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機械花

作者: 一坂 灯

彼女の真っ白な指先はくるりと弧を描き、ひたりと目の前に咲く機械の前に止まる。

そうして視線だけはこちらに向け、薄い唇を動かした。


「総長、ご存知ですか?植物には、花言葉というものがあったそうですよ。」


美しく整えられた指先は、人口太陽の光をキラリと跳ね返す。その様を見ながら、アオは首を捻った。


「花言葉とは?花にも知能があったのか」

「いいえ、花が言葉を持っていたのではありません。」

「では、なんだ。暗号か、特殊言語か?それとも君が今、私に向けて何かを暗に語りかけているのか?」

「いいえ、どれも違います。」


目を閉じながらミチは首を横に振る。向けていた指を降ろし、再度手をあげ機械花の花弁を撫でた。

カチリ、カツリと爪が当たる音がする。その様は優雅で、機械的で、冷たいがどこか美しい。旧人類はこういう姿に感銘を受けたから、多くの写真を残したのだろうなとアオはふと思う。今となっては簡単に瞳で記録を残せるし、振り返ることができるのだから、趣などあったものではないのだが。

たとえば、とミチが言葉を吐く。


「この機械花……向日葵ですか。この花は『あなただけを見つめる』という意味を持っていたそうです。なにかに意味を持たせることを、○○言葉と言っていたそうですよ」


ミチが向日葵と呼んだそれは、黄色の花弁が細やかに広がる花だ。中心部の、かつては種を宿していたらしい焦げ茶色の管状花は菱形の金属が刺々しく密集し、その周囲を均一の黄色を持った金属の花弁が覆っている。

鈍く光を反射し、角張った面がカチリと花瓶にぶつかる度に音を鳴らす、水や栄養など必要ない、錆び、朽ちるまで永久を生きる花だ。


「意味……か。旧人類は不思議なことを考えるものだな」

「ええ、無駄に思える文化を多く有しています。」

「……ああ。君の本日の仕事は『旧図書館』の閲覧だったか」


案外面白いものですよ、と笑ったミチの姿を見て、今日の日程を思い返した。アオの言葉にミチは頷く。


「はい。午前の工程で、たまたま見たものが花言葉に関する内容だったのです」

「……他の植物にも、その花言葉はあるのか?」

「ええ、ありますよ。」


向日葵から視線を外し、温室内へと目を走らせる。ミチも同様に視線を各所に向け、ひとつの植物を見て思い出したように笑う。

こちらです、と歩き出す彼女に従って行けば、やがて青い花弁の機械花の前へとたどり着いた。


「『不可能』」

「……今度は随分と暗い言葉だな」

「はい。かつて、青い薔薇というものは存在しなかったそうですよ、だから『不可能』と」


アオが手を伸ばし青薔薇の一本を手に取ると、ミチは「総長と同じ色ですね」とアオの瞳を見てつぶやいた。

その言葉は悪くない、と鮮やかな青の花弁をみつめる。柔らかなカーブを再現するように、金属の花弁もやわらかな弧を描いている。しかし触れれば固く、冷たかった。


「……存在しなかったものに、意味までつけていたのか」

「不思議ですよね。存在しない夢、存在しないからこそつけられた花言葉……旧人類はロマンティックだと思いませんか」

「……。……そうだな」


ひとつ言葉が口からこぼれそうになって、それを出すまいと抑えるように口を引き結んだ。

青い薔薇にひとつキスをして、もとの花瓶へと戻す。夢か、と視線を空へと上げると、人工太陽があたたかく温室を照らしている。365日、変わらない景色だ。

今度はミチが青薔薇を手に取って、小さく笑う。


「それに、存在しなかった青薔薇をその後人工的に作り出し、花言葉もまた『夢叶う』となったとか」


最近覚えたという曲を彼女は口ずさみ、上機嫌に青薔薇を私の胸ポケットに差し込んだ。少々茎部分が長く不格好だが、そんなことは気にならないらしい。

黙って曲を聴いていれば、ミチは嬉しそうに笑ってアオの瞳をのぞき込んだ。


「今日は優しいですね、総長」

「今日も、の間違いではないのか」

「いいえ、今日は。」

「……だとすれば、青薔薇のおかげかもしれないな」


存在しない花。存在しなかった花。そして今は、存在しない花。青薔薇が落ちないように片手で軽く押さえながら、周囲へと目を向ける。

ここは植物を保管するための温室。この温室に存在する植物は、かつて存在した多くの植物を再現した機械植物の保管庫だ。温室とは名ばかりで、過去の美しい温室を再現、人が過ごしやすい室温に保ち、人工太陽の光を差し込ませることで美しいという感情を人に感じさせるためだけの場所だ。


植物などすでに存在しない。あるのは機械だけ。人工ならば、青薔薇など十数秒でできあがるだろう。

十数秒で叶う夢を見て、旧人類は何を想うのだろう。あるいはすでに叶わなくなった夢を見て、憤るだろうか。


「……旧人類は、まったく不思議な存在だ」


知れば知るほど無駄を感じ、余白を感じ、苛立ちを感じる。


「そうですね、だけど……」

「ミチ」

「……申し訳ありません」

「そろそろ時間だ。部屋へ戻ろう」


青い薔薇を花瓶へと戻し、ミチの背を押した。

不可能は過去に叶った。しかしそれも、今は過去の話だ。今となってはその夢は機械と化し、自分達の生活は空白と美しさで溢れている。


空白も美しさも余裕も楽も、全て素晴らしいことだ。

何も考えず、無駄に手を動かさず。享受したいものだけを手に入れることの素晴らしさたるや。

なんと、幸せなことなのだろう。なんと、


「……また、花言葉を教えてくれ、ミチ」


背につぶやけば、にこりと嬉しそうに彼女は笑った。

また、決められた一日が進んでいく。

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