第七話 決闘
脅して国に帰すつもりだったのにまさか受けるとは思わず、カルマは「え?」とつぶやく。彼の驚いた声はホームズたちにもはっきりと聞こえて、さっきまでの張り詰めた空気が和らぐ。
少し恥ずかしそうに頬を染めたカルマは、すぐに険しい表情に戻ってホームズを再び睨みつける。
「俺が勝ったら国に帰れ。ムサシで死なれたら面倒だ」
いちいち神経を逆なでてくるカルマの言い方にホームズはぴくぴくと眉を動かす。
思わず言い返したくなるが深呼吸をして心を落ち着かせる。
「こっちだ、ちびっこ」
ホームズは十七にもなり低身長が少しコンプレックスになっている。ガキと言われるのはまだ我慢できた。実際アカメの中では最年少だからだ。
しかし低身長には禁句のちびっこと呼ばれたホームズは拳を握り締め歯を食いしばる。
「ちびっ……! もう一つ追加だ。僕が勝ったら絶対名前で呼ばせてやる!」
「はっ! やってみせろよ」
もう互いに引けないところまできたようだ。センシはストレスで痛む腹を抑える。
それからカルマに案内されて城の外にある訓練場に着いた。
訓練場では実戦に備え、鎧武者たちが手合わせをしている。だがカルマを見て皆稽古を止めた。
するとホームズの耳にこそこそと話し声が聞こえてきた。
「よく俺らの前に顔を出せたものだな」
「しっ! 聞こえるぞ」
兵士にもカルマが容疑者である噂は広がっているようだ。
他にも心もとない言葉を吐かれるがカルマは表情に出さないようにする。しかし怒りは感じているのか刀を握る手に力がこもっている。
そして立ち止まったカルマはホームズに振り返る。
「通り魔は魔術を使い、ムサシに一本しかないはずのこの妖刀を持っている。俺に勝てないようでは犯人を捕らえるなど不可能だ」
「それぐらいわかってるよ。だから魔術やミタマも遠慮なく使っていいよ」
ホームズの言葉に周囲がざわつく。
ミタマは三度斬られればどんな傷でも死に至る。その恐ろしさを知っているから侍たちは驚いたのだろう。
命知らずのホームズに驚いたのは侍だけでなく、カルマやセンシもだ。二人とも呆れて言葉も出ないようだ。しかしカルマは呆れ表情から一転して、眉間にしわを寄せてホームズをにらむ。
「何も知らないガキが! この刀は――」
「三度斬られればどんなかすり傷でも死に至るだろ? 知ってるさ。でもそれにおびえてたら一生犯人を捕らえることなんてできない。遠慮なんてするなよ」
カルマの言葉を遮りホームズが話しながら、レイピアを抜く。
その瞬間雰囲気が変わった。気迫から一部の侍たちは何かを感じ取ったのか、真剣な表情でホームズを見る。
カルマも例外ではない。ただの子供だと思っていた少女が歴戦の武士のような気迫を漂わせているのだ。
「後悔するなよ」
武士の頂きに立つ将軍の子としてカルマも応えようと刀を抜き右手に持つ。
赤い刀身を見てホームズは身震いする。しかし恐怖ではないようだ。その証拠に彼女は笑っていた。
その様子を見て感心したようにうなり声を上げる男がいた。背中に大太刀を背負い他の侍たちより頭二つ分大きく、虎を思わせるような黄色に黒のメッシュが入った髪の大男だ。
彼は目立つように前に出て周囲から視線を集める。
「では拙者が審判をしましょう。よろしいですかなカルマ殿?」
「勝手にしろ」
「僕も構わないよ」
「ではこの果し合いムサシ武士団棟梁ミツヒデが取り仕切る。ではいざ尋常に……始め!」
ミツヒデが上げた左腕を振り下ろす。
先にしかけたのはホームズだ。リボンをほどかず魔力を使っていないにもかかわらず、カルマへ一瞬で距離をつめる。
一瞬で間合いに入られたカルマは突きが迫っていることに気付きやっと動き出す。
大きく後ろに跳躍した彼の息はとても乱れていた。
完全に格下だと思っていた相手が異常な強さを持っていたからだ。
頬に痛みを感じて手で拭ってみれば斬られていることに気付く。
「傷つけるつもりはなかったんだけど。意外と反射神経いいね。おかげで手元が狂ったよ」
レイピアを振ったことで刃についた血が地面に飛び散る。
それを見てカルマはホームズへの評価を表情に出さずに変えた。この女は強いと。
「お前本当に人間か? 今の動きは人間業じゃなかったぞ」
「人間だよ。アカメっていうのは対人戦のエキスパート集団でもあるからね。油断してると負けるよカ、ル、マ」
