかった癖に、勝手に守護者面?」



「は? 何言って……お前、ボクのシェイドに何かする気じゃないだろうな……!」



「勿論、助けに来てタダで帰る訳じゃないよ。ボクらは取り戻しに来たんだ、シェイドを」



 取り戻しに来た? 意味がわからない。

 俺は確かにここにいて、誰かに奪われた記憶も無い。

 ローゼもマリアもルナも、困惑した様な顔だった。



「妾のシェイド坊に何かをする気じゃったら、容赦はせぬぞ。お主らを握り潰してやろう……!」



「君、誰? 本当に別の世界なんだ。実感が湧くと、少し悲しいね」



「ボクらの元の世界にもう用はないでしょ? ここがボクらの新しい世界なんだ、マリア。もう一度シェイドと、夢を見る場所」



 女達は仮面を取ると、その顔を俺達に見せる。

 魔王と呼ばれた女の素顔は。


 少し顔に傷が付き、背が少し高くなったマリアと。

 大人びたがポーカーフェイスは変わらないルナだった。



「ルナ……マリア? な、何で……二人がもう二人居るんだ……?」



「私の転移魔術で。私達はシェイドを失ってから、必死にシェイドを取り戻す方法を探したの。そして、見つけた。世界さえ転移する魔術を」



「そして今、ボクらの念願はついに叶うんだ! シェイドを取り戻せる、この時が!」



 二人は酔いしれる様に俺を見る。

 マリアらしき女は俺に手を伸ばすと、こう語る。



「さぁ、ボクにもう一度手を引かれて欲しいな。今度こそ守り切ってみせる……今度こそ、今度こそ今度こそ!!!」



 マリアらしき女は感情が爆発したのか、紅潮した顔ではしゃぎ始めた。

 その仕草は、本当にマリアの様で。



「シェイド、逃げよう。この人達、怖い」



 ルナは潜在的な恐怖を感じたのか、俺の肩を持って少し揺らす。

 俺も逃げようとするが、二人が気になって逃げる足が進まない。



「邪魔しないで、私。シェイドとのお話は私の世界なの。世界に土足で入りこまれると、吐き気がするから」



 ルナらしき女は俺に近付くと、俺を優しく抱き締めた。

 その暖かさは、体温の高いルナそのもので。



「シェイド……やっと、やっと私達は結ばれるんだよ。元の世界で描けなかった物語の続きを描き始めよう。もう一度、私達三人で」



「シェイドから、離れろ……!!!」



 マリアは剣を握ると、ルナらしき女に振りかぶる。

 しかしその攻撃は、マリアらしき女に弾かれた。

 見えない程の一瞬の動きで、火花が散る。



「この程度でシェイドを守る、だとか夢見ごとをほざいてたんだね、ボクは」



 マリアらしき女は俯くと、何かに思いを馳せるかのような顔付きでこちらを見つめる。

 ルナらしき女は俺を抱きしめ続けて、離す気配がない。



「もう一度、私の名前を呼んで。シェイド。君なら、わかるでしょ?」



「……ルナ」



 ルナらしき女、いや……ルナはポーカーフェイスを崩して極限まで嬉しそうな顔をすると、目尻に涙が浮かび始めた。



「ルナだけずるい〜! ねぇ、ボクの名前も呼んでよ、シェイド!」



「……マリア、だろ?」



 そう言うと、常に光の灯っていなかった目に一筋の光が刺した。

 マリアも俺を抱き締めて、離そうとしない。


 こちらの世界のルナとマリアは、心配そうな顔をしてこちらを見つめている。

 ローゼはもう怒りに満ちた様な顔で今にも二人に襲い掛かりそうだ。



「シェイド坊、そやつらを突き放せ! そやつらはお主を殺そうとした奴らの仲間じゃぞ! きっと騙されておるんじゃ!」



「は? ボクが、シェイドを騙してるって……?」



 マリアから強大な圧を感じる。

 その圧は、あの強靭無比な強さを誇ったローゼでさえ後退りしてしまう程だった。

 


「シェイド、行こう。私達の箱庭へ。そこで……永遠に夢を見よう、一緒に。【ゲート】」



「もう一度冒険しようね、シェイド! 夢はプラチナ級、でしょ?」



 二人の後ろに、大きな闇のワープホールの様な物が現れる。

 二人に肩を持たれ、俺は連れて行かれる。



「待て、待たぬか!!! シェイド坊! 行くな、その先は永遠に醒めぬ夢じゃ!!!」



「シェイド!!!」



「シェイド……」



 俺は。

 俺は、この世界のシェイドだ。

 この二人の世界にいたであろうシェイドの、代わりを出来る事は無い。

 俺は二人の肩から降りて、ゆっくり二人から遠ざかって行く。



「シェイド、どうしたの。一緒に行こう」



「そうそう、一緒にプラチナ級になるんでしょ?」



 そう、一緒にだ。

 俺は「この世界の」二人、いや三人でプラチナ級になるべきだ。

 俺の選んだ選択は。



「ごめん、ルナ、マリア。俺は……こっちの世界の三人と夢を見るんだ。覚めない夢じゃない、いつかは覚めてしまう夢だろうけど……この三人となら、夢が覚めた時だとしても楽しく居られる気がするんだ」



「……シェイド。そっか、それが君の幸せなんだね。……なら、ボクは君の幸せを壊さなきゃならない。そして、ボク達と行く方が幸せだって証明しなきゃならない。軟弱なボクを置いて、ボクに手を引かれるべきなんだ……」



「シェイドと一緒にいるべきなのは、私達。決して、貴女じゃないの。私」



 二人は笑みを浮かべると、ワープホールと共に消えて行く。

 最後に言い残した事は。



「また会おうね、シェイド」



 その一言だった。

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