「こんのガキが……! 今度はこっちの番だ」
ホームズは口元に右手を当ててカルマを馬鹿にするように煽る。
その表情や仕草にカルマの額に青筋が浮かび上がる。怒りの赴くままに魔力を放出し、妖刀に円形の赤い魔術式を展開する。
すると妖刀が炎をまとう刀になった。刀身は炎により延長され斬られはしないだろうがもし当たれば火傷することになるだろう。
カルマはその場から動かず刀を薙ぎ払う。
炎の刀身は受けることなど不可能だ。だからホームズは回避に集中する。
「ちょこまかと!」
「おいおいマジか」
戦闘が始まり始めてホームズは冷や汗を流す。
カルマの魔力操作により炎の刀身がかぎ爪のように三本に分かれたのだ。
それをそのままホームズに振るう。
逃げ場はなく誰もが勝負は決まったと思った。
「僕もこんなところで終われないんだよ!」
ホームズは小柄な体で針に糸を通すようにカルマの猛攻をかいくぐる。
少しずつ距離をつめてくるホームズにカルマは戦術を変える。刀の炎を消して妖刀を鞘に納める。
そのまま近距離戦に持ち込んだ。
「くっ! 厄介だね」
小柄なホームズに力比べは不利だ。刀を受け流そうとするもカルマは力で無理やり押し込みつばぜり合いに持ち込む。
「その細い剣は受けるには不向きだ。このまま俺が力を込め続ければいずれ折れる。けがをしたくなければ降参しろ」
「ご忠告どうも。でもこの剣は折れないし僕の心もそんな簡単に折れないよ! それにきみは優しいね。僕が妖刀で傷つかないようにしてくれてるじゃないか」
「なっ!」
カルマが刀を鞘に戻して斬りかかったのは妖刀で彼女を傷つけないためだろう。
図星だったのかカルマは顔を赤くする。
一瞬だけ力が緩みその隙を逃さずホームズは蹴りを放ちカルマから距離をとる。
「さぁそろそろ終わらせようか」
「あぁ、そうだな。もう油断はしない。お前を認めよう」
初めはホームズをただの生意気な子供と思っていたカルマは考えを改める。
目の前の少女は修羅場をくぐってきた歴戦の勇士だと。
カルマの言葉にホームズはにやりと笑う。
ホームズの油断ならぬ笑みにカルマは彼女のすべての動きを注視する。
武器を構えずコートが風に揺らめく。
その瞬間またもホームズが魔術かと思うような速度で距離を一瞬でつめてきた。
神速の突きを何度も放たれカルマは反撃できない。
「本当に魔術じゃないのかよ⁉」
「違うよ。ていうか避けるのうまいね」
ぎりぎりで避けるカルマの動きにホームズは素直に賞賛の声をもらす。
このままでは負けると予感したカルマは何か覚悟を決めたように歯を食いしばる。
「もう俺の国で誰かを死なせるかよ!」
「は?」
ホームズの突きをカルマは左手でつかみ取る。
血が流れ痛みに顔をしかめているが、ホームズのレイピアはぴくりとも動かなかった。
神速の無数の突きも止められてしまえば無力だ。
驚くホームズめがけてカルマは刀を振るう。
直前で刀は止められてカルマはにやりと笑う。
「俺の勝ちだな」
「いや引き分けですな。カルマ殿、下をご覧ください」
ミツヒデに言われてカルマは何かの感触がある腹部に視線を下ろす。
そこには銃口が突き付けられていた。銀色のリボルバー式の銃で引き金には指がかけられている。
勝つつもりでいたカルマは舌打ちをしてレイピアから手を離す。
すぐに彼の血が滴る手をホームズがつかんだ。
「まったくなんて無茶するんだ! 下手したら指がなくなってたぞ」
ホームズはコートからハンカチを取り出しカルマの傷を圧迫する。
カルマは頭をかくと傷口の上に魔術式を展開する。
知識でそれが治癒魔術と知っているホームズはハンカチをどける。すると傷はもう治っていた。
それに一安心したホームズは手を離し振り返る。
「どこか行くのか?」
「あれだけ勝つとか息巻いてたのに結果は引き分け。潔く引くよ。まだまだ修行不足だな」
ミタマを持つ魔人に引き分け。これでは両親たちを殺した白面に勝つことなどできない。
周囲から見ればホームズの表情は落胆した様子だった。しかし彼女の内心は自身の弱さへの怒りに燃え、拳を握る手には力がこもっている。
だが何かを思い出したような顔をするとカルマへ振り返る。
「あぁ、でも上にはきみがこの通り魔事件の犯人じゃないと伝えておくよ」
ホームズの言葉に周囲がざわつく。




